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謎の肉


小さいころ、毎日のように食べていたものがあった。

ひとつは、丸い玉。
ひとつは、ふわふわした甘いもの。
ひとつは、硬くて苦い、串に刺さった肉。

あまり料理が好きでなかった母親は、日常的に出来合い物をたくさん買ってきていた。歩いて15分ほどの場所にある小さなスーパーが、母親のお気に入りの店だった。

メシマズだった母親は独特の嗜好傾向を持っていて、偏りのある惣菜ばかり購入していた。週に三回、そこに晩御飯のおかずを買いに行くのだ。
月曜は丸い玉、水曜は硬くて苦い肉、金曜は筑前煮。

メシマズではあるが、夕食は必ず一汁三菜と決め込んでいた母親。

みそ汁を毎日作り、漬物を小さな皿に盛り、副菜を深鉢に入れ、主菜を皿の上に広げ、白いご飯を茶碗に盛った。

副菜はキュウリの切ったものの事もあれば、トマトの切ったものの事もあった。主菜はちくわか卵か厚揚げを使ったものが多かった。祖母が肉と魚が嫌いだったので、それらが食卓に並ぶことはほとんどなかった。

毎日三時にはおやつが出た。みかんだったりホットケーキっぽいものであったり、プリンであったりアイスであったり。たまに作っていたのが、ふわふわした甘いものだった。
おやつは、小学生になってお小遣いをもらい始めたあたりから自分で買いに行くようになったため、ふわふわした甘いものを食べる機会はわりと早い段階でなくなってしまった。

高校生になった頃、母親のお気に入りのスーパーが閉店した。このタイミングで、丸い玉と硬くて苦い串に刺さった肉を食べることがなくなった。母親の嗜好にかなう総菜を売る店がなかったのである。
たまに買うのは、肉屋のコロッケと唐揚げ、豆腐屋の白和えなどがほとんどだった。

このころになると、料理に目覚めた私が晩御飯を作るようになり、総菜が食卓に並ぶことは少なくなった。そして、かつて食べていたモノたちの記憶はどんどん薄れていった。

就職をして家を出てしばらくだったある日、スーパーで買い物をしていて…丸い玉を見つけた。食べたいと思って店内を回っていなかったから、売っていることを全く知らないまま大人になっていた。久しぶりに見る、懐かしい姿を見て、思わず手に取った。

私が幼いころ食べていた丸い玉は、鶏のキンカン甘辛煮だった。

小さなパックを買って食べてみると、確かに小さいころに食べていた玉と同じ味がした。

キンカンを食べてから、自分がかつて食べていた他の謎の食べ物の正体を知りたくなった。

スーパーに行くたびに、幼いころ見た謎の串とふわふわしたものを探して回った。

だが、一向に、その正体がつかめない。

フワフワしたものをいろいろと買って食べてみた。

泡雪、違う。
メレンゲ、違う。
マシュマロではない、ケーキでもない。
プリンでもない、ヨーグルトでもない。
ケーキ屋の白い物体を散々買い込んでみても全く分からない。

謎の食べ物の正体がわからないまま、ずいぶん長い年月が過ぎ、私は娘を連れて実家に顔を出した。

「あ、フロマージュじゃん、懐かしい。」

母親の一言に、驚く。

「なつかしい?」
「これあんたが小さい頃よく作ってやったよ、覚えてないの、しろいぶよぶよのやつ。」

私の知るフロマージュは、チーズケーキっぽいものであって、私がかつて食べていた白いふわふわしたものとはずいぶん印象が違ったのだが。

「牛乳で作ったんだよ。」

どうやら、フロマージュというオシャレなものを聞いた母親は、メシマズながら似たようなものを作ったらしい。鍋に牛乳に砂糖と小麦粉を入れて練り、それを食べさせていたとのこと。
家に帰って作ってみたら、確かに幼いころ食べたものと同じ味がした。

そうか、親ならば謎の食べ物の正体も知っているはずだ。

次に実家に顔を出した時、私は謎の肉について母親に聞いてみた。

「ああ、よく買ってたけど何の肉かは知らない。ミミズの肉だったんじゃないの!」

母親は謎の肉の正体を知らなかった。
母親は、得体のしれない食べ物を食卓に並べていたのだ。

…あれは、いったい、なんなのだろう?

砂肝に似ているような気もするが、やや苦みが足りないような気がする。
そもそも砂肝とは違う色合いだったような気がする。

白っぽい肉だったから、おそらく鶏肉だとは思うのだ。

小指の先程度の、丸い肉が、八個くらい串に刺さっていて、それが五本くらいパックに入っていて、しょうゆダレがかかっていて。
たまに黄色っぽい木くずのようなものが入っていたような気がする。
胆のような苦みがあった、よく噛み砕かないといけないような肉だった。

謎が謎を呼び、余計に正体を知りたくなっているのだが、現代ネット社会においても、その正体にたどり着けない、このもどかしさ。

謎の肉の正体は、今なお判明していない。

あれはいったい、何だったのか。何の肉だったのか、そもそも肉だったのか、それすらわからない。

…私はいったい何を食べていたんだろう。

雀かひよこか、蛇だったかも、カラス?カエルとか?それとも母親の言うようにミミズだったのか!いやいやあの時代そんなおかしなものは流通していなかったはず、いやしかし…。

「あれは何の肉だったんだろう、ああ、答、答を知りたい、もう一度あの味を食べたいー!」

私がやけに希少部位の焼肉を食べたがるのは、あの日食べた肉を思い出したいがためなのだ。

私がやけに珍しい食べ物を躊躇せずに口にするのは、あの日食べた肉を思い出したいがためなのだ。

私がやけにやきとり屋に顔を出しがちなのは、あの日食べた肉を思い出したいがためなのだ。

私がやけに居酒屋の新規開拓に乗り出しがちなのは、あの日食べた肉を思い出したいがためなのだ。

そう、仕方がないのだ、謎を解明するまでは。

いつまでたっても解けぬ謎があるからいけないのだ!

・・・けしからんなあ、実にけしからん!

いつまでたっても正体の分からぬ謎の肉、貴様のせいで酒がやめられぬではないか!!

見つからないなら仕方がないな、せっかくだからうまい酒飲んで我慢してやろう!!

「うへへ!!熱燗ちゅいか―!!串盛りもね!!ぎゅふふ!!!」

今日も私は謎を解明するべく、うますぎる酒を飲むのであった!!!


↓この、左側のやつのさらに小さい版みたいなやつなんですけどね…。

ちなみによく食べてるのはこれ。


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