見出し画像

『銃・病原菌・鉄』


転職の合間の有給消化でしばらく休みがあったので、昔から読みたいと思っていたジャレド・ダイヤモンド著『銃・病原菌・鉄』を読んでみたところ、想像以上に面白かったので感想をまとめておきたい。

本書の問題意識

本書の著者ジャレド・ダイヤモンド氏は、ニューギニアで鳥類の進化について研究していたところ、現地人から以下のような質問を受けた。
白人はニューギニアに色々な先進的なものを持ち込んでくる。一方でニューギニア人には自分たちで作ったと言えるものが殆ど無い。それはなぜか。
確かに人類は、最終氷河期が終わった更新世の末時点では、どの大陸においても変わらない狩猟採集生活を営んでいた。一方で、現代においてはユーラシア大陸および北アメリカ大陸において反映した文明が、他の大陸を圧倒している。このあまりに大きな差異はどこから生まれたのか。
人によっては、白人が他の人種に比べ優れているが故に、素早く文明を発達させることができたと主張する者もいる。しかし著者は、数万年に及ぶ人類の歴史を紐解くことで、人種間の優劣などによってではなく、究極的にはその民族が生まれた場所の地理的な条件の差異によって、文明の発達の速度に差が生まれたのだと説く。その地理的な条件について、広範で膨大な調査研究を元に明らかにしていくのが本書の目的となる。

本書の構成

本書は上下巻あわせて4部に分かれており、1部で最終的にヨーロッパを含むユーラシア大陸の民族が他大陸を征服するに至らしめた直接的な要因を挙げる。2部と3部でそのそれぞれの要因がどのようにユーラシアに力をつけさせたかを説明し、4部で各大陸におけるケーススタディにそのモデルを当てはめて検証していく。

文明の発達速度モデル

結論から書くと、ユーラシア大陸の文明が他大陸を征服するに至るまで発達した要因は、下記のようなモデルで説明できる。

この図は私が雑にMermaid 記法で書いたものをスクショしただけなので、矢印が変に交差しているところなどはご容赦いただきたい。
本書に書いてあること全てを網羅できているわけではないが、概ね下記のような内容を説明している。

1. 他大陸を征服する軍事力をもたらした4つの要因

ピサロがインカ帝国を征服した時点で圧倒的な優位に立てた直接の要因として、「鉄製の武器の利用」「病原菌への免疫」「銃や大型の船舶、航海術といった技術力」が挙げられる。
また、そもそもスペインがアメリカ大陸へ軍隊を派遣できた背景として、スペインが集権的な政治機構を持っており、国家の目的のために資源や人員を集約・動員することができたという要因もある。

2. 各要因をもたらした背景となる要因

鉄製の武器、文字や銃といった技術力については、それらを支える発明の数が多いほど有利になる。そうした発明は社会の中で本質的にはランダムに発生するため、人口が多いほど発明の可能性は高まる。また、発明された技術は社会間の交流によって広まるため、交流が密であるほど他社会の発明を取り入れやすくなる。そういった意味で、技術力の背景には「人口の稠密な社会」「複数の社会が交流/競合しやすい」といった前提が存在する。
また人口の稠密な社会については、非生産階級の成立を通じて集権的な政治機構をもたらすこと、および家畜から感染させられた病原菌が繁殖しやすい環境を作ることで集団免疫を獲得するという意味で、大型動物の家畜化と合わせて病原菌への免疫の獲得にも繋がっている。

3. 全ての要因の根本となる究極の要因

これらの要因を引き起こす究極的な要因は「食糧生産の開始」「大型動物の家畜化」そして「大陸が東西に伸びていること」の3つであり、これらが揃うことで文明の発達の条件を次々と満たし、最終的に他大陸を征服するまでに至る、というモデルになっている。

以上が文明発達のモデルについての概略だが、いまいち実感を得られないものもあると思うので、下記にそれぞれの要因について説明していく。

食料生産の開始

食糧生産の開始が人口を増加させる

食糧生産(農耕)を開始する以前の人類は狩猟採集生活を営んでいた。農耕の生産性は、その土地の条件によるが、十分に肥沃な土地であれば狩猟採集生活の何倍も高い。従って、農耕を始めることで、狩猟採集を主体とする社会よりも多くの人口を養うことができるようになり、人口が増加することになる。人口の増加に伴い、より生産性の高い食糧生産が求められるため、そのことがさらに農耕への依存度を高める。このように、食糧生産の開始と人口の増加は互いに正のフィードバックを与え合いながら成長していく。

非生産階級の成立

食糧の生産性が上がると、社会の全構成員が食糧の生産にかかりきりにならなくても、一部の人が生産した食糧で他の人を養うことができる余剰が生まれる。このことで職業の分化が始まり、軍隊に専従する者や、占いや神事に従事する者、道具を作る職人となる者、そして集団の政を司るリーダーや官僚などが現れてくることになる。

集権的な政治機構の成立

一般に、農耕を始めた社会では同時に定住生活も始まることが多い。定住により一定範囲内に人口が稠密な社会が出現すると、人口規模が拡大するに従ってより複雑な政治機構を必要とするようになる。
社会は概ねその人口密度の規模によって、小規模血縁集団→部族社会→首長社会→国家といった経路で複雑化する。社会の構成員が少数の頃は、お互いに血縁関係であったり、或いは顔見知りの状態であったりするため複雑な政治機構がなくとも共同体を運営していくことができるが、人口が稠密化することでトラブルも増加・深刻化し、それを調停するための機関や規律が必要になる。
農耕社会において集権的な政治機構が成立すると、社会の資源を集約的に投下して大規模な公共事業を行うこともできる。特に労働力については、農閑期に発生する余剰労働力を用いたり、他国を征服した際に得た奴隷を用いたりすることで、狩猟採集時代には成し得なかった偉業を実現することができる。例えばエジプトのピラミッドや、各地に見られる大規模な灌漑施設、交通要路の整備などがそれに当たる。

人口増加による軍事力への影響

人口の増加は、単にそれだけでも軍事的な優位を築くことができる。普段から狩猟採集生活を営んでいる者の肉体がいかに屈強であっても、農耕民10人で1人に襲いかかれば難なく勝つことができるであろう。
それだけでなく、職業の分化によって軍隊に専従する軍人も作ることができるし、集権的な政治機構が成立することで大勢の人員を他国の征服や防衛に計画的に動員することができる。
このように、食糧生産の開始は人口増加を伴って社会のあり方を大きく変え、軍事力を含めた国力を大幅に強化する要因となる。つまり食糧生産の開始が早いほど文明の発達が長く累積し、他の大陸を圧倒する根源的な要因となりうるのだ。

食糧生産を早く開始するための条件

食糧の生産を開始したタイミングは、各大陸一様ではなかった。最終氷河期が終わった時点では人類はどの大陸においても狩猟採集生活をしていたが、そのうち独自に食糧生産を開始した地域が少なくとも5つある。古い順に、紀元前8500年頃に南西アジア(古代メソポタミア)、紀元前7500年までに中国、紀元前3500年までに中央アメリカとアンデス・アマゾン川流域、そして紀元前2500年頃にアメリカ合衆国東部である。
これらの土地では幸運にも、農耕に適した植物の野生種が原生していた。そうした土地では人類が狩猟採集生活の中でそれを発見し、狩猟採集による食料の確保と併行しながら、農耕生活へとシフトしていったと考えられている。一方で、そうした野生種に恵まれなかった他の土地では、自ら農耕を始めることができなかった。

食糧生産の伝播

農耕という営みが一度発見されてしまえば、その生産性の高さから、他の土地へと伝播していった。その広がり方は、近隣の別の社会から種を譲り受けて始める場合もあれば、先述した理由で食糧生産に由来する軍事力を得た社会が別の近隣の狩猟採集民族を追い出し、その地が農耕社会が取って代わられるという場合もあった。いずれにせよユーラシア大陸では、ヨーロッパから極東に至るまでの広い地域で農耕が営まれることになった。
一方で、ユーラシア大陸と陸続きであるアフリカ大陸や、独自に食糧生産を開始したアメリカ大陸では、その営みが大陸全土に広がることはなかった。なぜなら、それらの大陸は南北に長い形をしており、各地域が緯度の違いから気温や日照時間といった気候的条件、また砂漠や熱帯雨林、高山地帯など地理的条件において大きく異なっているために、ある地域で栽培化された植物が別の場所でもうまく育つとは限らなかった。従って、東西に長いユーラシア大陸に比べて、農耕が他の地域へ伝播する速度が極めて遅かったのだ。

病原菌に対する免疫と家畜の役割

アメリカ大陸征服において病原菌が果たした役割

本書ではユーラシア大陸に生きる民族が持つ様々な病原菌への免疫が、ヨーロッパ勢力による他大陸の征服に大きな役割を果たしたと主張している。すなわち、ユーラシア大陸に存在する伝染病や風土病、特に天然痘、インフルエンザ、結核、麻疹といった深刻な症状を引き起こす感染症が旧大陸から新大陸へ持ち込まれたことで新大陸の先住民が大勢死亡し、そのことで征服が大幅にやりやすくなったということだ。
どれほど影響があったかというと、コロンブスのアメリカ大陸発見より以前に生きていた北米の先住民は約2,000万人とも言われるが、その後200年も経たないうちに始まった本格的な北米の植民地化の時点では100万人程度にまで減っていたほどだった。つまり旧大陸から持ち込まれた疫病によって、北米の先住民は95%も亡くなってしまったのだ。
またコルテスによるアステカ征服やピサロによるインカ征服の際にも、当時の皇帝を含めあまりに多くの先住民が亡くなっていることで社会が混乱しており、征服者たちはその隙をついて征服を進めることができた。

病原菌への免疫の獲得

以上のように多大な影響を及ぼした疫病であるが、なぜユーラシア大陸に生きる民族は免疫を持っており、アメリカ大陸の先住民は持っていなかったのか。その鍵は家畜にある。
先に挙げた疫病の病原菌は、元を辿ると家畜の体内に潜み、それが人間に感染することで発症する。例えば麻疹や結核、天然痘は主に牛から、インフルエンザや百日咳は主に豚からというように、家畜が保菌していたウイルスがランダムに突然変異する中で人間にも感染する形質を得た時、偶然傍にいた人間に感染し、それが集団に広がっていくことで感染症が発生する。
また、単に家畜を飼っているだけでは不十分で、菌やウイルスが十分に拡散するためには、ある程度人口が稠密でなければならない。つまり、農耕を通じてある程度以上の人口密度がある社会において、かつ動物を家畜化していた場合において、その集団に感染症が発生するのだ。
感染症が発生すると、その感染症の拡大を通じて生き残った人が免疫を獲得し、逆に免疫を獲得できなかった人が死亡することで、その集団が感染症に対する免疫を勝ち取ることになる。長い年月をかけて何度も家畜からの感染症を乗り越えることでユーラシア大陸の人々はそれらの病原菌に対する免疫を獲得したが、その過程を経なかったアメリカ大陸の先住民は免疫を獲得できなかったというわけだ。

大型動物の家畜化

さらに深堀りすると、ではなぜユーラシア大陸の人々は動物を家畜化し、アメリカ大陸の人々は家畜化しなかったのだろうか。その理由は家畜化可能な(特に大型の)動物の分布がユーラシア大陸に偏っていたから、ということになる。
もともと人類が各大陸に到達するまでは、どの大陸にも大型の野生動物が存在した。ところが、アフリカ大陸とユーラシア大陸を除いて、殆どの大陸や島では人類の到達とかなり近い時期に多くが絶滅してしまっている。その理由は何なのか、そもそも人類の到達と動物の絶滅の間に因果関係があるのかどうかは専門家の間で今も議論されているが、著者は大いに関係あると捉えている。
現生人類ははじめアフリカ大陸で発生し、ユーラシア大陸を経由してアメリカ大陸やポリネシア、オーストラリア大陸まで到達している。その拡散の過程で人類は狩猟技術を発展させ、新たな大陸で遭遇した動物を食糧として狩り尽くしてしまった。一方、アフリカやユーラシア大陸においては狩猟の技術が未熟な頃から人類とともに生きてきた動物たちは、人類が自らにとって危険な存在であることを学習する余地があった。そのためより多くの種類の動物が生き残った、という説だ。

動物を家畜化できる条件

絶滅の理由は横においておいたとしても、事実として家畜化可能な動物は更新世の末期時点で非常に少なかった。文明の発達に対して担う役割が大きい陸生の大型草食動物に限ると、20世紀までに家畜化された動物はたった14種類に過ぎない。そのうち特定の地域でのみ家畜化された種を除き、全世界で重要な存在となったのは牛、羊、山羊、豚、馬の5種類のみだ。この少なさの理由は、動物を家畜化できる条件が非常に厳しいことにある。
動物の家畜化とは、単に野生動物を手懐けて飼い馴らすだけのことではない。野生動物を飼育し、その中からより人間の生活に役立つ特徴を備えたものを選別し、食餌や交配をコントロールした結果、野生の原種から分化した品種を作り出すことを家畜化と呼ぶ。これを可能にするには、少なくとも下記6つの条件を全て満たす必要がある。

  • 飼育に必要な餌が現実的に供給可能な量である

  • 短い期間で成長して生活の役に立てる

  • 人間と共に生活する環境の中で用意に繁殖できる

  • 気性が穏やかで、人間に危害を加えるリスクが低い

  • パニックになりにくい

  • 序列性のある集団を形成して生活する(人間をリーダーとして秩序立って生活できる)

これらの条件を1つでも満たせないと家畜化することは難しいため、地球上に生息する数多の野生動物の中でも数えられる程度しか家畜化されなかったことにも頷ける。その条件を満たすことができた動物が、最も多く分布していたのがユーラシア大陸であり、その他の地域には殆ど生息していなかった。さらに、家畜化された動物が他の地域に伝播することもあるが、これも同緯度の東西方向には伝播しやすい一方で、気候条件や地理的条件が異なる南北方向へは伝播しづらかった。こうした条件の違いが最終的に、疫病への免疫を持つユーラシアの民族がアメリカ大陸の先住民を病原菌で圧倒するという歴史の結末をもたらしたのだ。

家畜化が果たした役割

さて、動物の家畜化はその社会に病原菌に対する免疫をもたらしたが、それ以外にも様々な影響を人間社会にもたらした。
1つは食糧の生産性の向上である。家畜自身が肉屋乳製品といった食糧を供給する他、大型の家畜に鋤を引かせることで人間だけでは成し得ない範囲を耕すことができた。
また陸上での効率的な輸送運搬手段にもなり、織物のための毛を提供し、さらには軍事的な動力にまで転用することができた。特に軍事用途については、ピサロのインカ帝国征服時の記録によれば、非常に大きな役割を果たした。ピサロがインカ皇帝アタワルパを捕虜にしたカハマルカの戦いにおいて、スペイン軍はたった168人しかおらず、携行していた銃はたった12丁だった。一方でインカ軍の人数はスペイン軍の500倍はおり、銃では心理的こそ大きかったものの、決定的な打撃を与えるには至らなかった。そこで活躍したのが騎馬隊である。数十人の騎乗したスペイン兵が何万人ものインカ兵を鉄製の武器で惨殺した様子が、目撃者の手記に残っている。

発明を増加させる要因

インカ帝国の征服時に騎兵が活躍したことは述べたが、その際に鉄製の武器も同時に重要であった。鉄製の武器に限らず、スペイン軍は大型の船舶を造って大陸間を航行する技術を持ち、また文字を通して時間的・空間的に離れた場所での出来事をも情報として把握することができていた。これらの技術や発明の差はどのように生まれたのか。
一般に技術の発明はエジソンのような突出した個人が大きく進めるといった印象で語られがちだが、実際にはエジソンの発明も、彼自身が完全にゼロから発案して世に出したという発明は多くない。エジソンに限らず言えることだが、発明とはその時点までに誰かが発見していた知識を改良して、見える形にして広く知らしめたというものが多い。つまり、その時点までにその社会に蓄積していた知識が、多くの人を経て徐々に発展していったものが技術であり、突出した個人がいるかどうかというよりは社会への知識の蓄積が重要なのだと言える。
そうした知識の蓄積や発見は、どんな社会においても本質的にはランダムに起こりうる。そのため、その社会の構成員が多いほど、つまり人口が稠密であるほど発明は起こりやすいと言うことができる。
また、ある社会で発明された技術が他の社会へ伝播することでも知識が社会に蓄積する。その意味では、他の社会との交流が多いほど知識が蓄積しやすいという面もある。この点についても、大陸が東西に長いユーラシア大陸の諸社会にとって有利に働いた。古代メソポタミアで発明された車輪やアルファベット文字、中国で発明された製紙技術や火薬などはユーラシア大陸の全体に広まり、各社会に蓄積されている。

本書の結論

文明の発達速度の差異について語る時、人は人種間の賢さの差などを持ち出して説明してしまいがちだが、実際には単にその民族が生まれた土地の地理的な条件によって結果の大枠が決まっている。いま支配されている側の人種がもしユーラシア大陸に生まれ、支配している側の人種がアメリカ大陸やオーストラリア大陸に生まれていたら、立場が逆転していたことも十分ありうるのだ。

感想

要約だけでかなり長くなってしまったが、それだけ非常に濃い内容だった。もちろん、ここに書いた以上の多くのことが本書には詰まっており、読めば誰しもその広範な知見に驚かされることは間違いないので、この領域に興味が湧いた方には一読をオススメする。
読んでいて思ったことを簡単に下記に書いていく。

問いをもとに歴史を見つめ直す視点の重要さ

本書の特徴は、冒頭のニューギニア人の素朴な疑問「なぜ白人は多くの先進的なものを造った一方で、我々は何も作り出すことができなかったのか」に答えるために、膨大な調査と検討を総動員するという構成にある。それ故、時に本筋と距離のある話題について読んでいる時も「なぜ今この話を書いているのか」「それはこの疑問に答えるためである」と頭の中で大局を整理した上で読むことができるので、全体の流れを意識しながら個々の知見を驚くほどスムーズに理解できてしまうのだ。
この「問いを元に歴史を見つめ直す」という視点は非常に有用だ。我々は学校で歴史を学習するが、受験のためという目線であるからか、どうしても個々の出来事の羅列を暗記するような学習になりがちである。それをもし、例えば大航海時代に覇権を握っていたスペインがその後イギリスに取って代わられたのはなぜか、第二次世界大戦が起きた理由は何か、など「ある疑問に答えるために」という視点を持ちながら学習していたら、深度も定着度も大きく違ったのではないかと思わされた。
実際、本書を読みながら、自分自身がもし誰かから「氷河期が明けた時点では人類みな同水準の生活をしていたのに、文明の発達速度が異なり最終的にヨーロッパが世界各地を支配することになったのか」と聞かれた時にどう説明するのか常に考えながら読み進めることで、自分の言葉で説明してみて自分で疑問に思うことがあったらその点を見返してみたり、といった読み方を自然としていた。有り体に言ってしまえば、目的意識が成果を高めるということになりそうだ。

ハードよりソフトに理由を求めがち

もう1点挙げると、物事の因果関係などを説明しようとした時に、人は(僕は?)ついソフト面に注目してしまいがちだなと感じた。というのは、例えば今回の「文明の発達に地域差があったのはなぜか」という疑問に対して、本書を読む前は「何らかの発明が決定的な影響を及ぼしたのか」「それともどこかの為政者による何らかの政治的な決定が大きな影響力を持ったのか」などと考えていたが、そういう人間の意思や発想次第で操作可能な「ソフトな」要因よりも、食糧となる植物・家畜化できる動物の分布や大陸の形状、地理的な条件といった人間には干渉し得ない「ハードな」要因の影響力が大きいという話が結論だった。
また全く別の話だが、例えば経済問題で「若者の車離れ」などが取り沙汰されることがあり、その理由として「若者が車に興味を持たなくなった」などとソフトな説明に飛びついてしまうことがあると思う。しかし実際には、例えば少子化でそもそも購入者の母数が減っているよねとか、若者の可処分所得が減っていて購入しづらくなっているよねとか、そういう「人間の意思とかに関係ない環境要因」(=ハード面)の影響度の方が大きいみたいな話もある(真偽は別として)。
普通、何らかの変化を説明しようとする場合、人間には操作し得ない環境要因がまず先にあり、その制約の範囲内で個々の人間の意思や行動によって操作可能な要因が影響力を持つという順番のはずだが、つい意思や価値観など人間に操作可能で曖昧な概念に説明を最初に思いつきがちなのはどうしてなのか、といったことを考えた。なぜなのかは分からない。その方が「誰かが意思を変えれば問題を解決できる」みたいな楽観的なストーリーに結びつけやすいからだろうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?