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イギリス経験論の祖、フランシスベーコン(1561〜1626)

彼はあのシェークスピアと同時代の人間であり、あるエッセイがベーコンのものか、シェイクスピアのものか論争になったことのある人物である。ロンドン生まれの彼は、エリザベス女王(在位1558〜1603)の下、エセックス伯爵の援助を得て、最初の随筆集を発表した。ところが、エセックス伯爵が1601年、謀反の嫌疑で逮捕されるや、女王の顧問弁護士をしていたベーコンはためらいもなく、同伯爵を処刑台に送っている。この点、後世からベーコンの人格を疑う論が多く出されている。

エリザベス女王の死後、王位を継いだジェームス1世の下で、彼は検事総長、国璽尚書、大法官にも任じられていながら、裁判の被告から賄賂を受け取ったとして告発され、官職の全てを剥奪されている。哲学者でありながら、彼の人生は、とかく問題が多かったことが事実のようである。しかし、そんなことを全く意味介さないところが、いかにもイギリス的であったと言うべきであろうか。

彼の代表作としては1冊をあげておく。1冊目は「ニュー・アトランティス」。これは海外に大いに植民地を持とうとしていた新興国イングランドの希望に満ちたユートピア物語である。2冊目は彼の代表作である「ノーヴム・オルガーヌム」である。近代思想史上、この著作は最も高い位置に挙げられてしかるべきである。ラテン語で書かれたこの書物は、現代英語に直すと「ニュー・オーガニゼーション」となる。その意味は「新しく編成された(思考の)組織」と言うものである。では、「ノーヴム・オルガヌム」とは一体何なのか。

新しい思考法「帰納法」を高く評価


ベーコンはこの著作で、新しい思考様式を提案する。それはあのギリシャ哲学のアリストテレス以来の伝統になってきた「演繹法」に対して「帰納法」を対置させ、この「帰納法」を高く評価することであった。

帰納法とは、個々の事象を集め、事象間の因果関係や結合関係を推論し、結論として一般的な原理へと導く方法である。一方、ベーコンは正しい知識を習得するのに、障害となるものを「イドラ」と呼び批判した。

実際、アリストテレスが「演繹」の基礎としたのは、三段論法にほかならなかった。例えば、「すべての人間は死ぬ」「アリストテレス人間である」「故に、アリストテレスは死ぬ」。この三段論法による演繹法が、論理の基本と考えられてきた。しかし、この推論を見てもわかる通り、この推論は当たり前のことを論理的に論じただけであり、人間認識に何か新しいものを付け加えたわけではない。

それに対して、帰納法は推論として不確かなところがあるが、人間の知識に豊かさをもたらすものである。帰納法には不確かな側面もあるが、認識を拡大させ、人間に新しい知識をもたらすことにもなる。ベーコンは、このように新しい「帰納法」を「ノーヴム・オルガーヌム」で提示し、人間の力とその支配をより広い宇宙に拡大するのだと主張することになる。このいささか、傲慢な彼の態度は、いかにも近代初頭の「経験論者」の態度に似つかわしいものであったと言える。

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