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魔法のダンベル

「ダンベル買って。」

このところ人気のアニメを見た息子が、珍しくおねだりをしてきた。

余り物を欲しがらない子供なので、ここぞとばかりに願いをかなえてあげようと、ニッコリ笑顔を向ける。

「え、なに、鍛えるの、どんなのが欲しいの。」

出かける準備をしつつ、買うものについてそれとなく探りを入れる。

「ダイヤルで重さの変わるダンベルが欲しい。」
「……はあ?」

一体息子は、何を見たんだ。

「ちょっと君ね、ダンベルってのは、重さは変わらないものであって、そんな物質はこの世に存在していないんだよ…。」
「ダイヤルで重さが変わるって書いてある。」

おうふ。

ダイヤル可変式のダンベルは、確かに存在している。
ダンベルプレートを、ダイヤルで固定して、重さを変えるタイプのものね。

だがしかし、息子の思い描いているのは、おそらくそれではない。

●-●←これ

たぶん丸い部分にダイヤルが付いていて、それをひねると重さが変わる、そういうアイテムを思い描いているに違いないぞ……。

「あのね、重さの変わるダンベルはあるけど、君の思うようなものでは、断じてないのさ…ええと、まあ、とりあえず、見に行こうか。」
「はい。」

ウォーキング帰りに立ち寄ったスポーツショップの筋トレコーナーで、がっくり肩を落とす、息子の姿、姿がー!

「ない・・・。」

ダイヤルひとつで重さの変わる…そんな魔法のようなダンベルがあったら、それこそ世界が変わるよ。

そんな物質聞いた事ない、いやあるのか?
反重力装置は何となく成功したとか聞いたことあるけど、どうなんだろう。科学雑誌に目は通すものの、微妙に科学系の情報に疎いというか、右から左に超特急というか。

「あのね、重さが変わるダンベルは確かにないよ、でもね!これから君が毎日一生懸命ダンベルを持ち上げ続けたなら、このダンベルはね、いずれ軽くなるのですよ。」
「軽くなる?」

いぶかしげにこちらを窺う息子に、一キロのダンベルを両手に持たせる。

「どうだね、重いかね。」
「重い。」

…500gからはじめた方がいいかな。

「今日この瞬間の、その重さを覚えておくんだよ。毎日地道にハンマーカールとダンベルカールやってたらね、その重さはやがて、羽根のように軽く思える時がやってくるのです。」

重さ変更ダイヤルなどなくても、君はいずれ二キロのダンベルを軽く思う日が来るんだよ。

それは魔法というよりも、君の努力のあかしというかね。

「君が努力を続けると約束するのであれば、ごく普通のダンベルを進呈します!まじめに地道に努力できたら、魔法など必要ない!筋肉は鍛えたら鍛えただけ微笑み返してくれるもの!筋肉は努力にきっちり応えてくれるんです!!よろしいか!」
「努力する!」

かくして、息子は一キロのダンベルを二つ買うことになった。

…まじめにコツコツ続けることを得意とする息子は、ぐんぐん鍛えあがっていきましてですね。

「いつまでたっても、軽くはならない。」
「まあ、一キロは二つで二キロだし。」

軽く10キロのダンベルを持てるようになっても、二キロは重いまんまなんだってさ。

なんだ、意外と人のイメージってのはかわんないのかな。
おかしいな、うまく丸め込めたと喜んでたんだけどな。

魔法のダンベルなど、どこにも存在していないのだけど。
息子は地道な努力で、ぼちぼち筋肉を手に入れている。

ぷにぷにのぷよぷよだったのに、やけにこう、力強くなってしまった息子はですね、親までも持ち上げることができるようになっていてですね!!
ずいぶんたくましくなった息子に、持ち上げられるようになってしまった訳なんですけどもね?!

ああ、生まれた時は本当に小さくて、未熟児ギリギリ回避だったのに、子供ってのは本当にあっという間に育つなあ。

まるで魔法だよ。

これこそ魔法だな、うん。

魔法は存在していないわけだけど、魔法みたいな事例ってのは案外点在してるなあ。

「バーベル買ってもいい?」
「ヤダよ!!昔お父さんが買って調子に乗ってふすまぶち抜いたんだから!!ジム、ジム行ってきて。」

見事にぶち抜かれたふすまは、魔法のように元には戻らずですね!!
しっかりお金を払って修理する羽目になってですね!!!
くそう!!あのときの修理代、結局もらってないぞ!!

魔法なんてやっぱり微塵も存在などしていない!!!

息子はプンプンする私を見ながら、さっさとトレーニングの準備をして玄関で待ち構えている。

「途中まで一緒に行こう。」

ムム、これはバーベルについて懇願するつもりだな!!

言葉少なに、思いの丈を切々と伝える息子独特のやり口…侮れないんだよ。

だがしかし!!!
私は…まだ息子に論破など、されるつもりは…ない!

・・・10日後に、ベンチプレス一式が届くことになろうとは。

この時の私は、まだ…知らないので、あった。

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