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読書録:中国S級B級論 高口康太ほか 「蒸留」される中国の人々

巨大で多様な中国は、グローバル化し、複雑化する世界の中で、より「一つの国境線の中にさまざまな状態や階層があり、かつ変化し続けている」状態にある。
バニーファンの所属するMITメディアラボの伊藤穣一は2014年にこのTEDトークで、複雑化し、未来予測の意味がなくなる社会について語っている。

マッハ新書から立ち上がり、紙の書籍としては珍しいスピードでそれぞれの著者が「今切り取った現象」を収めたこの「S級B級論」では、その意味で「ナウ」な本になっている。メイカーフェアベイエリア後、機内で一気に読んでしまった。

物事は構造があって進化する。僕にとって中国について最も参考になった本であるバニー・ファンの「ハードウェアハッカー」では、2013年のインタビューで、今の中国の状況が見事に予見されていた。

日本とアメリカは何十年もかけて、製造業ベースの経済からサービスベースの経済へと移行した。
 それと比べると、中国のエレクトロニクス製造業はせいぜい20年前に始まっただけなのに、すでに製造中心の経済から設計とソフトウェア技術を実現できる段階の寸前まで変化してきた。僕はこれは自然な流れだと信じている。未熟練労働者の一部は最終的にエンジニアになり、エンジニアの一部は設計者になり、最終的には設計者の中から成功した起業家が生まれるだろう。
 具体的な数字でいうと、工場労働者1,000万人から、ざっと1%、10万人の労働者が数年後に技術者になれる経験を積む。さらにその1%が、技術者として数年経験を積んだあと、オリジナル製品を生み出す設計者となる。これで1,000人の設計者が生まれる。これらの経験豊かな草の根設計者は起業家経済のコアになる。そこから経済が変わり始めるだろう。
 10年か20年ほどで、数千の企業が最終的にほんの一握りのグローバルなブランド企業に蒸留される。僕は中国がこの最終段階に入っていると信じている。深圳の多くの人々は、製造業の経験、設計するだけの知恵、イノベーションとオリジナルの製品設計に才能を生かす能力を持っている。現在の経済発展・知的発展政策が問題なく進めば、今後10年は中国の技術産業にとって魅力的なものになるだろう。
(ハードウェアハッカー、396ページ)

この「S級B級論」にはその「蒸留」の過程と結果が個々のエピソードとして現れている。今も中国はアフリカやインドネシアなどに向けて粗悪なスマートホン等のICT機器、そしてさまざまな労働集約的な雑貨を輸出する「世界の工場」であり、かつシリコンバレーを支えるオープンソースソフトに多くのコードをコミットし、国際学会のトップカンファレンスに何本も論文を通す科学大国でもある。
本書でも伊藤亜聖氏の記事に特に特徴的に見られる視点として、テクノロジーは日々世界をつなげ、国境をまたいだ経済活動を盛んにし、ものごとを国を起点として見るやりかたを難しくしている。
一方で本書の水彩画氏、山谷氏、田中氏の章に見られるようなローカルの中国が消えたわけではもちろんない。構造だけ見て具体を見なくなると、ナウイスト的な視点からは外れていき、事実を把握しそこねるので、常に情報をアップデートし続けることは重要だ。

マスイノベーションと中国

僕は早稲田ビジネススクールで「深圳の産業集積とマスイノベーション」を担当している。昔も今もメイカーフェア、DIY、オープンソース、シチズンサイエンスなどが得意分野で、つねに具体的なプログラムやサービスから新しいことを学んできた。
この中国S級B級論の母体になったマッハ新書のムーブメントや、伊藤亜聖先生の著書、藤岡さんの「ハードウェアのシリコンバレー深圳に学ぶ」などを生むきっかけになった「ニコ技深圳コミュニティ」の共同発起人をすることで、中国についてや「国が発展する」ということについてさまざまなことを学ぶことができた。

最初の集大成は「メイカーズのエコシステム」という書籍にまとめている。2016年の発刊だが今も売れ行きは順調で、この「中国S級B級論」をはじめとしていろいろな書籍に引用されている。

最近一番の驚きだった「ハードウェアハッカー」は、中国語も中国文化にもほとんど理解のないアメリカ人、バニー・ファンの手によって書かれたものだ。同じく参考にしている「ハードウェアのシリコンバレー深圳に学ぶ」も、ひたすら製造会社の経営を続けてきている、中国専門化ではない藤岡淳一さんの取り組みの数々が、変化の多い中国の真相を見事に捉えた本だ。
ウオッチャーの視点から書かれた本書のような情報を、そうしたプレイヤーの視点から書かれたの体験と繋げていくことで、実態が明らかになっていくと思う。

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