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徳山挟複子

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    2本

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    虎の話

    虎渓三笑 虎渓山というと、岐阜県多治見市にある永保寺の山号だが、虎渓はもともと「中国、江西省九江の南方、廬山にある川。慧遠法師の虎渓三笑の故事の場所として名高い。」(日国) 虎渓三笑は「廬山記−叙山北」中の故事で、晋の慧遠法師が廬山にいた頃、法師を訪って来た陶淵明(詩人)と陸修静(道士)を見送りに出た。 ところが、何としたことか、三人は話に夢中になってしまい、虎の声で、虎渓の石橋を通り越してしまったのに気づく。慧遠は廬山に隠棲してこのかた、もう二度と石橋を跨ぐまいと決心し

    徳山の禅入門

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    仏祖三経

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    徳山托鉢

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    麤行沙門

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    百六十七文字の公案

    百六十七文字の公案

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    百六十七文字の公案

    百六十七文字の公案

    百六十七文字の公案

    源翁禅師のことども その四

    玉泉寺の本尊 六観音をめぐって 先に触れたように、玉泉寺のご本尊は如意輪観音で、含粒寺のほうは千手観音観音である。 観音さまは菩薩がたのなかでも人気ナンパーワンのほとけさまで、阿弥陀さまをまつる寺では、阿弥三尊といって、本尊の阿弥陀さまの両脇に勢至菩薩と観音さまの二尊が控えておられる。 そればかりでなく、西国三十三箇所の札所巡りは、観音霊場巡りであって、いわば観音さまに出逢う旅で、観音さまの霊験、ご利益をもとめての旅でもあるわけだ。 次に挙げる六観音もそうだが、七観音、三十

    源翁禅師のことども その四

    源翁禅師のことども その三

    玉泉寺公園 源翁禅師のことども その三 玉泉寺の源翁禅師については、その没年など異説もあって、不確かな点もあるが、それは後日に譲り、今はそのままにして先に進みたい。  玉泉寺のご本尊は、如意輪観音である。これは「町誌」下巻(一九六〇、昭和三五)中の、次の記事による。「……本尊は如意輪観音で」云々 (「清池山玉泉寺の廃寺」の項)  ちなみに、含粒寺の本尊は、「千手観音」で、いずれも六観音もしくは七観音の一つである。なお、玉泉寺の観音菩薩は廃仏毀釈の難をのがれて上名の何某の宅に

    源翁禅師のことども その三

    古徳禅院

    けんみょうじ 乾明寺 @湖南省常徳府武陵県東南一五里、善徳山下にある。唐、咸通年間(ハ六〇ーハ七四)馬祖の法嗣、三角総印の開創。 初め徳山精舎と呼称した。武陵大守薜廷望の援助により宣鑑これを再建し、古徳禅院と称す。南宋代には太平興国寺、後に乾明寺と改めた。洪武年中(一三六ハー一三九ハ)に重建された。

    古徳禅院

    出家のすすめ

    いそぎ諸緑を抛捨(ほうしゃ)し、すみやかに出家学道すべし。国王・大臣、妻子・眷属は、ところごとにかならずあふ、仏法は優曇華(うどんげ)のごとくにしてあいがたし。おほよそ無常たちまちにいたるときは国王・大臣、親昵(しんじつ)・従僕、妻子・珍宝たすくるなし、ただひとり黄泉(よみ)におもむくのみなり。おのれにしたがひゆくは、ただこれ善悪業等のみなり。人身を失せんとき、人身ををしむこころふかかるべし。人身をたもてるとき、はやく出家すべし、まさにこれ三世の諸仏の正法なるべし (『正法眼

    出家のすすめ