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自然とわたしとあなたのかさなり|庭を描いた絵本を読む


よく、よい家庭ができるためには、家だけでなく庭も大切、だから「家庭」なんですよ、というホントかウソかわからないお話があります。「家庭」の語源に関するこの説の当否はここでは問わないとしても、家づくりのなかで、敷地計画も含めて庭の提案がとっても大切なのは言うまでもありません。庭がプチ公園として活用できるありがたさは、ここ最近の状況を踏まえるだけでも痛感されます。

でも、実際の家づくりでは、庭はあとまわしにされることも多い。敷地のなかに建物を置き、余った部分が庭になる。しかも予算の都合上、その余った部分は、砂利、ピンコロ、コンクリート、そしてタマリュウとシマトネリコといった定番で処理してしまいがち。「また外構工事はお金に余裕ができてからにしましょう」という無責任な予算調整トークもあるくらい。

その一方で、古くから建っている家々の街並みを散策してると、決して裕福ではないと思われる住宅の庭に、ナンテン、ヒイラギ、ツツジ、ユズリハといった旧習とつながった庭木がしっかり植わっている場面にでくわしたりもします。

時代の流れのなかで庭の位置は随分と変わってきているようです。外を出歩くことや、人と接触することをなるべく避けざるを得ない今、自宅庭のありがたさが再確認されてもいます。

そういえば、庭を舞台にした絵本もたくさん見かけます。物事の本質を端的に描きだすメディアでもある絵本。たびたび庭がとりあげられるのは、それだけ生きていく上で庭が大切なためでしょう。同時に、絵本にて庭がどんなふうに描かれているのかを気にしてみれば、庭とのいろんな付き合い方、活かし方が見えてくるのではないでしょうか。

そんなわけで、庭を描いた絵本をいくつか集めてみて、庭が持つ意義や可能性について考えを巡らせてみます。

庭を描いた10冊の絵本

庭について考えてみるために、庭を題材・テーマとした絵本(以下、「庭の絵本」)を収集してみました。「庭の絵本」には、「庭」あるいは「にわ」といった言葉が本のタイトルについてる絵本はもちろん、庭を舞台にしたものだとか、庭自体の意味・機能が中心テーマになってるものなどもあります(図1)。

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図1 集めた庭の絵本たち

とりあえず集めてみた「庭の絵本」が次の10冊。「やいやい、あの名作が入ってない!」といったケースもあるかと思いますがご容赦ください。

「庭の絵本」リスト
タイトル、著者、出版年
① 庭をつくろう!、ゲルダ・ミューラー、2015
② おうちとおそと、リジー・ボイド、2015
③ おじいちゃんとテオのすてきな庭、アンドリュー・ラースンほか、2009
④ グランパ・グリーンの庭、レイン・スミス、2012
⑤ カーリーさんの庭、ジェイン・カトラーほか、2012
⑥ ジョゼフの庭、チャールズ・キーピング、1971
⑦ ちいさいおうち、バージニア・リー・バートン、1942
⑧ ふしぎなガーデン、ピーター・ブラウン、2010
⑨ 庭にたねをまこう!、ジョーン・G・ロビンソン、2013
⑩ おじいさんの小さな庭、ゲルダ・マリー・シャイドルほか、1987

絵本のタイトルに「庭」とついていても、なかには象徴的な意味でもって「庭」と表現し、具体的な庭が登場しない場合もあります。とりあえず、そうした本は除外して、ここでは、具体的な庭を題材・テーマとする絵本に限定しました。あと、文章多めな児童書にも「庭」はたびたび登場しますが、ここでは幼児向けの絵本に限定してみました。

さて、これらの「庭の絵本」では、どんなテーマでもって描かれているのでしょうか。一冊一冊の絵本はそれぞれに個性豊かで、そこで語られる内容やメッセージは多様です。でも、老眼デビューした最近の視界のように、ボーッとぼかしながら眺めてみると、共通点も多くみられます。

やっぱり、なんだかんだいって庭ですから、当然に緑あふれる木々や植物といった〈自然〉が大きな位置を占めてきます。あと、主人公である私と誰かといった〈自己〉〈他者〉も丁寧に描かれていることに気づきます。

10冊の絵本について、それぞれちょっと概要を綴ってみます。

ゲルダ・ミューラー『庭をつくろう!』

大きな庭のある家に引っ越してきた家族。子どもたちは大人に助けてもらいながら庭をつくっていきます。どんな庭にするか絵に描いて考え、楽しみながらつくっていきます。種を買いに行く、自ら育てる、近所の少年とも連携する、自然と対話しながら学ぶ。そして、虫や鳥、動物の死などにも直面します。庭を通して四季への感度も育みながら成長していくお話。

リジー・ボイド『おうちとおそと』

文章なし、絵だけの絵本。男の子が四季に応じて「おうち」と「おそと」で遊ぶ様子が描かれています。植物を植え、絵を描き、外で冬には雪だるまをつくり、春には花見、夏には野菜を育てたり。絵本には窓などに穴が開いていて、うちとそとの連続、一年を通してのつながりも実感。四季を感じながらの、一人遊びや庭遊びの楽しみを伝えてくれます。

ラースンほか『おじいちゃんとテオのすてきな庭』

主人公のテオがおじいちゃんと共にキャンバスを庭に見立てつくりあげていく物語。おじいちゃんの住んでいた庭が大好きだったテオは、思い出し、空想しながらキャンバスのなかの庭をつくっていきます。おじいちゃんと大切にしていた庭との思い出を描き、気持ちを表した素敵な絵の庭ができあがります。

レイン・スミス『グランパ・グリーンの庭』

トピアリーという低木を刈り込んで作成される造形物群がある庭。その庭は、実はおじいちゃんの人生自体が写し取られています。そんな庭を通しておじいちゃんの人生をひ孫がたどっていく絵本。おじいちゃんの人生とつながる「庭」の手入れをお手伝いをしながらひ孫が学ぶこととは。

ジェイン・カトラーほか『カーリーさんの庭』

それぞれ特徴的な異なる庭を持つ4人のお話。庭大好き人間だからこその自慢の庭でしたが、カーリーさんの庭の草花が穴だらけになる事態が。このことをきっかけに、それぞれの考えの違いを認め合うことになっていきます。美しい庭とはどんなものなのかを、自然を介して対話し、考え、学び、成長していきます。

チャールズ・キーピング『ジョセフのにわ』

絵柄もちょっとショッキングで、説明しすぎない語りも魅力的。レンガの塀と木の柵と石畳、それに錆びた鉄のガラクタしかない主人公ジョセフは、自分の庭に、錆びた金物と交換した苗を植えます。その苗を育てることを通して、植物とどう接するべきかを学んでいく物語です。

バージニア・リー・バートン『ちいさいおうち』

いわずと知れた名作絵本ですが、今回は「ちいさいおうち」を取り巻く自然に注目。四季の移り変わり、時代の変化、心地の良い場所とは何なのかを考えさせられます。朝から夜へ、春から夏へ、さらにもっと長いスパンも。円環を描く展開は、悠久の時間との対話を教えてくれます。

ピーター・ブラウン『ふしぎなガーデン』

庭のない街に住む少年リーアム。廃線となった線路あとで見つけた、枯れる寸前の草木を成長させることを思いつきます。息を吹き返した草木はどんどん育ち、街を緑であふれさせていきます。小さな草木を助けて育てることが、周囲の人々の意識を変化させ、緑を愛でる心が育まれ、さらには街自体が大きく変わっていくのです。

ジョーン・G・ロビンソン『庭にたねをまこう!』

「でておいで、でておいで、お日さまがよんでるよ。そだてるってこんなにたのしい」。少女たちが冬の終わりから夏にかけて、庭づくりにはげむお話です。おじさんに手伝ってもらいながら、沢山の草花や虫、動物と触れ合いながら植物を世話していく姿が活き活きと描かれています。

ゲルダ・マリーほか『おじいさんの小さな庭』

おじいさんの小さな庭のヒナギクは、隣の家の庭に憧れていました。でも、実際はおじいさんの庭で生まれたヒナギクにとって、隣の家の庭は決して良い場所とは言えませんでした。ヒナギクはおじいさんという存在の大切さを痛感、幸せとは何かを確認するのでした。

3つのテーマ|自然、自己、他者

ざっくりわけた3つのテーマ。緑あふれる木々や植物といった〈自然〉。主人公が自らと向き合う〈自己〉。そして、祖父やおじさんといった〈他者〉。これら3つが重なり合いながら絵本のお話は進展します。

自然とのかかわり
庭をつくる、植物の世話をする、自然と対話、四季を感じる、などのモチーフがたびたびあらわれます。庭という自然に関わることが、四季の移り変わりや日々の成長に触れ、命の尊さを知る経験へとつながっています。

自己との対話
庭という自然にかかわることで、主人公は、考えたり、空想したり、工作したり、植物を育んだり、収穫物を食べたりします。さらに、そうした一連の行為が人生と対比されたりも。庭づくりの経験を通して、自ら考えたり、自己との対話を行ったり、想像・空想しながら楽しんだりすることの喜びを味わっています。

他者との交流
庭づくりを介して、主人公は他者を助けたり、他者に助けられたりします。多くのケースでは、その他者は祖父やおじさんといった年上の異世代。ともに遊ぶ、協力するなかで、異なる世代との交流ゆえに時代・時間に思いをはせたりもします。庭づくりの過程は、祖父やおじさん、近隣の人々などとの心身両面での交流をもたらします。

ハウスメーカーの庭、映画の庭、絵本の庭

ところで、筆が乗ってきたついでに、ハウスメーカーによる庭提案にも簡単に触れておこうかと思います。コロナ前には、菜園で野菜を育てたり、野山での各種体験を行ったりといった、自然に触れる機会・仕掛けの提案がトレンドになっていました。

各社、それぞれに何らかの庭提案を行っていて、自然と触れ合うことを目的とする点においては各社共通。あわせて、第一次取得者層への訴求として、やはり子育てに関連させつつ庭提案を行う事例が多くみられます。少し前になりますが、住友林業の「ハグみの庭」なんかはその典型例(図2)。

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図2 住友林業「ハグくみの庭」

あと、絵本と並んで映画でも、庭はたびたび取り上げられるモチーフになっています。思いつくままに列記すれば、たとえばこんなラインナップ。

庭の映画リスト
夏の庭 The Friends、相米慎二監督、1994
夏時間の庭、オリビエ・アサイヤス監督、2008
言の葉の庭、新海誠監督、2013
ベニシアさんの四季の庭、菅原和彦監督、2013
人生フルーツ、伏原健之監督、2016
マイビューティフルガーデン、サイモン・アバウド監督、2016
西の魔女が死んだ、長崎俊一監督、2008

映画だと、庭を舞台に自身の生き方や考え方を見つめ直し、他者と関わりながら成長していく様子がよく描かれるようです。庭は自然のうつりかわりを再確認する、立ち止まる場所にもなっています。映像や音楽の美しさ、いろいろな登場人物の心身の動きを丁寧に描き出せる映画ゆえか、絵本とは一味違ったダイナミックな庭がそこには見られます。

〈他者との交流〉は、絵本と映画どちらもみられます。ただ、絵本は身近の人物との触れ合いや協調が多く、映画では複雑な人間関係のもと、より広い繋がりが表現されることも。そうやって思うと、ハウスメーカーの庭提案は、戸建て住宅ゆえでしょう、子育て支援、四季を感じるというものに限定されがち。絵本的な庭。そう思うと、「映画に描かれた庭」から考える住宅提案はどんなものがありえるでしょう。また掘ってみたいところです。

絵本に描かれた庭からは、庭という自然に触れたり、命の尊さを知ったりする経験、想像・空想への喜びが多く描かれています。また、庭づくりのプロセスを通して、心身両面での交流も生まれています。

絵本には、考えや気持ちを育む主題が多く見られます。これって、徐々にページをめくる絵本の特性だけじゃなく、子どもの成長や考え・思いをより伸ばし育むツールとして、絵本が期待されていることにも関係するのでしょう。もっというと、絵本を介した親子の時間自体が、実は庭のような役割なのかもしれません。同じ絵本をみつめる親と子、それを取り巻く時空が重なり合う庭。

参考文献
1)延藤安弘『こんな家に住みたいナ:絵本にみる住宅と都市』、晶文社、1983
2)チャールズ・ムーアほか『庭園の詩学』、鹿島出版会、1995
3)今井良朗編『絵本とイラストレーション』、武蔵野美術大学出版局、2014

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