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エッセイ/おいしい通知

「本日も営業しております」

お昼休み前、LINEの通知。私の大好きなレストランの。
たまらずタイムラインを開くと、並ぶ鴨肉のコンフィ、じゃがいもの冷製スープ。
いつも通り、おいしい写真がいくつも添えられている。

お昼休みになり、お弁当の包みを開きながら改めてごちそうの写真を眺める。
昨日の残り物と冷凍食品を超特急で詰め込んだ平凡なお弁当を食べながら見るには、あまりに飯テロが過ぎるのだが、どうしてこうもうれしい気持ちになるのだろう。

最初にそのレストランに行ったのは、夫と結婚する前。たしか夫と、義理のお母さんといたときだったように記憶している。
社会人になって2、3年目の私たちにとってはすこし背伸びした価格帯で、ちょっとしたコース形式で出てくる料理に、「大人」を意識したのを覚えている。
私たちはソースの違うステーキをそれぞれ頼んで、おしゃれなお店にはそぐわないかもしれないが、お皿の位置をぐるぐる替えて、お互いのステーキを味見し合った。
お母さんも、当然と言った感じで私にお皿を差し出してくれて(もちろん私に、交換こが苦手じゃないことは確認してくれた)、うれしいのと、なんだかほっとしたのを覚えている。

その約半年後、私と夫は書面上の手続きを済ませ、夫婦となった。私は地方から、また遠方の地方へと移住した。
そのレストランは、結婚記念日や遠方から私の両親が来たときなど、行く口実を見つけたときに行くお店になった。
濃厚デミグラスソースのハンバーグ。とろとろの、地元産牛肉の赤ワイン煮。私たちは少しずつ、ステーキ以外のメニューも攻略していった。

そうしてそのうち娘が生まれ、小さな子ども連れでは行きづらいお店なので、近頃はあまり足を運べなくなってしまった。
それでも、年に1〜2回はテイクアウトでお世話になることにしている。

少し話は変わるけれど、少し前まで非正規雇用だった私は、独学で簿記の資格を取るなどしつつ転職活動をし、念願の正社員になった。
転職の理由はシンプルで、こんなに頑張って働いているんだから、ボーナスが欲しい!その一点だった。
当時の私は燃えていた。

あと年間数十万円所得が増えれば、将来娘の学費ももっと出してあげられるし、あと、あと、それから。
すこし背伸びしたレストランに、今よりもたくさん行けるかも。

…そう考えると、あまり周りの人には言ってないけれど、食欲のパワーで私は転職活動を頑張ったということになる。そう考えると、例のレストランにはなにかとお世話になっている。

シェフ、いつまでもお元気で。
いい食材が入った日には、得意げにそれを教えてくれる素敵なおじさま。
平日昼間のおいしい通知で、私の労働意欲を、どうか高めていただけますと幸いです。

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