天皇制処理をめぐるマッカーサーの電報と国民の天皇助命嘆願書(血書)

 天皇制を廃止するか、存続して利用するかについて、米国には様々な意見がありましたが、政府の決定は以下の三点でした。①裕仁は戦争犯罪人して、逮捕、裁判、処罰を受ける②そのために国際法に違反したすべての証拠を収集すること③マッカーサーは、収集した証拠に勧告を付して統合参謀本部に提出。これに対してマッカーサーは昭和二一年一月二五日、次の内容を電報で報告しています。

マッカーサーが統合参謀本部に送った衝撃的な電報

【電報の要点】「指令を受けて以来、天皇の犯罪行為について秘密裏に可能なあらゆる調査を行った。日本の政治決定に天皇が参加したという特別かつ明確な証拠は発見されなかった。天皇告発は日本人に大きな衝撃を与え、その効果は計り知れないものがある。天皇は日本国民統合の象徴であり、彼を破壊すれば日本国は瓦解するであろう。もし、連合国が天皇を裁けば、日本人はこれを史上最大の裏切りと受け取り、長期間連合国に怒りと憎悪をいだき続けるであろう。その結果、数世紀にわたる復讐の連鎖が起こるであろう。すべての日本人が抵抗し行政活動がストップし、地下活動やゲリラ戦による混乱が引き起こされるであろう。近代的民主主義的方法の導入は消滅し、軍事コントロールが最終的に停止されたとき、共産主義的組織活動が、分断された民衆の間から発生するであろう。このような状態に対処する占領問題はこれまでのそれとはまったく異なるものであり、これには少なくとも一〇〇万人の軍隊と数十万人の行政官を送らなければ収拾がつかない大混乱となるだろう。もし天皇を戦争裁判にかけるのであれば、このような準備が不可欠であることを勧告する。」

 これが当初の米国政府の決定を覆した背景ですが、ではなぜマッカーサーはこのような報告と勧告を行ったのでしょうか。私が注目したのは、天皇に関する国民の直訴状です。マッカーサーは天皇に関するすべての直訴状を英訳して見せるよう指示していました。私が見たのは七〇〇個ほどの段ボール箱です。日本人は良く直訴状を書く民族で、例えば教職追放に対して「〇〇大学の〇〇教授は軍国主義教育をしている」など沢山の直訴状が届いていました。マッカーサーは、天皇に関する直訴状については、本当に日本国民は天皇をどのように感じているのか、戦後になっても変化していないのかに注目しました。
 私が取り上げたいのは西荻窪に住んでおられた伊藤たかという御婦人の天皇助命嘆願直訴状です。この方は、毎日血書のはがきで「天皇に戦争責任はございません、天皇の代わりに私の命を差し上げます」と書いて送っていました。その中に封書があって、もちろん宛名から文章すべてが血書で、長い長い文章で以下のようなことをお書きになっていました。

マッカーサーへの天皇助命嘆願書(血書)

【伊藤たか直訴状】「閣下、ご機嫌はいかがでいらっしゃいますか、私どもは最高司令官でおいでになる閣下に対して一番お親しみを感じ、それとともに閣下の温かいお心をお頼りいたします。閣下の心一つを頼りに思いながら、また繰り返しこの手紙を差し上げる次第でございます。ご面倒ともくどいともお思いになるでしょうが、どうぞご辛抱くださいまして、日本国民のお願いをお聞きくださいませ。今日の新聞はまた私どもの気持ちを暗い気持ちに陥れてしまいました。同胞が次から次へと戦犯者として捕らわれることも、むろん私どもの心を痛ましめますが、それはそれとして天皇にご責任があられるやといった感じを新聞からいたしまして、限りない心痛に苦しめられております。敗戦国の民として私どもはどのような惨苦も甘受するものでございます。卑怯者であってはならないということが、私ども日本人の唯一の誇りでございます。どんな苦悩も、愚痴ひとつ言わずに忍ぶだけの心を持っております。日本人のただ一つ忍び難いことは、天皇に関するご不幸でございます。それはどんなに小さいご不幸でも、私どもは忍ぶことができません。今上天皇はご歴代の天皇の中で一番苦悩の多い天皇でおいであそばされます。それを思うといつも涙があふれてまいります。その天皇にこの上ご苦労をおかけ申し上げることの苦しさは、天皇をお持ちにならない閣下にはご理解くださらないとは存じますが、この気持ちは決して無知なるものの妄信、狂信ではございません。私どもにとって決して天皇は偶像としての神ではいらっしゃいません。私どもが天皇を擁護する心は、もっともっと厚い、もっともっと広い豊かなものだと思っております。(省略)
今上天皇はただの一人も良い家来をお持ちにならなかったことを申し上げたく存じます。天皇と国民との結合を隔てたものを私どもはどんなに憎く思っておりますことか、その上自分たちの責任を逃れ、御上ご一人に責任を転嫁しようとする卑怯者が、容疑者中にただの一人でもおりますことを、私どもは日本国の最大不祥事と思い、また、そうした国民を各界の世界中に発表される恥ずかしさを心魂に徹して思うものでございます。日本の天皇は平和を愛したもうのが、ご本質でおいであそばされます。ご自身に代えて救いたいと思召された国民が、そのお慈悲にお報いすることを忘れた現在の日本国民の一部の姿を、世界に対して心から恥じております。
 今上天皇にご責任はございません。天皇をお助け申すべき側近の臣らが天皇を窮地に陥れ参らせたのでございます。閣下のお目に映ずる日本国民の醜さを以て、日本人全体を評価なさらないでください。私どもも、我々臣民はもっともっと優秀なものだと信じておりましたので、見るもの聞くものがただ恥と悲しみを味わっております。娼婦同様の媚態を示す若い娘たち、飢える同胞をよそ目にして闇で太っている人々、日本に生まれながら天皇を廃止しようとする主義者、自分の責任を逃れようとする君側の臣ら等々、敗戦は敗戦としてなぜもっと潔く、せめても持つことを許された祖先より受け継いだ誇りを持ってくれていないのか、只々口惜しく恥ずかしく思います。天皇をお守りする為に天皇のご安泰を保証される代わりにならば、本当に私どもの命を喜んで喜んで閣下のお国に差し上げます。閣下にお願いいたします、どうぞ日本天皇をご理解くださいまし。拙劣な上に長文となりお許しくださいまし。昨日も今日も温かい良い日でございます。私どもはこんな日を霜日和と申しております。私どもの命あらん限り愛し奉る擁護し奉る天皇、日本、そして美しい武蔵野。閣下のご健康をお祈り申し上げます。一二月七日」

 このような切々たる直訴状が沢山マッカーサーの元に届いておりました、私は全に目を通しましたが、知っている名前はありませんでした。女性が多かったのですが、つまり名もないご婦人たちがこのような天皇の助命直訴状をマッカーサー宛に書いていました。これも大きな影響を与えたものと推察されます

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