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お兄さんと私

 ……キンと空気が凍え上がっているような、冬一番の冷え込みが身に染みる夜のことだった。

 ……ぅう~、カン、カンカンカン……!!!

「あれ、どこか火事かね?」
「音が近い、ちょっと見てきて!」

 コタツでみかんを食べている母親と祖母に促され、寝巻きの上に半纏を着込んで玄関に向かうと、やけに…焦げ臭い。

 引き戸の鍵を開けると、外灯の少ない田舎道の暗い光とは明らかに違った色味が空に広がっていた。

 私ははじめて見る光景に一瞬おどろいて、しかしどうしていいのか分からずに立ち尽くしてしまった。
 そこに、町内会長をやっていた四軒向こうのおじさんが、けたたましくサイレンを鳴らす消防車の向こう側から走ってやって来た。

「ア!!ちょうど良かった、あのね、榎本さんちが火事なんだわ、今日は風が強いから燃え移るかもしれない、今すぐ避難して!!」
「は、はい。」

 両親と祖母に避難するよう伝えると、すでに寝ていた弟をたたき起こして近所の小学校の体育館に避難することになった。

 ランドセルを背負って小学校に向かおうとした時、隣のおばあちゃんが気になった。おばあちゃんは立ったり座ったり、部屋の中を移動することはできるのだけど、膝が良くないので…出かけるときはいつも車いすに乗ってヘルパーさんに押してもらって移動をしていたのだ。

「隣のおばあちゃん見に行ってくる!」
「はあ?!あんなのほっとけば……」

 何やら騒いでいる家族の声を聞かずに、私はおばあちゃんの家のドアを開けた。

 おばあちゃんは、逃げ出す様子もなく、いつもいる土間の横の部屋で、なにか…撒いている?

「あーちゃん、ここは危ないから、……早くお逃げなさい。」
「おばあちゃんは?!早く逃げないと!」

「私はいいよ、今…さかきをまいたから、たぶんここは…燃えないでね、さあ、早く、行きなさい。」

 おばあちゃんは、神棚の、緑色の葉っぱをちぎって、部屋の四隅に撒いていた。信心深い、おばあちゃんらしい行動…でも、今は、そんなことをしている場合じゃ、ない!

「でも、でも!!私が車いす押すから、ね?!」
「いすはね、今…修理に出してるの、さ、早く。お母さんたちが待ってるよ、怒られちゃうから、ね?」

 言われてみれば、いつも土間に置いてあるおばあちゃんの車いすが、ない。

 私では、おばあちゃんをおんぶしていくことはできない。

 ううぅう~、カン、カンカンカン!!!

 消防車の音が、激しくなる。開けっ放しになっている玄関のあたりがが明るくなってきたのは…火が燃え広がっているからかもしれない。

「私、誰か呼んでくるから!」

 大人を呼んで、おばあちゃんを助けてもらおう、そう思った私は外に出て、人を探した。

 辺りの人は皆避難してしまったのか、誰もいなかった。私の家族も、もちろん先に避難している。交差点の向こうの家の奥で、たくさんの消防士が動いているのが見えたが、とても声をかけるような状況ではない。

 小学校に行って、大人を呼んでくるしかない、でもそんなことをしていたら、ここに火が飛んでくるかもしれない。間に合うだろうか、間に合わないんじゃないだろうか。どうしよう、どうしたらいいんだろう。

 誰か…誰か!!

 おばあちゃんを……助けて!!!

「どうしたの、早く避難しないと。」

 おばあちゃんの家の前で固まっていた私に、お兄さんが声をかけてくれた。

 どこの人だろう、近くのアパートの人だろうか、見たことがない人だ。でも、今は、知らない人とか気にしている場合じゃない、この人に頼むしか、ない!

「おばあちゃんを、おばあちゃんを助けてあげて!!中にいるの、足が悪くて車いすがないの、お願い!」
「うーん、もうじき火は消えると思うよ、たぶんこの辺りは大丈夫だけど…連れていくの?わざわざ?」

 見ず知らずの人だし、少しめんどくさそうな返事だった。でも、本当に大丈夫かどうかなんてわからない。もし、もし…おばあちゃんが燃えてしまったら、私は後悔しても、しきれなくなる!

「お願い!私にできる事なら何でもする、だから、おばあちゃんを体育館まで、連れてってあげて!」
「…分かった、どこ?」

 私の必死のお願いが通じたみたいだった。

 お兄さんは、おばあちゃんをお姫様抱っこして、体育館まで避難してくれたんだよね……。

 おばあちゃん大喜びでさあ…、惚れちゃいそうだよって、笑っててさあ……。

「ねーねー、僕さあ、この地球ゼリーってやつ食べたい♡」
「それねえ、今どこもかしこも品切れで…ゲームセンターにならあるけど、取れないと食べられなくって!」

「えー、じゃあ取りに行こ♡大丈夫、ちょっと手伸ばしたら全部食べ放題!」
「ちょ!!!あんた一般人だらけのゲーセンで何しでかすつもりだ!!!ダメダメ!却下!!我慢して!!」

「む…何でもするって言ったのに…言ったのにー!!ここに約束を無下にする人が、人がー!おーまわーりさーん!嘘つきがいまーす!」

 あああ!!

 人の家で口に両手を添え、あちらこちらに向かって不満をぶちまける若者、若者ォオオオオ!!!

 ……あの時頼りになった兄ちゃんは、なぜか時々…我が家に遊びに来ておりましてですね。

 どうやら、あの時おばあちゃんが撒いたサカキ、あれが結界?になっていたみたいなんだよね。本当ならその中だけ守るはずだったんだけど、まあ…私が呼んじゃったもんだからさ。飛び出しちゃって、世界を……乗り越えちゃったらしい。

 おばあちゃんが大往生するまで一緒にいたんだけど、その後あちこち転々として、巡り巡って、私の所に現れて……まあ、縁がもともとあったんだね、うん。

「別に無下にしてない!むしろ今までどんだけ私が尽力してきたと?!タピオカも飲みに行ったしマリトッツォも作った、チーズハットグも食べに連れてったしくまちゃんの鍋もやったじゃん!先週はクレープパーティーやったしこの前は一緒にカラオケで5時間歌ったじゃん!あんたね、職権乱用し過ぎ!!!あんま図に乗ってると…黒い人かじいちゃんに言いつけるよ?!」

 助けてもらったことは確かだから、それなりにいろいろと対応させて頂いては参りましたがね、ちょっと最近気が緩み過ぎてるというか遠慮が無くなってるというか甘ったれているというか年齢層が入れ替わったというか……おかしいな、いつの間に私はこの兄ちゃんの保護者的立ち位置に落ち着いてしまったんだ!!!これだから年を重ねない狭間の出身者は……!

「えー、ごめーん♡謝るからさあ、チクるのだけは勘弁♡じいさんの鱗めっちゃ刺さるんだよね~、あーあーヤダヤダ!黒い人は裏表わかんないしさあ……。」

 唇を尖らせてすねるその姿は…どう見ても頼りがいのない、ちゃらんぽらんな今どきのヘタレ寄りの若者!

「1000円分だけやらせてあげるから、今日はもうそのあと帰るんだよ、いいね?!」
「ちぇ!ハイハイ……。」

 結局1500円突っ込んで、ようやく流行りのゼリーを五つゲットした青年は、ホクホクしながら無事ご帰宅……。

「うわ、なにこれ、すっぱい!なんかマズ!もう要らない…(。>д<)」

 帰宅せずにですね?!

「ねー、口直しになんか食べたい!あのフルーツズコット食べたい!いーよね!」

 今、目の前で、ほっぺたに生クリームをつけながら、ニコニコしてケーキを頬張っているって、お話ですよ……。


いやー、頼みごとをする時はホント気を付けないとね!!!

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