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教#025|目標を、言葉にすることが大切。「はじめに言葉ありき」なんです~かくかくしかじかを読んで⑧~(たかやんnote)

 大学4年になっても、明子は将来の進路を考えてません。就活している仲間は、誰もいません。私自身、就活はやってませんし、大学4年の前期は、将来の進路がまったく白紙で、No Futureでした。ですから、進路をまったく考えてない4年生の気持ちは、良く解ります。まあ、どうにかなるだろうと、漠然と、考えているんです。まずは、あと1年間残っている大学生活を、取り敢えず、enjoyしなきゃいけないと思っています。

 自分一人なら、何をしても、食って行けると云う自信はありました。コミュニケーション力とか、社会的常識、あと読み・書き・そろばん(小学校で習う算数ぐらいの計算力)の最低限の能力があれば、何らかの仕事に就いて、何らかの社会貢献はできます。まだ、鷹揚な時代で、社会全体がゆるくて、何も考えてない人間が、どうにかこうにか生きて行く隙間が、そこかしこにあったと云う風な気がします。時代が下るにつれて、より厳しい社会状況になりつつあるとは、高校のような、ほぼ時間が止まってしまっているような、牧歌的な文化世界に埋没していても感じます。

 明子は、漫画家志望だと云うことを、誰にも言ってなかったんですが、大学4年になって、油彩科のゆっるーい感じの同級生のMくんに
「漫画家になりたくて、美大に入った」と、何気なくカミングアウトします。そうすると、Mくんが
「それは、林ちゃんに合うてるわ。だってホラ、林ちゃんて、人間観察ばっかしてるやん。それってマンガ家にめっちゃ向いてると思うで。林ちゃん、マンガ家になりーや。絶対いけるで!」と、pushします。漫画家のハードルの高さとかを、まったく何も知らないMくんが、直観で明子の天賦の素質を見抜いたと言えます。こういう同級生が、しれっとした感じで、そこらに普通にいるとこが、美大の奥深さだなと思ってしまいます。明子は、Mくんの言葉が、人生の内に何回かあるターニングポイントのひとつだったと、語っています。

 目標を、言葉にすることが大切です。やはり「はじめに言葉ありき」なんです。明子が、古本屋で、バイトを始めたのは、Mくんに励まされて、夢を現実にしようと考えて起こした、最初のactionだったと言えます。

 が、在学中は、結局、マンガは描かず、郷里の宮崎に帰ることになります。ところで、三つ歳上の彼氏の西村くんは、まだ大学3年生。大学を卒業するまで、あと2年間あります。宮崎と金沢では、明らかに遠距離恋愛です。2年後に、西村くんが、白馬に乗って、自分を迎えに来ると明子が脳内で妄想をするのは自由ですが、2年間も遠距離恋愛が続くかどうかは、別問題です。バイト先の店長は、sakuっと、

「ま、自然消滅だな」と、託宣を垂れます。「20代前半のboy&girlが、2年間も待てるのか?」と聞かれたら、私だって「それは、やっぱり無理だな」と、正直に言ってしまいます。が、彼氏の西村くんは、春の淡雪の降る夜の浅野川の土手で
「卒業したら宮崎に迎えに行くから。どこか2人で住みたいって思った街で、一緒に暮らそう」と、カッコいい台詞を言い放ちます。彼は彫刻科ですが、彫刻科も油彩科も日本画科も、じゅっぱひとからげで、ピーターパン症候群です。いつまでも夢を見つづけられる子供じゃないと、真のアーティストには成れません。明子は、漫画家として、まあ一応、真のアーティストになりました。西村くんのその後は、解りません。それもまあ、掃いて捨てるほど、そこらにいっぱい存在する、人生のあるあるです。

 郷里に帰った明子は、日高先生の画塾で、再び、絵を描くようになります。条件反射です。宮崎に帰ったら、日高先生の画塾で、絵を描く以外の選択肢が存在してないとも言えます。ある時、美大を目指している高校生に、石膏デッサンのアドバイスをします。明子は、自分自身の技量はさておいて、他人のアラ探しは得意です。観察力がすぐれている批評家気質だと言えます。コミュニケーション能力もあります。弁舌さわやかに、立て板に水のごとく、高校生に的確なアドバイスをします。日高先生は
「林は自分の絵はろくに描けんくせに、人に教えるのは天才的や!」と、驚嘆します。つまり、日高先生は、明子の絵が下手なこと、絵の才能がないことを、本当は見抜いているんです。見抜いていたにもかかわらず、明子に絵を描かせます。私は、自分で言うのも何ですが、軽音部の指導者として、ある種の稀有な才能を持っています。他の人は持ち合わせてない才能です。説明はしぬくいんですが、私がそこにいれば、生徒はライブをやらざるを得ない、そういう才能です。私には、Uくんと云う教え子がいます。Uくんには、私ほどの才能はありません。そもそも彼には、コミュニケーション能力が不足しています。ですが、私は、Uくんに期待しています。Uくんが、私をはるかに超える軽音部の指導者になることを、夢、見ています。明子は、日高先生を超えられません。が、日高先生は、超えてくれると信じているんです。これは、教師の屈折し、矛盾した、教育愛のバリエーションのようなものです。日高先生の気持ちは、私には良く解ります。恩知らずの明子の気持ちも、解るっちゃ解ります(Uくんは恩知らずではありません。筋はきちんと通しています)。

 ところで日高先生は、レトルトとか、コンビニのお弁当とかは絶対に食べません。この点は、私もまったく同じです。残念ながら、私は料理はしませんが、自宅で、女房が作ってくれたもの以外は、一切、何も食べません。若い頃は、吉祥寺の自然食屋で、外食をしていました。高校時代まで遡ると、ラーメン屋に行ったこともあります(2、3回ですが)。役所に勤めていた頃は、ほぼ自然食屋に近い、総菜屋で食事をしていました。あと、材木屋のオヤジさんがさばいてくれる魚で、ブランデーを飲んだりもしていました。今でも、たまにペットボトルを買いますが、私が選ぶのはボルヴィックの水だけです。ミネラルウォーターは、ボルヴィックしか飲みません。世界の一流アーティストと同じです。日高先生は、お菓子も食べませんし、ジュースも飲みません。自分の家にあるすっぱいビワなら食べます。でも、そんなにすっぱくはないんです。ただ市販のビワほどは、甘くないだけです。アルコールも飲みません。タバコも吸いません。stoicな生き方をしています。が、最後、癌になります。まず絶対に癌にはならないような生活スタイルなんですが、まあこれは、DNAです。癌の家系だったってことです。私は癌にはなりません。肺炎の家系です。ですから、新型コロナウィルスはヤバいです。が、びびってはいません。びびったら、即座に免疫力が下がります。毎日、満員の中央線にマスクもせずに乗って、「コロナウィルス、上等、かかって来いや」と云う気合で、過ごしています。

 ところで、明子。宮崎に帰って、ようやくマンガを描き始めます。「遅っ!!」て、誰しもが思ってしまいます。

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