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宮沢和史「歌手活動無期限休止」宣言と「最後」のツアー (2016)

*7/7 夜:文末に、宮沢和史関係の過去ポストをまとめました。

*このエッセイはデビュー30周年の2018年のエピソードまで連載を続ける予定です。このページ単体で¥200でも読めますが、¥3000でマガジン「ずっと、音だけを追いかけてきた」をご購入いただくと過去と今後更新分も含めた30年間全ての連載記事(全42話・予定)を読むことが出来るのでおすすめです。
2016年の出来事:2015年に続き欧米を中心に各国でISILによるテロ行為が頻発 / イギリスが欧州連合からの離脱を国民投票で決定 / 米大統領選でドナルド・トランプが勝利 / パナマ文書・バハマ文書の公開により多国籍の複数の人物の不透明な金融取引が判明 / リオデジャネイロオリンピック開催 / デヴィッド・ボウイ、プリンス、ジョージ・マイケルが死去 / ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞 / 『君の名は。』『シン・ゴジラ』大ヒット / 「Pokémon GO」、ピコ太郎「PPAP」などスマートフォンからヒットコンテンツが誕生 / SMAP解散

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2015年12月、宮沢和史君のアルバム「MUSICK」が発売された。ソロ作品やGANGA ZUMBAの曲、他のアーティストへの提供曲のセルフカヴァーを含む宮沢作品の集大成+新録曲によるアルバムだった。
2016年1月から始まる宮沢和史アルバム発売ツアーにもGANGA ZUMBAのメンバーと共にギタリストとして参加することになった。


2015年の年末にツアー前のミーティングも兼ねてMIYAとGANGA ZUMBAのメンバーが忘年会で集まった。久しぶりの再会に会話は弾んだが、最後にMIYAが神妙な面持ちでこう告げた。

「実は今度のツアーを最後に歌手活動を無期限停止しようと思ってるんだ」

「MUSICK」に新録で収められた「形」は、作詞:宮沢和史 作・編曲:高野寛 演奏:GANGA ZUMBAによる作品。

「形」 
あんなに走っていたのに あんなに高く飛んだのに
どこかにたどり着いたわけじゃなく
ただ君の手をとり この場所に戻ってきただけ           

形あるものは何もあげられなかった
形のないものしかあげられなかった
価値のあるものは何もあげられなかった
今僕が持っているのは この歌と君だけ

MIYAが数年前から頚椎のヘルニアで苦しんでいるのを、バンドのメンバーは知っていた。本番を終えた後の楽屋で苦痛に顔を歪めながら肩や首をアイシングする姿も何度か見ていた。それも一過性のものだと僕らは楽観していたが、彼は多くを語らないままもう何年も、年に何度か発作のように訪れる耐え難い痛みや腕のしびれと闘っていたのだった。今回のツアーに込められた決意とその重さに、身が引き締まる思いがした。

1月6日から始まるリハーサルに向けて、大晦日・元旦も欠かさず練習して曲を咀嚼していった。22曲のツアーのメニューに加え、1月28日にはGANGA ZUMBA名義の一夜だけのイベントもあって、トータル30曲以上の曲を演奏する。もちろん譜面を凝視して弾けば完全に覚えなくても演奏はできるが、曲が完全に体と頭に入っていると、もっともっとステージで自由にパフォーマンスできる。それが「サポートギタリスト」と「バンドマン」の違いだと僕は思っている。

いつにも増して、今回のセットリストは音楽性の幅が広い。それらをすべてフォローできるようにエレキの音色づくりや機材のセッティングも慎重に詰める必要があった。

運の悪いことに、年末に右手の親指の爪が数ミリほど割れてしまった。特にブラジル音楽をベースにした曲では、右手の親指でのピッキングがとても重要なのだ。爪にジェルネイルなどを施しているギタリストも多いので調べてみたが、あいにく年末でギタリストの爪をケアできるようなネイルサロンは営業していない。仕方がないので薄いピックを曲げて瞬間接着剤で爪に貼り付け、割れ目がそれ以上広がらないように応急処置をした。リハが終わるまでそのままの状態でなんとか持たせるしかない。

1月4日・5日に新年早々の大学の授業を終えて京都から東京に戻ると、翌6日から4日間のリハーサルが始まった。メンバーが集えば親戚の集まりのように懐かしい感じ、いつもの和やかな雰囲気が漂う。

「歌手活動無期限停止宣言」の報を受けたメンバー間にはGANGA ZUMBA結成当初のような強いモチベーションが漲っていて、音を出し始めた瞬間の研ぎ澄まされた集中力は初っ端から途切れることがなかった。連日本番さながらのテンションで、4日間で30曲以上のリハーサルを終えて家に戻ろうと車に乗り込むと、今までに感じたことのない気絶するような眠気に襲われて運転も危ないほどだった。翌日やっとネイルサロンに行って爪を修復してもらった。やれることはすべてやった。悔いはない。

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