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ワインとは無縁の高山村に移住。ブドウの栽培から醸造までを行うワイナリーオープンの夢を追う|先輩移住者file.8

先輩移住者ドキュメントfile.8 西角麻美子さん

  • 生まれ:東京都立川市

  • 移住タイプ:Iターン

  • 以前の住まい:埼玉県さいたま市

  • 移住時期:2021年12月(現在3年目)

  • 家族構成:4人(夫、子供2人)。子供は2人とも独立。

  • 仕事:地域おこし協力隊制度を利用し、群馬県高山村でワイナリーオープンに向け準備中。

 埼玉から高山村に移住し、ワイン用ブドウの生産にチャレンジしている看護師の西角さん。将来はこの村に醸造所を構え、ブドウの生産から醸造、販売まで一気通貫に提供するという壮大な夢を描いています。これまで高山村でワイン用ブドウを育てる人はいませんでした。「本当に出来るの?」という声もある中、高山村の土壌と気候を信じ、西角さんは山を開墾し、ブドウの苗を植え、毎日毎日お世話をし、ついにスパークリングワインの試験醸造にまでこぎつけます。「ここ高山村でもおいしいワインができる」そう信じながら、ワイナリーオープンに向けてコツコツと奮闘する西角さんの姿は、同じように事業を成し遂げたいと夢を描く人々の励みになります。なぜここ高山村の地を選んだのか。これまでどんな課題を乗り越え、これからどんな道が見えているのか。ワイナリーオープンという夢の現在地を取材しました。

冬に差し掛かるとある日が取材日。
西角さんの自宅で、薪ストーブで暖をとりながらのインタビュー。

子育てが終わり、ワイナリーオープンの夢を抱く

 都会に住み結婚し、子供二人が生まれてから、毎日忙しく過ごしていました。夫は会社員、私は看護師として働いており、仕事と子育ての両立でいっぱいいっぱい。子供達が独立してからやっと余裕が出てきて、これから二人でどのように第二の人生を歩んでいくのか考えるようになりました。
 私たち夫婦の楽しみはワインを飲みながらゆっくり食事をすること。ワインってブドウの品種や栽培地、醸造の仕方で本当に味わいが変わるんです。二人でよく国内のワイナリーを巡って色々なワインを楽しんでいました。
 そんな中、「東京ワイナリー」という東京都練馬区にあるワイナリーの存在を知りました。東京にワイナリーがあるということと、限られた敷地でワイン造りをしていることに衝撃を受けました。調べてみると日本には小規模経営のワイナリーがわりとあるんですね。ご縁を辿り、そんな小さなワイナリーで畑仕事や醸造のお手伝いをさせてもらうようになりました。そのうち、いずれは自分達も小規模ならではのこだわりのあるワインを造りをしてみたい、と思うようになりました。さらに、長野のワイナリーでブドウ栽培とワイン醸造を学び、将来は自分のワイナリーを設立しよう、と心に決めました。

北海道から東北、北陸、関東まで、探した末に高山村にたどり着く

 まずはブドウを栽培できる農地探しからスタートしました。水捌けの良い土壌、緩やかな傾斜、日照時間の長さ、昼夜の寒暖差など、ブドウ栽培に適する土地にはいくつかの条件があります。加えて、野菜と違ってブドウは土に根付く果樹です。一度植えると簡単に撤去できないので、地主の方も気軽に農地を貸し出しできません。そうすると必然的に土地は限られてくるんですね。北海道から東北、北陸、関東とくまなく探したのですが、なかなか見つかりませんでした。
 結局農地を借りることは諦めて、山林や原野など、まだ畑になっていない土地を自分で購入するという方針に切り替えました。そんな時にたまたまテレビで高山村の不動産屋さんが紹介されていて、広い山林を取り扱っていることを知ったのです。さっそく問い合わせて現地を見に行きました。

木を切って、根っこを抜く……。いちからブドウ畑を開墾

 ある日、不動産屋さんにある山林を紹介してもらいました。広さは1600坪ほどで、南に向かって傾斜になっていました。ここを切り開けばワイン畑にできるかもしれないと可能性を感じましたね。さらに、土を掘ってみると黒ボク土で、深く掘ると軽石がゴロゴロと出てきました。水捌けも日当たりも良く、すぐ近くに県立の天文台があるので、晴天率が高いことはお墨付き。高山村は標高が高い盆地で、昼夜の寒暖差があることでも有名です。……まるで、パズルのピースが一気に組み合わさるような感覚でした。平成から令和に年号が変わった日に、山林を購入しました。
 土地を購入した後、高山村に賃貸で家を借りて、1年以上かけて山林を開墾をしました。チェーンソーで木を切ったり、重機で根っこを抜いたり、全くの素人だったので本当に大変でした。ご近所の方が心配して手伝ってくれたり、友人や家族が来てくれたりして、何とかブドウ畑を整え、3種類、660本のブドウの苗を植える事が出来ました。その後、ブドウ畑の近くに家を建てて、この場所に完全に移住したのは令和3年の12月でした。

山林の木を伐採し、ブドウ畑に生まれ変わる直前の土地。
開墾の時に出た大量の丸太はストーブの燃料として活用しているそう。
ブドウの苗は「ピノグリ」「ピノ・ノワール」「ソーヴィニヨンブラン」の3種類を植えた

「高山村でワインが出来るの?」という声のなか、試験用のスパークリングワインが完成

 土地の取得からブドウ畑の開墾にあたって、高山村の多くの方々にお世話になりました。相談に行った役場の方々は本当に親身になってくれて、移住を決断する大きな後押しとなりました。皆さん一様に「寒さの厳しい高山村でワイン用ブドウなんてできるの?」と心配の声を掛けてくれます。長野や山梨などでやるならともかく、実績のない高山村での取り組みに対して、私も不安がないわけではありませんでした。ところが、昨年試験的にスパークリングワインを醸造してみたら、これがとても美味しくできたのです。冬はマイナス15度になる日もありますが、ワイン用ブドウはなんとか耐えられる。昼夜の寒暖差があり、糖度は上がりながらも過熟はせずにバランスの良いブドウがとれる。完成したワインを飲むと、高山村の冷涼な気候が美しい酸に昇華されていることを感じました。「高山村でワインができる。しかも、美味しいワインが。」そう自信をつけました。

泡の持続性のある美味しいワインに出来上がった。醸造は村外の会社に依頼

 道の駅の隣にある「さとのわ」で、お披露目イベントを開催したところ、たくさんの方に美味しいと言って頂けました。中には、「ボトルを全部買い取りたい」と申し出てくれる方も。とても嬉しくて、励みになりましたね。美味しいワインはブドウありき。飲んでくれた方々の期待に応えられるよう、ブドウのお世話を頑張ろうと改めて決意しました。今は、4年目のブドウを醸造中。来年の夏に出来上がるのが楽しみです。

見晴らしの良い、夏のブドウ畑

早朝から手元が見えなくなるまで。ブドウのお世話一色の移住生活

 移住後の生活はブドウのお世話一色で、買い物に行く時間もままなりません。本当に、猫の手も借りたいほど忙しいです。早朝から作業を始めて、少し長めのお昼休みをとってまた作業。あとは手元が見えなくなるまでブドウのお世話に明け暮れています。それでも、間に合わない。本当に大変な時は地域の皆さんや家族、友人に手伝いに来てもらっています。

お手伝いに来てくれた人達とぶどうの収穫
今は収穫が終わり葉が落ちるのを待っている。葉が落ちたら剪定して来年に備える

 苦労しながら大切に大切に育てているブドウですが、ここ高山村の地で本当に美味しいワインが安定的に作れるのかはまだ分かりません。作業をしながら不安になったり、懐疑的になってしまうことはしょっちゅうあります。でも、もし成功したら、すごいことだと思うんです。群馬の高山村という小さな村で美味しいワインができるというのは、大きな発見です。長野や山梨、北海道などの名産地でワイナリーを始めるのとは、かなり違う意味合いがあるはずです。
 最終的なゴールは、高山村産のブドウを高山村で醸造して高山村から販売すること。高山村という土地の気候や土壌、自然の移ろいという風土を反映したワインを作りたいです。移住してから、ここでの四季や景色、そして高山村で出会う人達のことがどんどん好きになっています。私のつくるワインを通して、そういう土地の魅力を感じて貰えたら嬉しいです。

高山村産のワインで、人々の食卓を彩りたい

 ワインの存在意義って、食卓に添えられた時に発揮されるものだと思っています。ワインそのものを単体で楽しむのも良いけど、食事と合わせて飲んだ方がもっと美味しい。料理も引き立ちます。いつもの何気ない食卓に、美味しいワインがあると、食卓が一気に明るくなりますね。私も、そういうワインを目指しています。
 ワイナリー設立というゴールまで、まだまだ乗り越えるべく課題が山積みです。醸造所を構えるためにはもっと畑の規模を大きくしなくてはいけないし、苗を植えてからブドウが収穫できるまで5年はかかる。醸造所を構える場所も探さなくてはいけないし、資金の準備もしなくてはいけない……早くてもあと3年はかかるという……まだまだ、夢の途中です。
 高山村産のワインで、人々の食卓を豊かにするーー。第二の人生の夢の実現のため、日々のブドウのお世話を今日もコツコツと頑張ります。

作業の合間、天気が良いと畑から富士山を眺めることができる

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●先輩移住者ドキュメントの連載について
移住にあたって一番知りたい、でもどんなに検索しても出てこない情報。それは、その地域の「住みにくさ」や「閉鎖的な文化の有無」、そして「どんな苦労が待っているか」などのいわゆるネガティブな情報です。本連載では、敢えてその部分にも切り込みます。一人の移住者がどんな苦労を乗り越えて、今、どんな景色を見ているのか。そして、現状にどんな課題を感じているのか……。実際に移住を果たした先輩のリアルな経験に学びながら、ここ群馬県高山村の未来を考えていきます。



インタビュー/執筆 山中麻葉

2021年に夫と0歳の娘と高山村に移住。里山に暮らしながら、家族でアパレルのオンラインショップ「Down to Earth 」を営む。山中ファミリーの移住の様子は「移住STORY」へ。日々の暮らしやお仕事のことはinstagramへ。

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