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【06話】小春麗らか、希(ノゾミ)鬱

2-2 衝突


「なんでそういう事言うのかな。どうしたの、調子よくない?」


「違う! 俺のことじゃない! 小春のことだ!」


「え?」


「いいか、世の中なんてものは優しくない。たとえ友達の看病をしていようが、付き添いをしていようが遅刻は遅刻だ。去年は補習と追試のテストをクリアしたからぎりぎり進級できたけど、今年もそうとは限らない。俺自身は病気だってことで、学校に話がついてる。小春は一緒に遅刻すること無いんだよ。それとも何か? 自分は特別だって、そう思ってるのか?」


「特別……?」


「そうだ。他の人とは違うって意味だ。俺を毎日起こしに来て、なにか自分は特別な役割を担っているとか、そんなことを思っているんじゃないだろうな」


「いや、そんな……。小春はそんなつもりはなくて……」


「うるさい、うるさい! そんなの、そんなこと。そんなこと、そうに決まっているだろう? 毎日毎日、毎朝毎朝、嫌になるくらいに俺の部屋に来ているのは、起こしに来て様子を見に来ているのは、自分が特別だって思いたいからに決まっているんだ。病気を知っているのは自分だけ、理解しているのは自分だけ、自分は他の人とは違う、だから自分は特別だって思いたいだけ。そうなんだろう? そのために俺の面倒を、毎日毎日、こうやって様子を見に来ているんだ。なあ、だってそうだろう? 普通考えられないんだよ。身内でもないのにこんなに看病するように、毎朝来るだなんてこと。考えられないだろ、普通……。小春はさ、俺のことが可愛そうだから、俺が病弱で、病気だから、それだからそうやって、こうやって毎日起こしに来てるんだ。そうに違いない。いや、そうだ。そうなんだよ。可愛そうな人を助けてる自分が好きだから、そうやって助けているんだろうよ。なあ、小春……」


「違う! 違うよ……そんな……小春は……小春は……」


「なあ、小春。それなら、それならさ違うっていうんなら、違うって否定するなら、その理由を教えろよ。教えてくれよ。何だってんだよ。どうして俺のことを構うんだ。俺が病気だって告白したからか。もしも百人同じような病人がいたら、百人そうやって全部看病するのか? 仕事でもないのに。医者でもないのに。なあ、だから本当に、放っておいてくれよ! 俺のことなんか、放っておいてほしいのに……どうしてみんな、誰も彼も放っておいてくれないんだ……優しくするんだよ……」



 泣き出し、両手で顔を覆う俺。ずっと、ずっと、しばらくの間泣いていた。



 泣いて、いた。



 それから少ししてから彼女は静かに泣いて、そっと抱き寄せ、小春は背中を丁寧にさすった。優しく、優しく。大丈夫だよ、大丈夫。大丈夫だから、と。



「私ね、最初に咲くんが病気だって教えてくれたとき、どうしたらいいかわからなかったの。そんな事考えもしなかったし、心の病気というものに対しての知識も理解もなかった。私はまだまだ幼いなと思った。子供だなって。何も知らないんだなって。だから知ることから始めたの。できるだけ知るようにして、理解するようにして、寄り添えるようにしたいって。少しだけど、調べたりしたんだ。あのね、咲くんの言う通り世の中は優しくないけど、でも地獄じゃないんだよ。私は、私くらいは優しい人になりたいよねって、そうおもうから。だから、まずは友達に優しくしようと思ったんだ。そうしたら、ちゃんと仲良くなれるかなって。私、仲の良い友達いないから」


「嘘つけ。お前は一年生のときも、二年生になってからも、クラス委員をやってるじゃないか。そのおかげでそれこそ溢れるばかりのたくさんの友達と話をしているだろう。そうだろう。……違うのか? そうじゃないのか?」


「違うよ。ううん、たぶん違う。本当に仲の良い友達は、たぶんいないと思う。みんな、いい振りして話してくれるけど、本当のところはどう思ってるのかわからない。咲くんだけだよ。ちゃんと自分のことを話してくれて、私のことを話してくれるのは。だから嬉しいんだ。ちゃんとした友達ができて、嬉しいの」



 だからかな、毎日起こしに来ているのは。初めての大切だから。大切にしたいから。彼女はそう、付け加えた。




 それから、俺達は学校へと向かった。



 今日はいつもよりは少し早めの十時前には学校に行くことができた。それでもそんな事を気にする人は、誰もいなかったわけだけれども。



 今朝は諍いがあって、少しぶつかったけど、その殆どが俺の言いがかりのような、文句のようなわがままだったわけなんだから、いたたまれない。どうしてあんな感情的になって、一方的にぶつけるような、恩を糾弾と非難で返すようなことをしたのか、それは今思い返して考えてみてもわからないことで、精神的に不安定になっていたのだろうということしか推測できなかった。尽く尽く自分が嫌になる。しかし一方で小春の思いを、考えを少し聞くことができたのは良かったことだと思う。前々から思っていたけど実行していなかったことを、ふとした時についに実行してみるということは、案外悪いことではないことであることがわかった。思いついたらやってみる。それも悪くないのだ。



 そうだ、思いついたらといえば、もう一つ。普段思っていながらやっていなかったことがあった。



 俺はそう思ってそれを実行に移すことにしようと、そう思った。




 

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