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『人材開発研究大全』(中原淳編著)を実務目線で読み解く。 (4)管理職へのトランジション

第四回のセッション(2018年11月9日)では、中原先生が執筆された第19章「管理職へのトランジション」を中心に扱いました。このセッションにおける管理職とは、日本企業における職能資格等級上の肩書きの意味合いではなく、メンバーを管理・監督するマネジャーという機能的な意味合いで捉えています。

マネジャーの仕事をイメージするために、中原淳先生の『駆け出しマネジャーの成長論』の以下の定義を冒頭で紹介しました。

この定義が現実的だと考えるのは、自身のチームにおけるメンバーだけではなく、他部門や上司といった横方向や上方向といった多様な存在を他者を捉えている点です。さらに言えば、メンバーと一言でいっても、いわゆる9時から5時で働く正社員だけではなく、時間の制約があったり、パートタイマーや派遣社員といった多様な労働契約に基づいたメンバーがいるわけです。そうした人々を通じて物事を成し遂げていくマネジャーの大変さがよくわかる定義と言えるのではないでしょうか。

第19章で中原先生は、現代の日本企業におけるマネジャーを襲う三つの変化を以下のように述べています。

まず組織のフラット化です。これは企業組織が、意思決定の迅速化、組織の活性化、上層部と現場の距離の短縮化を目指して行ってきた施策です。組織における業務情報を柔軟かつ速やかにやり取りするうえでは効果がありますが、マネジャーにとっては副作用が二つあります。

一つ目は、マネジャーに就任する前にマネジャーの代行業務を経験できる機会が減ったことです。係長やアシスタント・マネジャーなどの職制を設ける企業が少なくなったことで、プレイヤーがいきなりマネジャーになるようになりました。

二つめは、スパン・オブ・コントロールの増加です。理想は5〜6人と言われますが、階層が減ることでどうしてもメンバーの数が理想よりも増えてしまいます。

次にマネジャーのプレイヤー化、換言すればプレイング・マネジャーの増大が挙げられています。2000年代からプレイング・マネジャーが増えてきました。100人以上の上場企業の課長を対象にした調査では2011年は91%のマネジャーがプレイヤーを兼ねていて、2013年ではその比率は99%にまで向上したそうです。組織のフラット化と合わせて考えれば、スパン・オブ・コントロールが増えながら、かつプレイング業務が増えているという状況です。

最後は職場の多様化・高齢化です。多様な雇用形態のメンバーを、労務上の問題にケアしながら個別にマネジする必要があります。さらには高齢化の問題としては、年上の部下や元管理職の部下をいかに扱うかという点はとりわけ若いマネジャーにとって悩みの種となっているでしょう。

こうしたマネジャー受難とも呼べる時代において、生産性本部と中原研究室の共同調査では、新任マネジャーに訪れる七つの挑戦課題が挙げられています。

とりわけ、(2)目標咀嚼→(1)部下育成→(7)プレマネバランスが連関する「マネジャーのデフレスパイラル」とでも呼べる現象を、2014年9月30日に名古屋大学での講演で中原先生がおっしゃられたのは参加していて印象的でした。

私の記憶が正しければ、目標を咀嚼できないと仕事の意味を部下に伝えられず部下はいつまでも育たない。部下が育たないので自身の職務を十分に部下に任せられずに自分自身で仕事を抱え込みがちになってしまう。自身で業務を抱え込むのでプレイヤーとしての比率が増えてしまい、メンバーに対してチームの目標を咀嚼して伝える時間がなくなってしまう。これが新任マネジャーが陥りがちな負のスパイラルです。

では、企業はどのようにマネジャーを育成できるのでしょうか。先行研究によれば、マネジャーに求められる資質は後天的に学習可能だと言われています。第19章で中原先生は主に三つの学習アプローチを指摘しています。

(1)業務経験

『成長する管理職』で松尾睦先生が提示されたこのモデル図は刺激的です。端的に言えば、先行経験があとで得られる経験に影響を与えることを示唆しています。つまり、いくら後天的に学習可能といっても、マネジャーになってからマネジメントを学ぶのでは遅きに失する可能性があるわけです。

上位者との対話機会、過去の連携経験、学習・成果といった目標志向が、連携・変革・育成といった仕事経験に影響を与えます。したがって、マネジャーに引き上げようとする人財には、三つの経験をバランスよく付与することで、先行する経験が良質な経験を招く良循環に入ると考えてはいかがでしょうか。自身のサクセッサーを育成するためには、アサインする職務での経験のバランスを考える必要があるわけですね。

(2)フィードバックとコーチング

マネジャーに適した施策の一つは360度フィードバックです。上司からの評価とメンバーからの評価のギャップから気づけることと、他部門のステイクホルダーからの評価によって自身の多様なありように気づくことができます。

客観的なデータをもとに理解した学びを支援するために、上司による1on1としての「フィードバック」には情報通知と立て直しの二つが重要であると、中原先生は『フィードバック入門』で提示しています。

情報通知は、たとえ耳の痛いことであっても、部下のパフォーマンス等に対して情報や結果をちゃんと通知することです。これによって、相手の現状を把握し、現在抱えている課題に対して向き合うことを支援できます。

立て直しは、メンバーが自己のパフォーマンスを認識し、自らの業務や行動を振り返り、今後の行動計画を立てる支援を行うことです。自身を振り返ることと、アクションプランづくりを支援します。

(3)トランジション支援

トランジションを支援するためには、事前と事後の取り組みが必要ということでしょう。つまり、新任管理職研修といった昇格前後に行われる単発の研修では意味がないということです。

まず事前の段階で、マネジャーになった後の業務や役割を仮想体験することが重要です。いわばワクチン接種を受けるわけです。

また、マネジャーになった後にそのマネジャーを現場に放置するのではなく、フォローアップをすることが重要です。とりわけ、同じ境遇である新任マネジャー同士の対話によって、課題を共有し今後に向けたヒントを得ることは有効と思われます。

【あとがき】

学卒新入社員は全員が当たり前のようにマネジャーを目指すという暗黙の前提は崩れています。マネジャー受難と言われ、新入社員の多くがマネジャーになりたくないと感じていると言われている現代だからこそ、マネジャーになり得る人財を育成することは待った無しの状態です。だからこそ、いかにして有為な人財がマネジャーへと移行することをケアすることが必要なのではないでしょうか。


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