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誤配達


ピンポーン!

『お届け物ですー!』
「はいはい。」

夜勤明けで風呂に入って、さあ寝るかと思って準備していたら…インターフォンが鳴った。

なんだろう、通販した覚えはないぞ…。
不信感はあるものの、ドアを開ける。

「ここにサインお願いしますね。」
「はいはい。」

名字を書いて、荷物を受け取る。
…当選品って書いてあるぞ、なんか当たったんだ!ラッキー!

「ありがと―ござっす!」

配達の兄ちゃんは軽い挨拶を残して去って行った。

何が当たったんだろ、と思って箱を開けると…ご当選おめでとうございますの文字が俺の目に飛び込んできた。なんかいろいろと書いてあるけど、まずは当選品を確認しないとな。紙を丸めて、箱の中身を取り出す…。なんか丸い球が出てきた。

「なんじゃこりゃ。」

よくわからない、マット感のあるさらさらしたやや黄色みがかった玉が出てきた。…さっきの紙に説明書とかあるかも?慌てて丸めた紙を伸ばして文字を読んでみる。

「ええと、なになに。ご当選おめでとうございます、この玉は誰もが願う幸運を丸めたものです。どうぞご査収下さい、なお、後程アンケートをいただくため訪問させていただく場合がございますのでご了承ください…。」

幸運?なんちゅーシュールな当選品なんだ。ただの玉にしか見えねえー!そういうイメージ的なもんを楽しむグッズなのかね。どんな会社が作ってんだ。こんなん喜ぶのは頭のいかれたスピリチュアル脳のばばあくらいだろ……って!!

「これ!!隣の人の荷物じゃん!!」

差出人を確認しようと思ってビリビリになった荷札を見たら、あて名が…隣の人になってる!!

ちょ!!めんどくせえことになってるじゃん!
あの配達の兄ちゃん、何も確認しないで名前そのまま書かせたじゃん!!
俺が隣に行って謝らないといけないわけ?!
くそー!!

・・・。

当選品か。

という事は、隣は当たってることは知らないんだよなあ。当選メールとか、届いてるかな?そもそもあの兄ちゃんが確認不足って話もあるじゃん。…このままもらっちゃっても良くね?荷札見なかったら気が付かなかったんだし。
なにより、今から隣に行って説明するのもめんどくさい。

よし、俺は荷札を見なかった、配達の兄ちゃんは確認を怠った、それで行こう。

かくして俺はベッドに横になり、夢の世界へと…ぐう。


・・・。

ここは、夢?

なんだ、あの数字は。

数字が六つ、浮かんでいる。

まさか、これは。

当選する、数字?

覚えないと。

覚えて、買わないと。

・・・。


ピンポーン!ピンポーン!!

・・・はっ!!

俺は目を覚ますなり、記憶に残る数字をメモした。

ピンポーン!

「は、はいはい。」
『あ、あの、隣の者ですけど、荷物届きませんでした?』

インターフォンに出ると、隣のおばさんだった。うわ、もうバレたよ。まあいいか、配達の兄ちゃんに罪をすべてかぶせよう。

「ああ、届きました、ちょっと待ってください。」

俺はさっき開けた箱を取りに行き…げえ!!!

箱!!箱の中身がなくなってる!!!そんな馬鹿な!!!

「ああ、よかった、さっき配達の連絡が来たんだけど、届いてないっていう話でもめたんですよ。」
「すみません、あて名が違う事に気が付かなくて開けちゃって。それで、今見たら中身がなくなっちゃってて。こんなこと信じられないかもしれませんけど!!本当に消えちゃったんです!玉が入ってて!!」

ニコニコしていたおばさんの顔がどんどんひきつっていく!!おいおい、マジか、これなんてホラー映画!!

「ええと…なくなっちゃったってことですか。じゃあ、まあ…仕方ないですね、うん、仕方ない。」
「あの、弁償とかは…その、配達会社に保証してもらうとか。」

ヤベえな、とんでもない額言われたら逃げられないぞ…。

「弁償はいいですけど、あの、変な人が後日訪ねてくるかも知れないので、はい。」
「わかりました、なんかすみません。」

なんか助かったー!!いやあ、ひやひやしたから目が冷めちゃったよ。…そうだ、さっきの夢の数字。まだ夕方だから間に合うな。ちょっと数字選択式のくじを買いに行ってくるか。


「もし、もしもし、起きてください。」

「…ん……、うぅうん……?」

ええと俺は何をしてたんだったっけかな。
ぼんやりした頭で…記憶を、掘り起こして、みる……。

くじを買いに行って、ついでに晩飯と酒買ってきて…。
ああ、そうだ…酔っぱらって寝ちゃったんだった。

「アンケートをいただきにまいりました。」
「っ!!うわあ!!なんだあんた!!!不法侵入だ!!け、警察、警察…!!!」

俺がスマホに手を伸ばすと、目の前の黒っぽい男がスーッと浮かんだ。

お、おばけ!!!

「警察を呼ぶ意味はないですね、私はこの世に存在しておりません。アンケートをいただきに来ただけですから、そんなにお邪魔はしませんよ。」
「勝手に何だよ!!出てけ!!」

「そういうわけにはまいりません。使ったからには、お答えいただかないと困ってしまいます。」
「俺は何も使っていない!」

「そのくじ。ご確認したらどうなんです、当たってますよ。それが、あなたが当選品を使った証拠です。」

……当たった?
俺はスマホで、今日の抽選結果を調べてみる。

!!!

あた、あた、当たってる!!

「では、アンケートにお答えいただけますね?」
「こ、これは返しませんよ?!」

「・・・フム、当たったくじは返すつもりがない、了解です。」

黒っぽい人は何やらボードを取り出し、メモを取っている。これがアンケートか?

「幸せを使って、どう思いました?」
「気が付いたら使ってたのでよくわからないな。」

・・・換金に行かないとな!!

「使う気はなかったという事ですか?」
「まあ、そうだね。」

・・・仕事はやめてやる!

「人の幸運を使ってしまったという事についてはどう思いますか。」
「不可抗力ですよ、アレは確認不足の配達員が悪い。」

・・・まず家を買おう!こんな賃貸マンションとはおさらばだ!

「人の当たったものをあなたが使ったんじゃないですか。」
「誤配がいけなかったんだ、俺は使うつもりはなかったと言っている!」

・・・無駄遣いしないで普通に暮らせばいいんだ!

「開けてすぐにあなたが何らかの行動に移していたら、あの玉は消えなかったと言ったら?」
「そんなのは今さらだ。なるべくしてなった、それだけの事さ。」

・・・車は欲しいけど、国産でいいや。自転車くらいはいいやつを買いたいな。

「あなた、誤配された事実を、うやむやにしてます?」
「隣に行くのがめんどくさくてそのままにしてたら勝手に使われてたんだ、俺はどちらかというと被害者なんじゃないの。」

・・・うるさい実家と縁を切って都会で暮らそう。

「…この当選くじは、かえすつもりはないというお気持ちに変わりはないんですよね?」
「これはむしろ、アンケートに答える羽目になった俺に対する慰謝料的なものもあるはずだ。実際、このくじを買ったのは俺で、くじの代金を支払ったのも俺だ。いきなりおかしなおばけが不法侵入して、その相手にならないといけない俺に対する慰謝料、そう考えたら…妥当でしょ。」

・・・何の心配もない自由な生活が始まる!!!

「ふうむ…。ちょっとお待ちいただいていいですか。」
「なんだよ!もういいだろう。早く帰ってくれよ!!」

「…分かりました。ありがとうございました。また、伺うかも、知れません。」

俺の剣幕にビビったのか、黒っぽいやつはそのままスーッと消えた。もう二度と来るな!!!

俺は忙しいんだよ!!二億を超える金の使い道についてじっくり練らなきゃならないんだからさ!!

俺は勝ち組だ!これからの人生はバラ色だ!!


ピンポーン!!

こんな忙しい時に誰だよ!!

『あのー隣の者ですがー。』

!!!
まさかあの黒いやつ…俺のくじ当選ばらしやがったな?!

この当選くじは絶対渡さんぞ!!!

居留守を決めた俺は、インターフォンから聞こえる声に耳を澄ませる。

『ほらー、出てくるわけないんですってば。』
『今ならまだ間に合うはずだもん、助けないとダメだろ!!!』

…助ける?

『助けるって…自業自得でしょう、この場合。』
『あんたね!!こんなの誤配達を装った、ただの押し付け詐欺じゃん!!』

…装った?

『詐欺とは失敬な!幸運を配って何がいけないんです!!』
『大金ってのはね、使える器がなければ結局意味がないんだって!!こんなんただの厄災だわ!!』

…使える器がない?ちょっと待て、それは俺が大金使う資格がないとでも言っているのか。…失礼なババアだな!!

『この人の器には大金は重すぎるんだってば!!使いこなせる筈がない!』

カッチ――――ン!!!

「ちょっと、それどういう意味ですか。」

思わず俺は玄関に出てしまった。失礼なババアと、さっきまで俺の部屋にいた失礼な黒っぽいやつがいる。ババアは俺を見るなり黒っぽいやつの首根っこを捕まえて締めあげた。こ、怖い…。

「…めっちゃつぶれてるじゃん!人生がつぶされてるじゃん!!あんたらのやり方はえぐいんだってば!!」
「も、もうここまでつぶれてたら潰した方がね?!」

黒っぽい人が小さくなってるぞ。どんだけ締め付けてるんだ。

「あなたね、良い人そうに見えたけど、私宛の荷物、使ったんだね。取ろうと思って取ったわけじゃないから、まだ間に合うの。ちょっとだけ、思惑に乗っかっただけだから、まだ戻れるの。」

「は、はあ?」

隣のばばあはポイと黒っぽい人を投げ捨てて、腰に手をやり俺に人差し指を向けた。

「くじ、手放しなさい。」
「はあ?!やですよ!当たったんだから俺のもんでしょう!!びた一文やるもんか!!」

二億円をみすみす捨てる馬鹿がどこにいるんだよ!!

「あなたの運命が今まさに、つぶれかけてる。早くしないとすべてが離れちゃう。ねえ、あなた本当にいいの、そのくじはあなたが出会うはずの人もすべきことも人生の目標もすべてつぶしてしまうんだよ!」
「そんなこと言ってあんただってこの金が欲しいんだろ?やるか!!バーカ!!」

俺は怒りに任せてドアをバタンと閉めた。閉めたドアから、黒っぽいやつがヌウとすり抜けて顔を出した。

「いいねえ、その意気だ、君はたいそう美味そう…いや、良い人生を送ることになるはずだよ。」

そうとも。
俺はいい人生を送るのさ!!!

そして俺は、隣のばばあと顔を合わせることなく、一人都会へと引っ越していった。


都会で過ごす毎日はそれなりに楽しかった。
テレビの収録を見に行ったり、うまいもの食べに行ったり。
働かなくても金がある幸せ。
毎日のんびりとやりたいことをやって暮らせる幸せ。

だが。

なぜだ。

なぜ、俺は一人なんだ。

何をしても孤独が付きまとう。

もともとそんなに社交的な方ではないが、それなりに努力はしてみたんだ。人の多いイベントに出かけるとか。まあ、町内会なんかはメンドクサイから無視したけどさ。

そのうち、若い人から中年になり、老年になる。人の多いイベントで、やけに目立つようになってきた。

仕方がないので町内会に参加してみる。若い奴らなんか一人もいない。皆くたばりそうなじじいとばばあばかりで気が滅入る。

そして、引きこもり始めて今何年だ?

金がそろそろヤバくなってきた。地道に贅沢しないで使い続けてきた二億円が間もなくなくなる。俺もそろそろ潮時か。


「やあやあ、久しぶりですね。」
「お前は…あの時の。ふん、俺は二億円を使い切ったぞ。あのばばあの言ったことは外れたんだ。俺は大金を使いこなせたからな。」

きっちり使い切ることができたんだ、これは俺にしかできない偉業だろう。

「使いこなせた?ああ、使いきったってことですか。まだ、そんなことを言ってるんですね。」
「それはどういう意味だ。」

「使いこなすというのは、あなたのようにただ無意味に生き抜くことではなくて…人生を意味のあるものとして生きることに生かせるかってことだったんですけどね。」
「俺の人生が無意味だったとでも?!」

「じゃあ、聞きますけど、あなたの生きてきた人生、どのあたりに意味があったと思ってるんですか。」
「平穏無事に、何も問題なく、金に困ることもなく生きてきたわけだが。」

こんな幸せな人生は、ないと、思うのだが。

「あなたのあの時点での人生はね。辛い仕事を続けて、いらいらしてた時に行った居酒屋で明るすぎる女性と出会って、子供を成して、子供を通じて知り合った仲間たちとにぎやかに酒を酌み交わし、孫たちに囲まれて穏やかに生涯を終えるはずだったんですよ。」

「…なんだそれは。」

そんなこと聞いてないぞ!!

「多くの人に人生を語り、多くの人に人生の指針を示し、多くの人に尊敬され、慕われ、目標とされたはずだったんです。」
「この、俺、が?」

この50年、ほとんど人と会話すらしてこなかったんだぞ、俺は。

「あなた、今、周りに誰かいます?あなた、誰かに影響することできました?あなた、何を成したんです?何もしてないでしょう。だから無意味だと言っているんです。」

「なにも、せずに、俺は、50年を。」

黒っぽい男は、背中から、大きな鎌を取り出した。

「ああ、でも、あなたの今のこの虚無感、私としましてはね、極上なんですよね。本当に、美味しく熟れました。あの時邪魔されてどうなる事かと思いましたけど、いやあ、よかったよかった。」

大きな。

鎌が。

俺をめがけて。

ザ………


ピンポーン!!

ピンポーン!!!

「はッ!!俺は今、生きて…いるのか?!」

あたりを、ぐるぐると見渡す。…俺の一人暮らしの、マンションの部屋。汗がびっしょりだ。

『すみませーん!隣の者ですけどー!』
「は、はい。」

俺がドアを開けると、隣のババ…奥さんがいた。

「あのー、明日、私宛の荷物が届くんでー、もしかしたら、誤配されるかもなんですけどー。えっとー、そのー、開けないでね?」

もうちょっと、言い方を考えたらいいのに。
この人は…悪い人じゃ、ない。

「…分かりました。」

この人の助言は、正しかったんだ。…涙が、出てしまった。

その涙をちらりと見た奥さんが、ぼそりと、つぶやいた。

「…私の知人がね。運命の相手が消えそうだって、泣いたのよ、ねえ…。」

それは、もしかしたら。

「あと、お願いなんですけどお、私の友達がですね、居酒屋やっててぇ、良かったら行ってみて、くれないかなあ?ええと、できたら、明日がいいかもー。できたら、今月中?」

手渡されたのは、近所のさびれた居酒屋のビールチケット。…五枚もあるぞ。

「俺ビール嫌いなんですけどね…。いいんですか?貰っちゃって。」
「じゃあ、ビールが好きそうな子に、譲ってあげてほしいかな?」

俺は、ビール券を譲る女性と恋に落ちることを、予感する。
俺は、その女性が、自分の人生を変えてくれることを知っている。

誤配達が起きるのは、明日。

あのくじの番号は、今でも覚えている。

けれど、……俺は。

「たまには、仕事の愚痴を言うのも、良いと思うよ。」
「…そうですね、そうします。ありがとうございます。」

奥さんを見送って、ドアを閉める。

明日は、夜勤明けで、風呂に入ってひと眠りした後、運命の出会いをしなくちゃいけないからな。

…そんなもん、買いに行く暇なんて、ないのさ。


今の時刻は、夕方五時。…そろそろ、夜勤に向かわなければならない。

今日もきっと、上司はうるさいだろうし、部下は使えないはずだけれども。


明日、俺の愚痴を笑い飛ばしてくれる人に出会えるはずだから。


憂鬱な仕事に向かうはずの俺の足取りは、ずいぶん、軽やかで。

久しぶりに、スキップなど、踏んでみて。

自分のこっけいさに思わず。


「は、ははっ!!」


声を出して、笑ってしまった。


声を、出して、笑えることに。

幸せを、感じた。

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