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「Classic:その奇跡の名をブルームーン」

『ブルームーン』というカクテルは、映像や文字の作品にたびたび登場し、その物語にツンとしたアクセントを与えてくれるクラシック・カクテルの1つである。

 現実世界では、ひと月に2回の満月が空に昇る現象の事を指すが、これが起きるのは数年に1度。ここ最近でようやく観れた人も多いのではないだろうか。

 随分と聞かなくなって久しいが、”カクテル言葉”というオトナのお遊びが流行っていた時代があり、紳士淑女の社交場で密やかに、しかし確実に語り草として広まっていた。「once in a blue moon……」、決してあり得ない事、転じて日本では多くの場合、告白やオトコの口説き文句を暗に断る代名詞でもあった。

「バーテンダーさん、私にブルームーンを下さい」

 しかし海外ではといえば、”実に稀な、幸運な事”といった意味合いが込められており、日本人が如何に”普通から外れる”事を畏怖しているのか感じ取れる。話は脱線してしまうが、麻雀の世界で一生のうちに一度揃えられるかどうかとされている”九蓮宝燈”は、和了れば運を使い果たし死んでしまうと話されるが、本場の中国では縁起物として親戚中が集まって運を分けてもらう姿があったと聞く。奇跡的な事柄は良し悪しが表裏一体といったところか。

 肝心のカクテルの中身はといえば、ドライジンと”すみれ”のリキュールを使用した乳酸飲料系の甘口ショートカクテルだ。配合の基本比率は3:1:1(レモンジュース)と、所謂サイドカータイプの1杯。このバイオレット・リキュールもフランス産の「パルフェ・タ・アムール(完全な愛の意)」が有名であり、全世界で観てもパルフェのボトルの方が通りが良い。

 このような名の通り方も、このカクテルにおける物語性を強めるのに一役買っている。

 もう一昔前に手に入らなくなってしまったが、サントリーより発売がされていた”ヘルメス”シリーズのバイオレット・リキュールは、まるで大海原がそのまま転写されたかのような空色であった。

 これで作るブルームーンはまさに青白き満月のよう。

 味は現代のモノと比べると、大きく見劣りはするものの、あのどこまでも澄んだ色合いは再現が難しい。とある地方のBARでリキュール自体は見かけたこともあったため、目についた読者諸氏はぜひお試しいただきたい。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。