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仕送り段ボール

9月28日、

この日は、とりわけ世間一般で「今日は○○記念日ですね!」といった盛り上がりも無い、THE☆平常運転DAYだと言える。

9月28日の歴史的な出来事をいくつか挙げると、

日本テレビが世界初である「音声多重放送」を開始したり(いわゆる副音声とかの)、

当時の東京都知事である美濃部達吉氏が「ゴミ戦争宣言」を出したことに由来する「ゴミ宣言の日」だとか、

(にしても「ゴミ戦争宣言」ってなかなかパンチ強めの言葉、興味ある方はこのサイトとか面白おかしくまとめてるのでおススメ)

かの孔子ミケランジェロの誕生日だったり、

世界狂犬病デーやらプライバシーデーやら何やかんや、

まあ調べればいくらでもありそうなもので。

きっと366日すべての日に、何かしら上に挙げたような大層な記念日があって、

同時に、この世のすべての有象無象一人一人が一つだけ持つ、この世に生まれ落ちた日、いわゆる誕生日でもあるのだから、

何事も表裏一体だなぁと思うわけだが、

御多分に漏れず私にも誕生日というものがあり、それが9月28日なのだ。

今年で22歳になるわけだが、さすがに小学生の頃のようにお祝いを心待ちにしてウキウキすることは無いし、

かといって歳を重ねるのが憂鬱というほどには残りの人生を指折り数える年齢でも無いので、

なんとも宙ぶらりんな気持ちで、ただ誕生日というものがそこにある。

時たま、友だちの(もしくはその友達の)誕生日をお祝いする様子がSNSで流れてきて、

ポップな風船で部屋を飾りつけたり、

”HappyBirthday”と書かれたプレートがサプライズで登場したり、

パートナーからちょっとお高い財布なんかをもらいましたー、

みたいな。

なんとも微笑ましい、いや華々しいお祝いの様子が流れてくる。

ふと、自分はそういうお祝いとは無縁の人生だなと気づく。

いつぞやの誕生日はバイト仲間たちと別の人の誕生日をお祝いしてたし、

昨年なんて当日に何をしていたのか、ハッキリとしたと記憶がない。

寂しいなぁなんて少し思いつつも、なんで毎年そんな様子なのかといえば、

それはただ単に自分が、他人の誕生日をろくに祝ってきてないってことが遠からず(むしろ一番近くの)原因としてあるわけで、

誰かの誕生日を覚えるのが苦手であり、憶えていたとしても”お祝い”することが苦手な自分にとって、

誕生日祝ってくれよ!なんて思うことは、おこがましいという外なく。

そんなことを思いながら、悶々とこのコロナ禍の9月28日を迎えた。

なんだかんだ言いながらも、親しい友人や家族は毎年お祝いをしてくれるわけだが、

そのたびに「今年はお誕生日おめでとうって伝えるイヤーにしよう」と決意し、

結果的にうまくいかなくて、「なんて恩知らずなやつなんだぼかぁ」と自分を責める、

自分にとって9月28日とは、そんな一年の答え合わせという意味合いも持っている。

そして今年の答え合わせの結果、「21歳の一年もやっぱりてめぇはろくでもねぇでした」という自己採点を下したので、

誕生日は家で一人、ベッドに沈みながら過ごすことにした。

夕方辺りから馴染みのコメダ珈琲にでも行こうかなと思っていた昼下がり、実家の母から連絡があった。

母「今日は何か予定いれたの?」

私「いや、何も。でも午後からコメダでも行こうかなって」

母「あっそ、だったら出かけないで家にいなよ、荷物送ったから」

実家から一人暮らしの住まいまで車で1時間ほどだというのに、荷物とはまた大げさなと思ったが、

どんなに遅くとも荷物が届くのは20時ごろだろうと思い、家にいることにした。

時間は経ち20時過ぎ、いつまで経っても配送業者が来る気配がない。

誕生日だからシロノワールでも食べに行きたいのに、これ以上待っていられない!と思い、母に確認の連絡をすると

母「今ね、家族3人でそっち向かってるから」

一瞬、何を言っているんだろうと思った。

どうやら、わざわざ仕事終わりの父を説得し、妹まで引き連れて、ど平日の夜に一人暮らしの私のもとまで来てくれたのだ。

正直、すっごく嬉しかった。

誕生日に期待はしないと言っても、やはりどっかそわそわしているし、

それでいて、祝ってくれる恋人もいない現状がなんだか惨めに思えてくる節もあり。

そこに家族のサプライズ訪問。明日も仕事やら学校やらあるだろうに。

家族が到着したのは、21時を回っていた。

そこから外に食べに行き、部屋に戻ってから持ってきてくれていたケーキを食べた。

少し狭い6畳間に大人4人が窮屈そうに座って、「なんでフォークが4本無いんだ」なんて父親は吠えていた。

帰り際、手渡された誕生日プレゼントは、段ボール箱だった。

開けてみると、中からは袋入りのパスタやバナナやホットケーキミックスやプライベートブランドのお惣菜やら盛沢山で、

いわゆる”仕送りの段ボール”というやつだった。

”仕送りの段ボール”というと、自分の中では一人暮らしを象徴するような代物なのだが、

実家からさほど離れていないところで暮らしているので、実物を目にすることは今までなかった。

中身は食べ物ばかりなのですぐに空になってしまうかもしれないが、

こんなに素敵な誕生日プレゼントは

一生僕の記憶に残り続けると思う。

P.S. おめでとうって言ってくれたみなさんありがとです

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