少子化対策のパラダイム転換一家族のWell-beingを高める

●「誰一人取り残さない」福祉社会の実現

 少子化の主要な要因は、未婚化・非婚化、晩婚化・晩産化の進行、夫婦の子供数の減少にある。その背景には、経済的に不安定な若者の増大、結婚観や価値観の変化、母親の精神的・身体的負担などがある。これらの問題に対処するには「少子化対策」という従来の政策では限界がある。
 持続可能な社会を築く上で、家庭に焦点を当てた政策が重要であり、子育てや子育て家庭に対する社会的支援、家庭機能の維持・強化を目的とする家族政策に切り替える必要がある。
 家族政策とは、家族機能を維持していくために、家族や家庭内の問題を未然に防ぐこと、あるいは解決することを目的として、家計や生活面に対して、社会的に家族を支援する政策である。家族政策には、①出産や子育てなどの生活面の支援、②家計の経済的支援、➂就労支援、④家族法に関する分野や意識改革・啓発などに関する分野が含まれている。
   従来の「日本型福祉社会」の議論では、「個人の自助努力」が第一で、次に家族・地域などの部門による福祉供給に依拠し、それらが及ばない部分に公的福祉手を差し伸べるという残余的な福祉制度の構築が目指された。しかし福祉の補完性原則によれば、自助・共助・公助はそれぞれ完全に分離できるものではなく、かつすべてが補完的である(小林甲一「社会保険の政策理念と経済社会倫理」『名古屋学院大学論集 社会科学篇』第58巻、4号,65-86頁)。
 すなわち、3つのうちどれもが単独では成立せず、自助は共助と公助に補完される必要があり、公助も自助と共助に補完される必要がある。自助・共助・公助の適正なバランスを図り、「誰一人取り残さない」福祉社会を実現していくことが求められている。

従来の少子化対策の問題点

 これまでの家族と子供の福祉に関わる政策の変遷史を辿ると、1980年代までは家庭の意義と役割を重視する傾向が強く、80年代には配偶者特別控除や国民年金の第3号被保険者制度が作られ、家庭の福祉機能を支援するような制度体系であった。
 しかし、90年代に入ると変化が生じ、少子化対策に舵が切られ、女性の就労と家庭生活・育児の「両立支援」に主軸を置いた政策立案が行われるようになった。西岡晋『日本型福祉国家再編の言説政治と官僚制一家族政策の「少子化対策」化』(ナカニシヤ出版,2021)によれば、「両立支援」は「脱家族化」(家族と福祉の分離)を志向する「女性活躍推進」の観点から立案された。
 そのため、従来の少子化対策では、家族のライフサイクルを十分に考慮に入れておらず、少子化の主因である未婚化、晩婚化への対応ができていなかった。この点については、衛藤晟一少子化担当大臣の下で少子化対策検討会議をリードした中京大学の松田茂樹教授が『[続]少子化論一出生率回復と<自由な社会>』(学文社,2021)に詳述しているので参照されたい。
 私も松田教授の「典型的家族」論を引用し、内閣府の男女共同参画会議や少子化対策重点戦略会議「家族と地域の絆」分科会で同様の問題提起をし、内閣府の月刊誌『男女共同参画』の巻頭言でも問題提起を行い、大きな反響があった。

●「少子化対策」から「家族政策」への転換

 また、子供の成育環境への影響も十分に検討されておらず、規制緩和による保育の量的拡大は子供の健全育成との齟齬を生んでいる。未婚化・晩婚化は両性に関わり、親の働き方は家庭生活を介して子供の成育と深くかかわる。従って、少子化の緩和・克服と子供の成育環境の改善は不可分であり、それらの実現のためには、個人だけでなく夫婦関係・親子関係を含めた家族全体を視野に入れて支援する「包括的家族政策」が必要不可欠である。
 増田雅暢「子育て家庭を社会で支える『家族政策』の提言一『少子化対策』から『家族政策』への転換を一」「『こども家庭庁』の課題と『家族政策』の可能性一家族を一体的に支援する政策が求められる一」(平和政策研究所,2022)によれば、家族政策とは、「家族機能を維持していくために、家族や家庭内の問題を未然に防ぐこと、あるいは解決することを目的として、家計や生活面に対して、社会的に家族を支援する政策」である。
 また、家族機能とは、「家族により構成される世帯の生活維持や、家庭内における育児、教育、介護などに関する機能」である。ただし、内閣府『男女共同参画白書 令和4年版』によれば、単身世帯やひとり親家庭の増加などにより、かつて標準家族のモデルとされてきた両親と未婚の子供からなる世帯は全体の25%程度に減少している。
 そこで、こうした新たな状況を踏まえて、様々な状況にある家族が、それぞれの状況においてウェルビーイングを高めることができるようにすることが時代の要請といえる。
 
 


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