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助けて下さい!

夏休み。

いつも引きこもってばかりいるけど、たまには出かけてみるかという気になった。

電車に乗って一時間。都心のオシャレな空間。

「いい天気だ、ビル群の間から青空が見える、これぞ都会って感じ?」

茶色いステップが屋上まで続くおしゃれな階段には、真ん中に左右上り下りを分けるように手すりが伸びている。まだ混みあわない時間帯、階段最上段から見下ろす景色は少しだけ怖い気もする。僕はスマホを片手に、今からどこに行こうかなと周辺スポットを検索しながら、階段を下りていた。

「あっ!!」

汗でスマホを持つ手が滑った。落としそうになるスマホを落とすまいと手を忙しく動かしたらバランスを崩して。

どっ!!どごっ!!ぼくっ・・・!!

ガッ!!ゴッ!!

手すりを使わず最上段から降り始めた僕は、階段中ほどまで、転げ落ちてしまった。全身が、痛い。スマホを探すが…階段最下段まで落としてしまったようだ、クソっ!!

全身が激しく痛む。全身打撲だ。この建物の高さは三階程度。その屋上部分から階段を転げ落ちた僕のダメージはでかい。階段中ほどに踊り場があったので僕はそこで止まることができたのだ。中腹部分がなければ、即死していたかもしれない。激しく右足が痛む。よく見ると、おかしな方向を向いている、右足首。折れているに違いない、救急車を呼ぼう。体を動かそうとするが、起き上がることもできない。脳震盪を起こしているのかもしれないな。…スマホが見当たらない。動かない体であたりを見回すと…階段下に落ちている。あそこまで、自力で取りに行かないといけないのか?!とても動けそうに、ない。

「すみません、誰か、救急車を呼んでください!」

倒れ込んだまま、僕は声をあげる。しかし、誰も返事をしてくれない。…僕の周りに、誰もいないのだ。誰かが通りかかるのを、待つしか、ない。

隣接する駅に、電車が到着したようだ。よし、これで人も通るはず、誰かに助けを求めよう。

「すみません、誰か、救急車を呼んでください!」

…明らかに倒れている僕をよけて先を急ぐ都会の人々。混みあわない時間帯だからか、僕の横を通り過ぎる人は少ない。一人一人、目を合わせるようにしてお願いするのだが。

「すみません、誰か、誰か!!救急車を呼んでください!」

都会の人たちって、こんなにも無関心なのか?!明らかに倒れている僕を完全スルーだ。足の痛みがすごい。ドクンドクンと、足首が鈍い痛みを訴えてくる。

「おい!!誰か!!救急車を呼べよ!!」

怒りのあまり、頭がもうろうとしてきた。直射日光を浴び過ぎたのかもしれない。クラりと、視界がゆがむ。

…誰も、立ち止まってくれない。

…誰も、僕の話を聞いてくれない。

僕の、スマホが、いつの間にか、なくなっている。

…誰が、持って行ったんだ。

僕をスルーする人々。

倒れている僕を気にしない人々。

倒れてる人がいたら助けるのが基本だろう。

なんで助けない?

なんで声をかけない?

「誰か!!助けてください!!」


頼んでも誰も助けてくれない。

誰ひとりとして、手を差し伸べてくれる人はいない。

誰も、僕の事なんか、気にしちゃいないんだ。


……なるほどね。

僕は、手を、伸ばした。

「わっ…あ、あああ!!!」

手を伸ばせば、階段を急いで降りていく中年男性の足首を捉えることができた。バランスを崩して階段を転げ落ちていく男性。

階段の一番下の石畳に、頭を打ち付けたようだ。

「誰か!!助けてください!!」

倒れている人が二人もいたら、誰かがさすがに声をかけてくれるだろう。

僕と階段下の男性をスルーする人々。

倒れている僕らを気にしない人々。

なんで助けない?

なんで声をかけない?

「おい!!誰か!!救急車を呼べよ!!」


頼んでも誰も助けてくれない。

誰ひとりとして、手を差し伸べてくれる人はいない。

誰も、僕たちの事なんか、気にしちゃいないんだ。


……なるほどね。

僕は、手を、伸ばした。

「きゃっ…ひっあ、あああ!!!」

手を伸ばせば、階段を急いで降りていく若い女性の足首を捉えることができた。バランスを崩して階段を転げ落ちていく女性。

階段の一番下で転がっている男性の上に女性の体が積み重なった。

「誰か!!助けてください!!」

倒れている人が三人もいたら、誰かがさすがに声をかけてくれるだろう。

僕と階段下の男性と女性をスルーする人々。

倒れている僕らを気にしない人々。

なんで助けない?

なんで声をかけない?

「おい!!誰か!!救急車を呼べよ!!」


頼んでも誰も助けてくれない。

誰ひとりとして、手を差し伸べてくれる人はいない。

誰も、僕たちの事なんか、気にしちゃいないんだ。


……なるほどね。

僕は、手を、伸ばした。

「うわぁっ…あ、ぎゃああ!!!」

手を伸ばせば、階段を急いで降りていく初老男性の足首を捉えることができた。バランスを崩して階段を転げ落ちていく初老男性。

階段の一番下で転がっている男性と女性のうえに、初老男性の体が積み重なった。

「誰か!!助けてください!!」

倒れている人が四人もいたら、誰かがさすがに声をかけてくれるだろう。

僕と階段下の男性と女性と初老男性をスルーする人々。

倒れている僕らを気にしない人々。

なんで助けない?

なんで声をかけない?

「おい!!誰か!!救急車を呼べよ!!」


頼んでも誰も助けてくれない。

誰ひとりとして、手を差し伸べてくれる人はいない。

誰も、僕たちの事なんか、気にしちゃいないんだ。


……なるほどね。

僕は、手を、伸ばした。


「もう、やめなさい。」


僕がつかんだのは、中年女性のふとましい足首。…この人は、救急車を呼んでくれるというのか?

「救急車を呼んでください。」

「呼ぶことはできないけれど、あなたを助けることはできる、…どうする?」

救急車を呼ばないと話にならないじゃないか!!

「何言ってんの?!あんたがこのケガ治してくれるってこと?!ばばあには無理なんだよ!!さっさと救急車呼べよ!!」

「ああー、駄目ですね、この人悪霊化してる、刈りましょう。」

クソばばあの横から若い男性が声をかける。悪霊ってなんだよ、その言い方!!!とびかかろうとするも、僕の体は相変わらず起き上がることができず、思い切り睨み付ける事しかできない。

「ええとね、あなたはね、ここで階段転げ落ちちゃった人の欠片なのね。あなたがここに留まっちゃったからね、あなたの本体がね、記憶喪失になっちゃってて。でね、あなた、戻りたいとか、思わない?」

「はあ?!頭いかれてんのか!!お前は早く救急車を呼べばいいんだよ!!階段下にもいっぱいけが人がいるんだよ!!」

僕は階段下の三人を、見下ろし…。

ババアの横にいた、全身黒づくめの男が、でっかい鎌を次々に三人にぶっ刺していく!!さ、殺人だ!!け、警察…!!!

「あの人たちはこの階段にいる…悪意に引き寄せられた浮遊霊だよ。ねえ、どうする?体に戻る?それとも刈られる?」

「ふ、浮遊霊って…。だって僕、しっかりこの手でつかんで。」

「そりゃあなたも霊みたいなもんなんだから、同族はつかめるっていうか。むしろあなた今人間のいる空間からずれたところにいるんだけど、気付いてないでしょ。さっさと刈られてください、ええ。」

黒づくめの男が、僕に鎌を向ける!!

「ちょ!!早いって!!あんたの本体は、失くした記憶を取り戻したいと願ってるのさ。どう、戻る気あるなら、連れてくけど。」

「戻る、気…?」

僕はいつの間にか、体から抜け出してしまっていたというのか?そんな馬鹿な。でも、しかし…。

「…今あんたの本体は、カウンセリング受けながら、たくさんの人に囲まれて生きてる。でも、失くした記憶を求めて不安になってるんだよ。自分が昔何をして何を思って生きていたのか、それを知ってからでないと前に進めないって…もう、五年も答えが出せずにいる。ご両親や婚約者もずっと心配してる。」

「ご、五年?!両親…婚約者…?!僕は両親とは険悪でほとんど口をきいたこともないし、ぼっちで女と口をきいた事なんか一度もなくて…!!!」

今、僕が本体に戻ったら、あの険悪な両親と仲良くなれるってことか?

今、僕が本体に戻ったら、かわいい婚約者がいきなり現れるってことか?

「戻る!!戻るよ!!連れてってくれよ!!」


かくして、僕はこの忌々しい階段から抜け出すことが、できたのだが。


「あなたは、かわってしまった…。」

「こんなことなら記憶なんか戻らなきゃよかったんだよ!!」

「お前…婚約者を泣かせてよく平気でいられるな!!」

僕の目の前には、口うるさい両親と、めそめそした女。

僕の知らないうちに、僕の本体は恥をさらして忌々しい両親に世話になり、やたら女々しいウザい女についてもらっていたらしい。勝手につまんねえきつい職場に就職していやがった。僕は引きこもっていたかったのにさ!!!僕は嫌な仕事をするつもりはないんだ。記憶が戻って三日目、昨日今日と無断欠勤してやったぜ。もちろん今後も欠勤予定だ。

僕の体なのに。

…僕の体なのに!!

知らない僕が僕を乗っ取った。その、得も言われぬ、腹立たしさ、気持ち悪さ。

むしゃくしゃする。

僕は自然と、あの都心の階段に足が向かってしまった。

平日の昼間、人通りは多め。だいたいあの時、僕に誰も気が付かなかった、無関心な世の中がいけなかったんだよ。皆冷たいんだよ。みんな自分の事ばっかでさ、僕は被害者なんだよ。

冷たいひどい奴らってのはさ、この世に不要なんだよ。

僕は、階段の最上部から、階段最下部の石畳を見下ろす。

……不要な、奴らは、僕が。

僕は、急ぎ足で横を通り過ぎる若い女性の足首をめがけて…。


―――ザンッ!!!!


「ほら、やっぱり無理だったじゃないですか。」

「新しい自我がもっと頑張ってくれるって信じてたんだけどねえ…。」

僕は、黒づくめの男に、鎌で…、首を刈られて?…痛くない、なんだこれは。

「すみませんでした、完全に、飲まれてしまいました。」

僕の、声が、聞こえるぞ。

「頑張ったと思うよ、だってここまで連れてきてくれたでしょう?どう、取り戻せそう?」

「彼女が頑張ってくれたから…今度は僕が頑張るばんです。取り戻します、今から謝って…無理なら、新しく築き上げていきます。」

僕は、いったい?

「じゃあ、昔の記憶は、手放すという事で、良いですか?」

「ええ、お願いします。」

僕の体が、僕の前から立ち去っていく!!僕の体を、乗っ取られた!!

「違う違う、あんたはね、本体から捨てられたの、残念でしたね。」

僕は、今…黒づくめの男に、つまみあげられているみたいだ。

「あんたの体はね、記憶を無くしてすごく不安でね、すごく頑張ったんだよ。その頑張りに周りのみんなが応えてくれたんだ。それなのに、あんたは自分の感情を押し付けてばかりで、誰の意見も聞き入れずにずいぶんやりたい放題だったみたいだね。新しい自我はあんたと交じり合うことを望んだけど、あんたはそれを望まなかった。…それだけの事なんだよ。」

「体もねえ、クソみたいな考えの魂はお断りだった思ったんですね、ええ。」

返してくれ…僕の体…。

「あんたはただの過去の記憶ですからね、体なんか必要無いんですよ。」

じゃあ、僕は、どうなるの…。

「悪霊化する前に捕獲できてよかったです、ありがとうございました。」

「後味悪いけど、まあこういう事もあるよね、うん…。」

僕は、僕は…。

「欠片とはいえ、一応魂ですから。おいしくいただいておきますね、はい。」

ぱくり。

「後味は悪いですけど、まあまあおいしい…」

僕は、自分の味の感想を聞きながら…。



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