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【08話】小春麗らか、希(ノゾミ)鬱

第三話 不良


3-1 不良



 良い状態でないこと、素行が悪いこと。不良とは辞書的にはそう書かれる。たとえば体調不良とか。素行不良とか。体調不良で遅刻ばかりの素行不良生徒である俺にぴったりの言葉だとそう思った。不良の矢箆原。悪くない響きだ。噂されるのにはちょうどいい。その程度の扱いでいい。そう思っていた。

「おい、不良の矢箆原咲真。ちょっといいか」

「え? 俺?」

「相談がある。力を貸してくれ」

 それはたぶん同じクラスの男子だった。なんとなく見たことがあるからだ。しかし名前も良く知らない、顔も知らない、話したことなんてそれこそまったくないようなやつから突然相談とか言われて、言われてしまった俺はどうしていいかわからなかった。その日も体調不良で、自分の机で伏せっていたから、気がつくまでに少し時間がかかったかもしれない。そんなことを思いながら、教室を出た。

 廊下の隅の方で、話を始められた。俺一人に対して、相手は三人もいた。形勢不利である。

「実は隣の学校のヤンキーに因縁つけられちゃってさ。困ってるんだ。俺、暴力とか苦手だし、だから矢箆原ならなんとかしてくれるんじゃないかと思って。だって、不良なんだろ?」

 おいおい。それは不良違いだぜ。体調不良と素行不良。俺は体調不良。暴力とか、人生で一度もやったこと無いことだ。そんなのできないよ、無理だ。そう思った。

「頼むよら俺からも。俺もちょっと目つけられたっぽくて。そういうの怖いんだ。なっ」

「俺も俺からも。友だちの困ったことはなんとかしてやりたいだろ? でも普通校の俺達じゃ、どうにもできない。頼むよ、他にいないんだ」

「いや、そんな事言われても……俺関係ないし……無駄に殴り合いとかしたくないし……」

「上ノ原っていう名前らしい。なあ、頼むよ。なっ」

「ちょっと! 矢箆原くん困ってるじゃないですか。何してるんですか、授業始まりますよ!」

「げっ、委員長だ」

「委員長だ」

 「頼むぜ」「本当に頼むぜ」などと言いながら三人組は散るように、急ぎ足でいなくなった。やれやれ、どうやら面倒事に巻き込まれそうである。

「咲くん、大丈夫? なにか困りごと?」

「大丈夫だよ、麗。大した話じゃない。ほら、授業始まるんだろ? 戻ろうぜ」

 麗は、俺のことを小春と同じように「咲くん」と呼ぶ。それだけでだいぶ仲が良くなったような錯覚を覚えるが、果たしてどうだろうか。

 ※ ※ ※

 放課後、俺は一人で隣の学校の方へと向かい、様子を見てみることにした。家とは真逆の反対方向、山の上に立っている高校だ。偏差値がとても低く不良だらけ……という噂は聞いたことがなく、うちの高校と同じぐらいの生徒が同じように通っているのではないかと思っていた。違いと言えば、市立と私立くらいだ。そんなことで、そんなにも変わるようなものだろうか。違うのだろうか。

 通り道にパン屋さんがあった。いい香りのするパン屋さんだった。今度覗いてみてもいいかもしれないと、ふとそう思った。

 隣の私立の学校も放課後で、帰る生徒が次々と出て行くところであった。そしてそれを見て、制服の違う俺は少し悪目立ちするかもしれないと、このとき初めて思って少し後悔した。

 流石に学校の中には入れなかったので、外から少し見て、雰囲気を確かめたが、特別荒れているようには見えなかった。近くに小さな商店街と呼べるかどうかも疑わしいほど小さな通りを見つけた。学生が放課後立ち寄るには絶好のロケーションである。

 ゲーム屋が一つあった。小さな、もう誰も遊んでいないような、時代遅れと時代錯誤を混在させた駄菓子なども売ってるゲーム屋。その隅のテーブルに彼らはいた。大きな声ではしゃぎ、笑い、テーブルを叩き、足を組んで乗せる。アフロ、坊主、リーゼントの三人組が、明らかな雰囲気を出してそこに居座っていた。俺のクラスメイトによると、その上ノ原という男は、気持ち伸びているかな、という小さなリーゼントの持ち主らしい。校則とかを気にしていながらも、独自のヘアスタイルを追求したかったのだろうか。

「おい、なんだてめぇ。何こっち見てんだ、こら」

 坊主頭が睨み、がんを飛ばしてきた。やばい、撤退しよう。

「おら、逃げんなよ。……なんだ、下の市立校じゃないか。なんでそんなやつがこんなところに。上ノ原さん、こいつ、下の学校のやつみたいです。どうしますか?」

 三人組が揃って表に出てきて、俺を囲んだ。これだけで威圧感あるから不良って怖いよね。

「上ノ原っていうのは、お前か」

「そうだったら、なんだってんだよ」

「うちの学校のクラスメイトが因縁つけられて困っているらしくてな。あまり余計なちょっかいは出さないでもらえるか」

「下の学校に因縁? ……何の話だ、そりゃ。絡んだやつはそれこそたくさんいるからなぁ、誰が誰だか覚えてないぜ」

 不良ってのはそんなアバウトなものなのか? 

「それより今はお前が一番目障りだわ。嫌な目だね、それ。うざいなぁ、うざったい」

 殴られた。一発、二発。初めてめちゃくちゃ殴られた気がする。衝撃が強い。痛みはあとからやってくる。くそっ。俺は背の高いアフロに羽交い締めにされ、上ノ原に殴られた。白昼堂々、小さいといえど、商店街の真ん中で。

「咲くん! どうしたの! なにしてるの!」

 女の子の声がした。小春ではない。彼女はもう少し幼い声をする。これはもっと色っぽい声だ。

「よお、麗……帰りか?」

「良太! 何してるの? なんで殴ってるの。この人がなんか悪いことした? ねえ、なんで」

「姉さん……いや、これは、その、行き違いというか、なんというか……」

 そこで俺は開放された。いてて。痕とか残らないといいけど。

 不良三人組はそこで退散した。どうやら麗が立場的に上で、強いらしい。拳を一発も使わずに、殴らないで解決した。俺もどこかでお返しに一発くらい殴れば良かったかな。

「咲くん、大丈夫? どうしてこんなところに……家こっちだっけ?」

「いや、ちょっとな。うまいパン屋があるって言うから寄り道してみたんだ。そうしたら、少し迷い込んで。あいつ等に絡まれたってわけさ。それよりなんだよ、麗はあいつ等と知り合いなの?」

「良太。あのリーゼントの子。上ノ原良太は私の少し遠い親戚なの。近所だからよく顔見知りなんだ。怒りっぽくて、手が出やすいのが彼の悪いところ。ごめんね、痛かったよね」

「何で麗が謝るんだよ。お前は無関係だろ」

「ううん。近所だから、なんとなく適当に見逃していたけど、あまり悪さしてなかったように見えたから見てなかったけど、普段から注意していればこんなことにはならなかった。咲くんが、私の友達が殴られるなんてことが起きないで済んだはずなのに。ごめんね」

「俺は麗の友達なんだな」

「そんなのあたりまえじゃない! 違うの?」

 いや、違わない。そのとおりだよ。俺はそう答えた。

 やがて、麗の家が近いというので、絆創膏をもらいに行くことになった。初め、二人は黙ったままだったけど、やがてぽつりぽつりと、麗が話を始めた。

「私、中学のときも高校になっても普通の女の子だったんだ。スタイルも身長もそれなりで、だけど少し他の人より胸が大きい。良太はそんな私を性的に見る男子を片っ端から殴って蹴りをつけてくれていたの。守ってくれていたの、かな。それはそれで嬉しかったんだけどね。だけど中学三年生のときにやり過ぎちゃって、停学食らって、それから不良に。高校はなんとか滑り込んで私立に入ったんだけど、不良スタイルは変わらなくて。最近は大人しくなったって聞いていたんだけどね。ふふっ。良太、私のことを姉さん、姉さんって呼ぶんだよ。同じ年だけど、誕生日が良太の方が遅くて。だからみたいだけど」

「そうか」

 俺はその話を聞いて考えていた。普通ってなんだろうなって。どれだけ普通だと思っていても、他人と少しでも違うところがあるだけで、見比べられてしまうのが世の中なら、それが人間ならば、そんなもの片っ端から殴ってしまっても、誰も文句は言えないだろうなってそう思った。だからせめて俺ぐらいは、一人の人間として対等に接して、良い友人でありたいなとそう思った。

「ちょっと待っててね。絆創膏取ってくるから」

「ああ」

 麗の家は二階建てだった。一階は商店だろうか、お店のように見えたが、半分シャッターが閉まっていたので、今日はもうやっていないようだった。そして振り返ったその時だった。

 上ノ原良太だった。

 
 今度はひとりだった。じりじりと詰め寄ってくると、ゼロ距離で脅された。

「てめえ、姉さんと親しくしやがって。手ぇ出したりしてみろ。二度と立てなくしてやるからな。少しでも裏切ってみろ。こてんぱんにしてやるぞ」

 だから俺も脅しておくことにした。

「だったらてめぇも約束しろ。二度とうちの学校の生徒に暴力を振るうことはするな。それこそその時はお前の姉さんとやらが飛んでくるからな。俺もあの学校では不良と呼ばれて、邪魔者扱いされてるんだ。なんとなく立場はわかる。それでも、お前の行動は理解できない。最悪、お前の姉さんに告白して、付き合って、キスして、揉みしだいてやるからな」

「な、何だとてめぇ。そんな、そんなことぉ!」

「ちょっと、何してるの! もう喧嘩しないで!」

 俺は両手を上げた。あいつは俺の胸元を掴み、ぎりぎりとしたが、やがて諦めて離した。まあ、喧嘩の元は麗姉さんのことだったりするんですけどね。私のために争わないでって、ね。

 上ノ原は去っていった。俺は心のなかで「二度と関わるな、ばーか」と言った。聞こえたか聞こえなかったか、俺に対してファイティングポーズを取って、それから道へと消えた。

「悪かったな。結局助かった」

「いいの。私にも責任あるから」

 それはない。俺はそう言いたかったが、それを言っても引き下がる彼女ではないことを、少し理解し始めていた俺でもあった。俺は絆創膏をもらい、左目上の額に貼った。

 こうして、不良騒動は一度けりがつく形となる。麗のことを少し知る、良い機会になったかもしれない。



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