見出し画像

報告書2019|Column.03|多世代型介護付きシェアハウス・はっぴーの家ろっけんに行ってきた

文責:ササキユーイチ

 多世代型介護付きシェアハウス・はっぴーの家ろっけん(以下ろっけん)は神戸市長田区の六間道商店街の一角にある緑色の6階建ての建物だ。看板はない。サービス付き高齢者向け住宅[注1]、訪問介護、訪問看護の仕組みを使って高齢の方に住まいとケアを提供しながら、1階のスペースは地域にも開かれた共用のリビングになっていて、週に200人が訪れるという。コンセプトは「遠くのシンセキより近くのタニン」。2019年の暮れ、私たちは「集まって住むこと」のヒントを探りに、この場所を訪れた。
 その日、ろっけんのリビングではトーゴ共和国出身のダンサーが主催するイベントが開催されていた。到着すると既にたくさんの人が集う。「今ここにいるの、半分以上僕も知らん人です」と、代表の首藤さん。鮮やかな衣装の演者たちがアフリカドラムを鳴らすと、腹痛を訴え気遣われていた女性の唸り声がはっとやむ。手拍子と歓声。傍らで新聞を折り続ける人。キレキレのダンス。茶がこぼれる。「点滴ですよ」とビール瓶が渡っていき、女の子がテーブルの上を跳ぶ。赤ら顔で飲み語らうおじいちゃんと子連れのお母さん。「家に帰る!」と飛び出た男性を追いかけるスタッフと居合わせた客人。終演後のリビング、「M-1グランプリ」を見る若者とおばあちゃん。家族ではない、側にいる他人同士。夜も更ける頃、居心地の良い雑多さに私もすっかり魅了されていた。
 後日、私たちはろっけんを運営する株式会社Happy代表の首藤義敬さんと、ケアマネジャーの岩本茂さんに話を聞いた。

[注1]国土交通省・厚生労働省が所管する「高齢者の居住の安定確保に関する法律」に基づく高齢者のための住宅。バリアフリー対応の建物で独立した住居で暮らしながら、安否確認や生活相談のサービスを受けられる。

暮らしをつくる=孤独を埋める作業
日常の登場人物を増やす

――障害のある人の場合、家族との同居か入所施設やグループホームなどの施設での暮らしと、住まいの選択肢がとても少ない現状があります。一方で、ヘルパーを利用した一人暮らしの実践が少しずつ増えている。ただ、はたして今「一人で住むこと」が幸せなのか?と、そこでレッツは多様な人がごちゃごちゃいるシェアハウスでの生活を実験しようと思ったんです。

首藤:
一人で暮らしてそれだけで幸せなのか?という問いが立ったと。高齢者もそうで、「在宅」といって住み慣れた自宅での生活をゴールと考える人がいる。でも、人間って、金があって不自由なく暮らしていても、世代や国籍、障害のあるなしに関わらず、孤独に苦しんでいると思うんです。僕らが言う「暮らしをつくる」というのは「孤独を埋める作業」のこと。バリアフリーや介護みたいなインフラ面って人生の2割くらい。その他の8割の部分、好きなことや趣味は一人では出来ないことが多い。関わる人を増やしておけば、選択肢が増えたり実現可能性が上がる。だから、暮らしをつくる上で日常の登場人物を増やすことは大事にしています。
 コミュニティが重要とよく言われるけど、コミュニティはつくろうとすると大失敗するもの。価値があれば勝手にそこに人は集まってくる。障害のある人もない人も集まって暮らすシェアハウスは面白いけど、主語を「障害者」にしない方がいいと思うんです。僕らの場合は、そこに関わってほしい人にとっての嬉しいことや、自分らが生きていて欲しているものを深堀りして場に当てはめていく。おじいちゃんおばあちゃんがいるということは、そこに「添える」ような感覚で、いつも暮らしをつくっています。

――伺った時も、入居する高齢の方のために何かをやるというより、むしろ彼ら彼女らに付き合ってもらっているという感じだなと。

首藤:そこは大事にしているところで、おじいちゃんおばあちゃんのためにやらないと決めています。対個人じゃなく、環境をつくる。そして皆で何かすることを良しとしていないんです。僕にとって美しい日常は、相互にどうでもいいなと思える環境。ろっけんには色んな人がいるけど、良い意味で全員お互いに興味がない。そういう距離感がつくれないと「日常」にはならない。イベントもやるけど、「興味があったら参加して」ぐらいで考えている。ただし、イベントごとで色んな関係の人が集まって、個人的に仲良くなって個々にニーズが生まれたら、それをまた日常の中にはめていくということをしています。

――先日、岩本さんから聞かせてもらった介護のアイデアがとても興味深いと思いました。改めて説明してもらえますか?

岩本:住まいへの訪問サービスと活動する通所先とで、その人に関わる支援スタッフが変わってしまうところを、同じ人が関わって、なおかつその人がケアプランも考えるというアイデアですね。生活の基本的なケアを慣れ親しんだ同じ人が行って、プランの変更も小回りがきくことで、本人のしたいことを一緒に実行する「パートナー」になるような仕組みです。ただし、もちろん完全に一人ではできないので、補助的な人も必要ですし、専門職以外の登場人物は絶対に増やしたいところです。

首藤:必要なのは選択肢を増やすこと。豊かな人生って、良いことだけじゃなくて、ようわからんことも含めて色んな体験をすること。本人が求めていることを差し出すというのは、僕はニーズの満たし方としてはレベルが低いと思っているんです。本人が気付いていなかったことに体験していいじゃんと思ってもらった瞬間がめっちゃ楽しい。

暮らしと生き方
価値観をまちにひろげる

――首藤さんのお子さんの振る舞いや存在によって、空間がかき回されて楽しくなっている、場所の敷居を下げている、それが肝だなと感じました。テーブルを跳び渡ったり(笑)。首藤さんたちご家族にとっても必要な場所なんですね。

首藤:娘は場においてブレイクスルーをする人で、彼女を容認することで救われる人がいる。他にも色んな無茶苦茶な人がいるけど、ようわからんくなるというか、一個一個が別に気にならなくなる。
はっぴーの家は、福祉事業がやりたかったわけじゃなくて、そもそも家族や自分のためにやっているんです。僕自身、同じことをずっとさせられるのが嫌で、友達は多かったけど学校には行ってなかった。自分の子供も同じ特性があるから、彼らが学校に行かなくても成り立つ場所を考えたら今の形になった。夫婦とも変わり者で、祖父母が認知症になって、子育てと介護でダブルケアの状態。こういう時、人は子育て・仕事・介護などのどれかを諦めないといけなくなるけど、何一つ妥協せずにやろうとしたら、僕らにとってはこういう場をつくる他に選択肢がなかった。そうして器を広げたから、共感して集まってくる人がいたと思っています。

――一緒に働くスタッフとしては、そういった場の成り立ちはどう受けとめていますか?

岩本:単純に一緒にいて楽しくて、働いている云々という感覚がその次に来る。あとは僕自身のライフスタイルや家族のことをより考えるようになって、そこから新しくやりたいことが出てくるということもありますね。最近、明石市で自分の家族が子育てをしながら働けて、子供も障害のある人や認知症のおじいちゃんおばあちゃんと遊びながら育っていけるように、生活介護とデイサービスの仕組みを使って色んな人が集まれる「タチバナさんち」という場所を始めたところです。

首藤:ここにいると入居者もお客さんもスタッフも誰も特別扱いされないんです。それはそれで落ち着くというか、細かいことを気にしなくてもよくなって肩の荷が降りる。そうすると人間は、ごまかしが効かなくなってその人そのものが出てくる。好きなことやっていいんだと思える。暮らしを求めてこの家に来る人に対して、「サービス提供者」の視点でいても噛み合わないんですよ。暮らしの視点に立って、ここで働く時間を自分の生き方のひとつにしないといけないとなった時に、仕事以外の自分が出てくる。ここの雑多さはそれが出やすい環境なんだと思います。

――株式会社Happyは不動産事業も展開されていると聞きました。どういうことをされているのでしょうか?

首藤:これも不動産業がしたいわけではなくて、ライフスタイルをつくりたくてやっています。物件だけでなくて、コミュニティや仕事、その人が好む生き方といったソフト面も提案していく。若い人に向けても相談に乗っているし、高齢の方に向けては「はっぴーの家の離れ」を作る感じ。部屋は街の中にあって、リビングがろっけんでも他の場所でもいい。そうやってこの場所の価値観を、放射状に円形で広げるのではなくて、スポンジの穴のように街の中にまだらに点在する形で広げているんです。

(了)

〈たけしと生活研究会2019年度報告書より転載〉


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?