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理解者

…どうにもこうにも、ぼっちだ。

振り返っても誰もいない、ぼっちだ。
見上げても誰もいない、ぼっちだ。
まっすぐ見つめても誰もいない、ぼっちだ。

時折、ふと不安になり、眠れなくなる。

今日は、久しぶりに不安が増して…眠れない時間を孤独に…過ごしている。

毎日毎日、誰もいない部屋に帰って、ただただぼっちで夜明けを待ち。
毎日毎日、誰もいない部屋から出て、ただただ仕事と向き合う。

仕事中はそれなりに、言葉を交わす誰かがいる。
仕事中はそれなりに、微笑を向ける誰かがいる。
仕事中はそれなりに、孤独ではない空間に存在できている。

だが、どうだ。

今、僕は一人だ。
今、僕は一人ぼっちだ。

…ああ、実に、ぼっちだ。

誰か、この切なさを共に分け合ってはくれないか。
誰か、この寂しさをふき飛ばしてはくれないか。

…誰かを頼るから、いつまで経っても僕は…ぼっちなのだ。

ぼっちは待っていても解消はされない。
ぼっちから抜け出すためには動き出さねばなるまい。

では、具体的に何をどうすればいいのか。

まずはぼっちであることを認めて、ぼっちから旅立つ必要がある。

誰かと共に過ごせるようになれば、ぼっち飯から卒業できる。
誰かと共に過ごせるようになれば、ぼっち行動から開放される。

……誰かと共に過ごせるようになれば、ぼっちは解消されるのだ。

しかし、いきなり他人と一緒にいるなんてのは…ずいぶんと敷居が高い。

見ず知らずの人に、いきなり友達になって下さいって言えるわけがない。
ただの隣人に、いきなりご飯を一緒に食べようなんて言えるわけがない。
病院でたまたま隣に待ち合わせた同世代に、ラインを交換しようとか言えるわけがない。

ぼっち生活が長すぎて、誰かと仲良くなる方法を完全に手放してしまった。

友達って、どうやって作るんだ。
友達って、どうやって作ってきたんだ。

…もともと、友達という概念が薄いんだ、僕は。

団体の中で、ただへらへらと笑っていた学生時代。
団体の中で、ただ周りに合わせていた学生時代。
団体の中で、ただ友達という名称を使って人と交流していた学生時代。

引越しが多くて、その場限りの友好関係ばかり選択してきたことも影響しているんだろう。

どこにでも溶け込めるようになった僕は、自分の意見を口にすることを苦手とするようになった。
どこにでも溶け込めるようになった僕は、自分の意見を口にする誰かを受け入れるようになった。

いやだと思っていてもいやだと言えず。
いやなことを言う誰かを受け入れて。

いつの間にか、僕の周りを、やけにわがままな人間が囲むようになった。
いつの間にか、僕の周りは、やけに口出しをする人間が囲むようになった。
いつの間にか、僕は受け入れることしかできない人間に成ってしまっていた。

正直、人間関係というものに疲れてしまったのだ。

誰かといることで疲れてしまうのなら、一人でいたらいいのだと思った。
誰かといることを選択しなくなった僕は、ぼっちになった。

僕はなるべくして…ぼっちになったのだ。

いわば、選択ぼっち。
しかし、否応無しに選択させられた。

誰か一人でいい、僕と一緒にいてくれたなら。
僕はここまでこじらせなかったかもしれない。

…過去を悔やんでも、ぼっちは解消されない。

ならば、僕がすべきことは……。

ぼっち解消プランを練ったところで、今まで生きてきた経験が邪魔をする。

……どうもうまくいかない。

けれど、僕はぼっちから抜け出したいと願っている。
そりゃあもう、心から願っている。

…いきなりの他人との交流は無理、ならば、自分との交流からはじめてみるのはどうだろうか。

僕は、とんでもないことに気が付いた。
僕は、とんでもないことに気が付いてしまった。

そうだ、僕は僕との交流からはじめたらいいんだ!!

僕は、分裂することにした。

「よう、僕。」
「何だ、案外簡単に分裂できるもんだな。」

僕の目の前に、僕がいる。

「ぼっちが二人になったぞ、これでもう寂しくないな。」
「おっさん二人で寄り添うってのもちとキモイけどな。」

とりあえずはこいつと一緒に作戦会議だ。

「ぼっちの野望について議論するか。」
「野望っていやあ、友達100人とかそういうやつか。」

「100人は多すぎだ、2、3人でいいんだ。」
「一人でいいんじゃないのかってそうだな、その一人がおかしな奴だったら困るか。」

「たまには友達の愚痴がいいたくなるだろう。」
「その愚痴を言うための別の友達が必要ってわけか、なるほど。」

「まあ、思った事を素直に口に出せて、それを聞いてくれる相手がほしいな。」
「今までさんざん聞いてばかり来たからなあ。」

「聞かされる身になれないからあいつらは僕を頼ってたんだろうな。」
「他人の都合なんか気にしちゃいないんだ、気遣いの無いやつってのは。」

「今もたまに連絡よこすけど、相手するのがめんどくさいんだよ。」
「もう切っちゃおうぜ、いい機会だ。」

僕はスマホを取りだし、気に入らない知人の連絡先を消去し、着信拒否設定した。

「これで新たに人間関係を築くしかなくなったわけだ。」
「この年で新しいことを始めるのもきついな。」

「そうだな、若さが足りないな、勢いが付かない。」
「若い頃も勢いが無かったけどな。」

「まだ勢いに乗る時が来てないってことなのかもな。」
「そうだな、営業二課の伊藤さんなんて僕より三つも年上なのに最近勢いすごいもんな。」

「週7でノーブーストリアルフィニッシュとかマジバケモンだろ。」
「僕にもそういう時がやってくるはずなんだ、あきらめなければ。」

「わりとマジで勢い付いてる自分が想像できないな。」
「伊藤さんのことはまあ…例外的なのかもしれないからな。」

「あんなすごい人ってのは、稀に見る逸材なんだよ、きっと。」
「人ってのはいろんな奴がいるからなあ…100人に一人の逸材ってわけか。」

「100人に99人の凡才ってのもいるわけだけどさ。」
「僕は間違いなくそっちだな。」

「じゃあ、100人いたら、99人はぼっちなのか?」
「それはまた違う話かな、勢い付いてる付いてないに関係なく友達のいる奴はいるんだ。」

「僕こそ100人に1人の逸材なんじゃないの、ぼっち中のぼっち。」
「ああ、そうかもしれない、だからこんなにも苦労してるんだ、間違いない。」

「何で僕はこんなふうになっちゃったんだろう。」
「仕方ないよ、そういう人生だったんだ、なるべくしてこうなってしまったのさ。」

「まあね、そう言うもんだって思っちゃってるんだけどね。」
「ぼっちはぼっちらしく、ぼちぼちな感じでがんばっていくしかないよなあ。」

「ぼっちがいきがって野望抱いたところで無謀なだけだもんなあ。」
「目立つ言動は自らの居場所をなくすからね。」

「そもそも、みんなが僕と同じような考えを持っていたらよかったんだよ。」
「僕の意見を聞いて、それに付随してくれたらこんな事にはなってないはずなんだ。」

「僕の意見に同意するって事がどうしてできなかったんだろう、僕の周りにいた人たちは。」
「おかしいんだよ、僕は他人の意見に同意してあげてるって言うのにさ。」

「出会いというものに恵まれていなかったとしか思えない。」
「まったく持ってその通りだ、僕は対人関係で恵まれていない。」

「…気が合うなあ。」

「そうだね、自分だからね。」
「これくらい気が合う奴がいたらよかったんだよ。」

「そうなんだよ、これくらい気が合う奴が必要だったんだよ。」
「このしっくり来る会話、同じ価値観、躊躇しないで言える意見、同意に値する発言…。」

「…僕が心から欲しいと願ったものだ。」

「本当に、気が合うな、君とは。」

「そうだね、もともと1人だからね。」

散々討論して、納得した途端…僕は1人に戻ってしまった。

振り返っても誰もいない、1人だ。
見上げても誰もいない、1人だ。
まっすぐ見つめても誰もいない、1人だ。

ぼっちが辛くて分裂してみたけれど、結局僕は…1人なのだ。

ぼっちが分裂したところで、ぼっちに変わりはないのだ。

…だが。

自分と対話したことで、満足している。
自分と対話したことで、ずいぶん満足してしまっている。

満足してしまったから、僕はぼっちから抜け出すことができないのだ、おそらく。

耳障りの良い自分の言葉に慰められる。
耳障りを良くした言い訳を受け入れる。

発せられるのは、自分の意見を否定しない言葉。
発せられるのは、自分の生き方を否定しない言葉。
発せられるのは、自分の考え方を否定しない言葉。
発せられるのは、自分の現在を否定しない言葉。

僕はまた、きっと…明日も分裂してしまうことだろう。

自分の存在をすべて理解して、すべて受け入れてくれるのは…僕しかいない。

僕は、自分が一番僕を理解していることを知っている。

分裂できることを知ってしまった僕は、僕を手放す気は毛頭ないのだ。
分裂できることを知ってしまった僕は、僕という理解者と対話を願うのだ。

僕が分裂できることを知るものは、僕しかいない。
僕が分裂できることを知る人は、きっとこの先現れない。
僕が分裂できることを知る人は、僕1人だけでいい。

僕はもう、ただのぼっちじゃない。

ぼっちだけど、孤独ではない。

最大の理解者を得て、不安を一掃できた僕は。

…誰もいない部屋の中で、穏やかな眠りについた。


こんなにたくさんはいらないかな…。

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