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偶然の再会。

あの頃。
というのは1970年代の終わりの時分。
僕は、小劇場を観ることに多くの時間を費やしていて
いろいろな劇団をさまざまな場所で観ては、
ああでもない、こうでもないと、
演劇好きの友人たちと、やがて酒に塗れて思い出せなくなる
どうでもいい話を繰り返していた。

そのひとつ。
寺院と公園の間に小さくあった劇場で、
(うっすら半地下だったような感覚が残っているが
この記憶はかなり怪しい。
覚えていらっしゃる方、いらしたら教えてほしい)、
靴をビニール袋に入れて足元に置きながら
(小劇場を観るときの多くはそうだったが、
ここでもそうしたかは自信がなくなってきた。
なにせ1970年代のことなのだ)、
渡辺えり子が主宰する劇団三◯◯ さんじゅうまるを観ていた。
演劇好きの間で、仄かに話題になっていたのだ。

何の演目だったかは、もう忘れてしまった。
(追記『ゲゲゲのゲ』だった気がしてきた)
でも、断片は覚えている。

柳田さんという給食のおばさんに扮した
もたいまさこが秀逸だった。
ほとんど表情なく、カレーが入っている設定だろう
大きなジュラルミン色の給食バケツ?を持って
直立不動していた。
眼鏡の奥から周囲に睨みを利かす眼力が
その存在を際立たせていた。
すると、袖から、本当にカレーの匂いが漂ってきた。
劇団員が温めたカレーの湯気を団扇で煽っているに違いなかった。

ショッカーのように群れて登場した
かっぱ役の出演者はみな、ビニールがっぱを羽織っていた。
そういう渡辺えり子の演出がおかしかった。

渡辺えり子は、もちろん主演を張っていて
その少しハスキーな声と、肉体の存在感で場を一気に持っていっていた。
くるくるとパーマを掛けた髪型(役として?)だったかもしれない。

それは僕の知っているあの空間ではなかった。
見知らぬ新しい建物に名称は残り、
通りの名前にもなっていたが。

思わず写真を撮ったのだが、
出なければよかった同窓会に行ってしまったような、
小さなざわつきだけがそこにあった。

そういえば、いつもここに来たときには
おばちゃん三人がやっていた
細長いこの字型のカウンターのらーめん屋で
盛りの良い古風なラーメンを食べたなぁ。

僕は、懲りもせず失われてしまった時代をこわごわ覗き込むように、
その店があったと記憶している路地へ向かった。

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