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逆行


「あーあ、人生、やり直してえな―!!」

僕はパソコンの前で、ため息をつきながら、吠えた。

どうもうまくいかない。
人生計画がすんなり進んでいかない。
おかしい、おかしいぞ、僕はこんな所で燻ってていい人間じゃないはずなんだ。

「やあやあ、どうも、どうもどうも!」

座卓のパソコンデスクで胡坐をかいていた僕は、突然の声にびっくりして振り返った。なんだ!?全身真っ黒な…人がいる!!

「う、うわぁあああああ!!!ちょ!!なんだあんたは!!」
「ハイハイ、落ち着いて、このやり取りね、671回目ね!!」

倒れようとする僕の首根っこを無遠慮につまみ上げる、黒い人。

「そろそろ願う頃だって思ってたんだよ。今回はまあまあ持った方だな。」
「あんた誰!!」

今回は?僕は何度もこいつと会っているというのか?記憶にないぞ!!!

「も~誰だっていいじゃん、毎回毎回自己紹介すんの飽きてんだよ。」
「こっちは初だよ!!」

「ハイハイ、このやり取りね。めんどくせえー!!!」

黒いやつは僕の真横で胡坐をかいて座って…なんか手帳を取り出して確認しつつ、僕の顔を窺っている。

「ええとね、逆行希望を取りに来たんだけどね!どうする?やり直す?人生。」
「やり直せる?人生を?!やるやる、やり直す!!」

逆行?!人生をさかのぼってやり直せるってことだな?!よーし、これで俺の人生もバラ色だ!!やり直すからには成功を目指して…。

「今回は別の人の希望もあって、相互効果を期待されてたんだけど、うーん、今の人生、いやなの?」

黒いやつは手帳を見て、何やら渋い顔をしている。

「一生懸命やってるけど、目の上のたんこぶみたいなやつがいて、そいつが邪魔で邪魔で仕方ないんだ。毎日がストレスで嫌になってるよ。」
「そいつがいなかったら、あんたは今、何もしてなくて、ぼんやりしてたはずなんだ。あんたね、この前は自分が変わるきっかけが欲しいと願ったんだよ。何もしないで、ただボヤっとはっきりしない夢を追いかけて。ぬるい毎日をどうにかしたいと願った。」

こんなにストレス感じるくらいならぬるい生活してた方がよかったに決まってるのにさ。何やってんだ、過去の僕は。完全にやらかしてるじゃないか。

「今回珍しく流れが変わったんだ。…きっかけが殴り込んできた。けど、あんたはそれを受け止めることなく、どちらかといえば…疎ましく思っている。せっかくきっかけがあったのに、それをいやいや仕方なしに受け入れるだけでなんもしてないじゃん。きっかけに気付いてすらいないんじゃ、今回も失敗かな…。」
「あいつがいないなら、そっちの方が平和だったんだよ。僕は平和主義者でね、誰とも戦いたくないしのんびり暮らせたらそれでいいんだ。逆行させてくれるんだろ?赤ん坊に戻してよ、そしたら今度はきっとうまくいくはずさ。」

クソ長い小学生時代もつまんねえけどさ、今の知識があれば天才児になれるはずだ、まさにチート人生スタートじゃん!選び間違えたであろうことも全部正解を回収してやるぜ!!見捨てた幼馴染を大切にするだろ、成功するクソオタクと仲良くなっとくだろ、やったことない株に手を出すだろ…。

「あんたね。何回こういう事繰り返してるか教えてあげるよ、989回だよ。あとちょっとで1000回、桁が変わるんだよ。いい加減さあ、最後まで生きてもらわないと困るよ!!!毎回毎回途中でやり直して!!!けっこう手続き大変なんだよ?!」
「まあまあ、今度はがんばるって。」

やり直せるとわかったら、忌々しい仕事ともおさらばだ。無理やりテンション上げてクソ明るい企画練ってた毎日にさようならだ!!僕は、パソコンの電源を落とそうと手を伸ばし…。

「乳児になったら脳みそも退化するから、また同じ事繰り返すだけだよ。それでもいいんだね。」

……はあ?!何それ、聞いてねえぞ!!!

「ちょ!逆行特典で記憶が残るとか普通はあるんじゃないの!!」
「あんたね!乳児にいきなりシックスパックが付くわけないでしょ!!脳みその容量ってもんがあるんだよ!!どっかのご都合主義ど真ん中の小説の世界を現実に持ってきちゃだめだよ!!!まったくもう…このやり取りも299回目だよ!!」

めっちゃきっちりメモ取ってるな!!さてはこいつA型だな?!僕はこういう細かいところに目を付けてはチクチク言ってくる神経質な奴が本当に嫌いなんだよ!!あーメンドクサイ、もっと融通利かせて幸せな人生を生きさせろってんだ……。

「あのね。ちょっと時間あげるから、よく考えて。逆行希望するのかどうか。相手はこのままの状況を望んでいるようだけれどね。切磋琢磨する相手が見つかって喜んでいるようだからさ。その…相互作用の相手ね。その人のことも考えて決めてもらえるかな。」

「なんで僕があいつのこと考えなきゃいけないんだよ。僕の人生なのに!」

…あいつがいるせいで。

僕はこんなに苦労して企画書を書かなきゃならない。
僕はこんなに苦労してアイデアをひねり出さなきゃいけない。
僕はこんなに苦労してあいつよりもいい成績を取らなければならない。

あいつがいなければ僕は今頃。

あいつがいなければのんびりくらせた。
あいつがいなければ、僕は何もしていなかったらしい。

あいつは相互作用を希望して、殴り込んできたらしい。

僕が逆行したらあいつの相互作用相手はいなくなる。
僕が逆行したらあいつは競い合う相手がいなくなるわけだ。
僕が逆行したらあいつは成長することなく、平凡の中に埋まる。

僕があいつの運命を左右するのか。
僕が関わらなければ、あいつは今の勢いを無くすわけだ。

あいつがいなければ、僕の企画はすべて通っていたはずなんだ。
あいつがいない状態で、僕が今の企画力を見せつけたら。

「僕はあいつとかかわりあいたくないな。」
「…あんたは、きっかけを受け取る資格がなかったってことか。」

答を出した僕に、黒いやつは目を合わせることなく呟いた。

「じゃあ、今回の逆行は…きっかけの人と出会う前までもどすことにするからね。」
「わかった。じゃあ、僕のストレスはなくなるんだな。生きやすくなりそうだ、よかった。」

黒いやつは、ぱたんと手帳を絞めて、立ち上がった。もう行くのかな。

「俺が立ち去ったら逆行するから。次はしばらく来るのをやめるよ。あんたさ、自分の人生なのに、受け身すぎるわ。誰かに影響されて人生歩んでること、気付いた方がいい。今の企画力はきっかけあってのものだったわけで、きっかけがなくなったら何もしない毎日しかないんだよ。」

「それは…あいつだって同じだろ?俺がいなくなったら…。」

黒いやつの、足が消えていく。

「あんたの代わりはたくさんいるのさ。あんただけが必要にされてると思ってるのかい?・・・大した自信だ。その自信があるなら、そのうち天下が取れるんじゃないのかな。たとえ今、燻っていたとしても、……いつかはね。」

「なんだよその言い方!じゃあ俺は赤ん坊からやり直した方がいいっていうのか?!」

黒いやつが、ほとんど消えかかっている。殴りかかろうにも、つかむ場所が、ない。

「たいしたことない知識やつまんない記憶にしがみついて、新しい知識や素晴らしい出来事を手に入れるチャンスに手が伸ばせないようなやつは、赤ん坊からやり直す資格はないと思うよ。」

黒いやつは、クッソ腹の立つセリフを吐き捨てて、僕の前から消えた。

僕は、グルングルンと、よくわからない、渦に巻きこま、れ、て・・・


僕は、日々、何も高揚感のない、やるせない気持ちを抱えたままでパソコンに向かい続けている。


それにしても、この絶望感は何だ。


この絶望感は何だ。

この、絶望感。


僕は、パソコンの前で、何も言わず、ただ、無言で。


深い、深いため息を、ついた。

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