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「遠いところまで」が、「アイドル」井ノ原快彦のものになるまで(私的解釈)

V6が2010年にリリースしたアルバム「READY?」初回限定盤Bには、6人のソロ曲を収めたボーナスCDが付属していた。

このボーナスCDの楽曲は、2011年のコンサート「V6 live tour 2011 Sexy.Honey.Bunny!」で披露されている。

(※2021/07/16現在、このコンサートの映像がYouTubeで公開されているので、是非ご覧になっていただきたい。V6が延々歌って踊り続けるという激しい作品となっている。)

この中で、井ノ原快彦が歌うソロ曲が「遠いところまで」
かねてより親交のある御徒町凧・森山直太朗コンビから贈られたフォークソングだ。

十代でアイドルグループとしてデビューした自分ももう三十代。色々あったけれど、「遠いところまで」来た自分を笑って振り返ることができるよ、という曲だ。

これは“誰か”へ語りかける形で歌われているのがミソ。というより、アイドルにとって危険な部分ではないか、と私は解釈した。

それに加え、メロディ自体の癖の強さに振り回される井ノ原、という図式も相まって、2011年段階では遂に完成させられなかった楽曲となっていると思う。

この作品の性質についての私の解釈、そしてこの曲が2019年までにどう歌われてきたかを、ここに述べようと思う。

なお、自分はパフォーマーのプライベートの話は、ご本人が言わない限り触れたくないのだけど、今作の問題の本質はここだろうと考えているのでここには記す。
こういうのが嫌な方は、この先読むのをやめておいた方がいい。

結婚後もアイドルを貫き続ける井ノ原

「READY?」がリリースされた2010年3月末は、「あさイチ」がスタートした時期でもある。
奥様番組にまさかのジャニーズアイドル。そしてこれが大当たりした。時には視聴者間の分断が起きそうな話題でさえうまくまとめる、優れたバランス感覚を評価されていた。

その一方で、実は奥様番組であるにもかかわらず、彼には家族の話には積極的に触れないという特徴があった。
もちろん触れるべき話の流れになった時には触れるものの(隠しているわけではないので)、それ以外は家の話は自分を軸に語っており、またそれを感じさせないような上手い誘導をしていた。

アイドルをそこまで求められていなかったかもしれない現場でも、彼はずっとこうしていた。
非アイドル誌の取材など、最初から家族の話を問われたりすればちゃんと語っているので、こういう話を嫌がっているのではなく、仕事のスタイルが「アイドル」として出来上がってしまっているのだろう。

V6では真っ先に結婚した彼が、以後のV6の既婚者のスタイルに道筋をつけたように思う。

ちなみに、“タイノッチ”のもう一人、TOKIO国分太一はガンガン家族を語るスタンスなので、比較してみると面白いと思う。

さて。
「あさイチ」が始まったちょうどその頃、井ノ原家には第一子が誕生している。

「遠いところまで」の聞き手は誰か?

「遠いところまで」で、主人公が語りかけている相手は誰なのか。
歌詞の中に一箇所、推測できる箇所がある。

そのうち君も 大きくなって
ぼくのところから 旅に出るのかな

この歌詞のいう「君」とは誰か。
大きくなって主人公の元からいつか旅に出る存在… といえば、それは自分の子供のことではないか。

先述の通り、作詞・作曲の両氏は井ノ原の友人達。
単純に友達に曲を書くなら、その当人の人となり、当時の境遇などに合わせたい、と思うのは普通だ。
御徒町がどういう意図でこの詞を書いたかは明確ではないが、このアルバムが制作された時期からしても狙って歌わせた可能性は、ある。

ただ、これが「アイドル」と実生活に折り合いをつけようとしていた井ノ原のスタンスと衝突したのではないか。

そこに加えて、メロディの側にも純粋な難しさがある。作曲・ディレクションを担当したのは森山で、見事に直太朗節の癖が強い楽曲となっている。当然、仮歌も彼が吹き込んでいただろう。

レコーディングされた音源では、井ノ原の歌声は森山の指示をなぞるのが精一杯だったことを窺わせる出来になっている。井ノ原の歌唱力自体は非常に高いものであるにもかかわらず、だ。

2011年コンサートで歌い込まれる

前述の2011年のコンサートには、岡田准一→井ノ原のソロの合間に2人によるミニMCコーナーがあった。
私が観たコンサートはツアー終盤の方だった。この時岡田がこの曲を「後から良くなっていった」と評していた。まさにその通り、ここで歌われた「遠いところまで」は歌い込まれた分、アルバムのものよりは井ノ原に馴染んでいた。
だが、まだモノにしたというには早かったように感じられた。

「君」の問題は未解決だろう。もしかすると観客を想定したのだろうか。でも自分の元からファンが旅出ってしまうことを歌うのも妙な話。
軸が決まらなければ、森山の歌い方からどのように自分の歌い方へ引き寄せるかも見当をつけ辛かったろう。コンサート内ではまだまだ森山の歌い方に寄ったままであった。

新たな「君」を見つけた「カノトイハナサガモノラ」

それから長らく客の前で歌われてこなかったこの曲だが、2019年にまた日の目を見ることとなる。
コンサートではなく、20th Century(トニセン)主演舞台
TWENTIETH TRIANGLE TOUR vol.2 カノトイハナサガモノラ」でのことだ。

トニセンの楽曲が用いられたこの舞台において、井ノ原演じる「イノハラ」が「遠いところまで」を歌った。(イノハラは、現実の井ノ原の魂のような存在だ。)

この時、イノハラの目の前には、特定の「君」がいた。
幼少時代の彼自身だ。

イノハラは、アイドルを夢見る少年に向かって「君の歌だよ」とこの曲を贈る。
ベテランアイドルとなるほど遠いところまで来た自分から、これから大きくなって旅立とうとしている自分へ。
いつか「君」の曲となる曲を。

物語の箱庭の中で「君」が新たに設定され、楽曲の軸が井ノ原の中で固まったのだろう。
歌唱においても、森山の歌い方の影響が抜け、井ノ原の歌として完全に成立した。

この舞台のストーリーを生み、その中で「君」をリプレースしたのは、他ならぬ御徒町凧だ。
やはりこの曲は、子供に向けて歌われるべき曲だったのだ。

一方で、井ノ原は「アイドル」として歌っても大丈夫な対象を9年かかってようやく得ることができたといえる。

今後また客前で歌うことがあるなら、舞台でなくともこの解釈で歌われることになるのかもしれない。

余談(カノトイの話)

井ノ原の声はかなりパワーがあり、力が入り過ぎると荒っぽく聞こえがちなので、こういった優しく語りかける歌はハードルが高めなのかもしれない。

「カノトイハナサガモノラ」の「遠いところまで」は、優しく語りかける歌い方をしながら、体を真っ直ぐ支える筋肉に力を入れなければならないフライングを行うという、なかなかの無茶な行為をこなしていた。

実は飛んでる間はちょっと声太くなってたけれど、それでも優しい歌声は保っていた。彼の歌唱力の高さとともに、生身の人間が歌っているそのリアルさを感じずにはいられなかった。

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