小説『理想の兄』第1回目「頼むから素面になって」

常々フィクションを書きたいと思いながら書けなかったのだが、以下のツイートに端を発した妄想が止まらないので吐き出しておく。一応3回で完結させるつもり。

ゲイにとって永遠の憧れ、かっこいい兄貴。そんなものはおらず、正気が疑われる兄にひたすら困らされる弟がいるというのが現実なのではないかしら。
日本人の書く小説はおしなべて私小説だという指摘がなされている。私のセンスはやっぱり日本人なんだな。

ではどうぞ。。。
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僕には3つ上の兄がいる。兄は小さい頃から屁理屈ばっかり言っていた。例えばこんな風に。

あきれ顔の母が「もう、、、あんたって口から生まれて来たみたいやね…」とため息をつけば、「口から生まれるってどういうことー?口から出て来るとー?それとも口が先に出て来るとー?わははー」

とやり返す。腹が立つのだが、何故だか大人の方が脱力してしまうのだった。他に記憶していることは、いつも忘れ物ばかりしていたこと。所謂発達障害だったのだろうか。学校に計算ドリルを忘れ、母についてきてもらって夜の学校にとりに帰ることもざら。あの頃…80年代は、一旦学校に行ったら下校時刻までは外に出られず、家にとりに還るなんてもってのほかの時代だったから、兄は毎日のように廊下に立たされていた。たまたま学校の隣に住んだことがあったが、あの兄はぎりぎりまで準備をせずに家で遊び、結局遅刻して忘れ物をして廊下に立たされていた。救いようがない。がんばるということができないらしい。

「あれ、お前の兄ちゃんやろ?また立たされとるやん」
「弟クンとしても苦労するねえ!(肩ポン)ばり恥ずいね」
「…」

いつも同級生に言われ悔しかった。幼心に屈辱を感じていたのだ。一家の恥、兄。学校という小さな世界では、弟まで恥をかく。まじで死んでくれ。兄は廊下で立ったままうつらうつらして先生に引っぱたかれていた。

兄の頭の中では常に何か「お話」が続いているらしく、急に「トビーを返して!」とかセリフを呟いていた。あれは…ラビ何とかという映画だったか。

彼の問題はもっとあった。話し方が女の子のようだったのだ。本人は女のいとこたちと遊んでいたからだと思い込んでいた。父は「うち、って言ったらおかしいよ」と注意しようとしたが…無理だった。

あるとき、学校の鬼ごっこのときに、洋服を引っ張り合って、兄の着ていたTシャツがひどく伸びて肩が出ていたことがあった。てっきりいじめられたのかと心配になったら、本人はうれしそうだ。あ…わかったこれ…肩の出たセクシードレスを着ているつもりになっているな…弟だから分かるようになってきた。

子供心にもこの兄は何か問題があるのだと思っていた。父は、兄とキャッチボールをしようとしても全然やりたがらない上あまりにもへたくそだったので途中であきらめた。兄は努力が嫌いだった。僕はスポーツが好きだったから、あきらめた父が僕に全力投球してくれるようになったことがうれしかった。

兄は、要するに、ゲイだった。ゲイというか、けた違いのオネエだった。子供の頃は、大人になったら少しはましになるかと思っていた。ある時兄は家を出て一人暮らしを始め、あまり家に寄りつかなくなったので、正直ほっとした。たまに電話くらいはしていたようだけど。

あれは兄が30歳位の頃だったか、新宿駅で数年ぶりに会ったら、妙に男っぽい格好で現れた。髭をはやし、ラグシャツ(当時は流行っていたらしい)を着こなしてそれなりに決まっていた。

「兄さん、何か雰囲気変わったね」(オネエが治ったんだね)
「…ふふッそう見える??こんなイカホモになっちゃってびっくりした??結構騙せるのよこれで私もねえ意外とモテるみたいあるときねー髭よ生えろ髭よ生えろイカホモになりたいイカホモになりたいって祈ったら気が付いたらこうなってた!」
「…だますって…兄さん遂に犯罪者になったのか?どうやって生活してるんだよ」
「ん-、まあ何となく。キムチ漬けたりして」
「は?」
「最近キムチ漬けるのうまくなったのよ!今度分けてあげるね手作りでやってるから…おばちゃんの手作りキムチは絶品だよッ!あ、何触って来たのよその手で~ちゃんと手は洗って作ってるからねおばちゃんも」

おばちゃんって誰だよ。早々に疲れて来た。数年ぶりにあったらこれだ。その後も洪水のようによく分からないことを嬉々として話す兄に適当に相槌を打って解散。兄は嬉々として新宿二丁目の方に消えていった…。家に帰ってトイレの鏡を見たら、若白髪があった。兄は…何だか自分より若いんじゃないか?溌溂としていた。キムチをつけているとはどういうことなのか。一体どうやって生活しているんだろう…。姉にメールした。

僕:さっき兄さんに会いました。僕の方が老けたような気がします。どっと疲れました。とりあえず元気でした。

しばらく返事が来なかった。兄のことだ、きっと実家にも連絡していないのだろう。兄は嬉々として自分が外国人にモテるようになったと自慢していた。あの様子だから…どうせ酔っぱらい相手にくだ巻いてるだけだろう…

兄「何かね、こういうアジアな顔で生まれて来てさ、自分の顔がずっと嫌いで鏡も真っすぐ見られなかったんだけど、不意にね…来たよ。春のそよ風が…しかも私、ガイセンだったみたいでさ、最初にむらっと来た男って、言われてみると、ハリソン・フォードだったの。『魔宮の伝説』でひん剥かれて色んな目に遭って…んもうやめてーいや、やめないでー」

「もうやめてー」から「やめないでー」の間で白目を剥く兄。ガイセンって何だ?春のそよ風とは?今は冬だが?ああ、アジア人男が白人男にモテるって話か。昔、録画した『インディージョーンズ』を真夜中に一人で何度も観ていたのは性の目覚めだったか、兄よ…。そして他人に承認されなければ自分の顔すら好きになれないのか。少しだけモテていい気になれるからガイセンに転向したんじゃないのか?原因と目的と結果とがでんぐり返りをしているのではないか。悦に入って自分のモテ話を続ける兄。

「兄さん、あんまり自分を王侯貴族みたいに自慢しない方が」
「そう、王の凱旋、いや、王は外専!バーフバリって映画観たぁ?あんた、海外で記者やりたいんでしょ、外国の映画くらい観なさいよ」

王は外専。はぁ…。映画はそんなに好きではなかったが、兄の話にはちょいちょい映画の題名が出て来る。本当にあった話はできないんだろうか。いつも映画のたとえ話ばかりしている。そこへ姉からメールが来た。

姉:あんた、疲れとうね。飲みきらんときは飲めませんって言わんといかんよ。

姉らしい気遣いが感じられる文字を読んで携帯をぱくっと閉じた。姉はいつも我々兄弟…兄、自分、妹のたかこの面倒を見る役だった。親戚で集まって遊ぶときは、いつも先頭に立って引き連れ、祖母に最初に叱られていたのを思い出す。ま、兄もたまには連絡くらいしているのかな。

それからまた10年の時が流れた。父が亡くなり、妹は結婚、自分も結婚したが離婚。でも夢だった海外特派員の仕事に就き、中東やインドを回った。子供の頃から海外に、特に発展途上国に憧れがあった。親戚の中に、いつも仕事で海外を飛び回っている伯父がいて、憧れていた。

「男はちゃんと勉強せんといかんばい。あんちゃんの方はちゃらんぽらんやけど、弟の方はよくできるけんよかったよかった」

伯父によく言われたが、両親は内心複雑だったことだろう。夏休みの宿題を忘れ、習字道具を忘れ、体操着を忘れ、財布を忘れ、水着を忘れてもへらへらしてまた忘れる兄みたいにはなってはならない。待ち合わせ時間を間違えて2時間も待ってしまうような兄の逆をいけばいい。そう思って僕は頑張って来た。しかも兄はオネエときた。学校ではさぞ苦労したのではないかと思うが、何かトラブルに遭っていたという記憶はない。僕は勉学にスポーツに励み、兄とは違う進学校に行ったから誰からも比べられることもなかった。皆兄のことは忘れてしまったようだった。

そんなバカ兄貴から連絡が来たのは先週のことだった。インドへの出張から帰って来て、疲れているが頑張って家で報告書を書いていたら、兄からLINEに着信が来た。まじかよ…あれと今から話するなんてどっと疲れが…しばらくスマホを放置していたら、メッセージが来た。

兄:久しぶり。元気かえ?ちょっと聞いたけど、離婚したんだって?今一人暮らしだよね。私を結婚式に呼んでくれなかった罰よこれは(ワナワナ)…オネエの呪いは効くの…畏れなさい…Be very afraidザ・フライ。って私はハエかよ。しかも離婚したの私のせいじゃないよねあはは爆

僕:御用がおありでしたら手短にお願いします。疲れていますので。

兄:ごめん、どうしても装飾部分が大きくなっちゃって中身のないオネエって激安!!安く扱ってぇえええええ…。来週ちょっと日本に帰るから家に泊めて欲しいんですけどもよろしいでしょうか。

僕:いいよ。

兄:ありがとおおおおおおおおうううおおおあええああええぐごっぐげげげげええええ(だみ声)また詳細お知らせしますううううううラララ

いいよ。の前に「嫌だけど」と書いて消した。この人には素面のときというのは無いのだろうか。「嫌だけど」を消さないで送っても気が付かないかもしれない。何せ注意欠陥気味だ。( )でわざわざ詳細を説明してくるほど字面がうるさい。この人は元々悪筆だが、その悪筆がそのままデジタル化されているような気がする。妖術か。そもそも何年も音沙汰がなかった兄がLINEに「兄」と登録されていたこと自体に驚いたが…来週からうちにいるのかこいつが…いやだな。カプセルホテルに行こうか。うん、それがいいだろう。しかし家を明け渡すのも怖い。何をされるか分からない。

予感は悪い方に的中した。

家の呼び鈴が鳴った。ドアを開けると兄は鼻水を垂らし、震えながらスマホのライトで自分の顔を下から照らしながら

「眼を閉じるのも怖い!目を開けているのも怖い!…さて、ここでクエスチョンで」

心臓が止まるかと思った。ドアを一度閉め、呼吸を整え、ドアを開けることにした。現実に目を閉ざしたって始まらないじゃないか。

「この有名なセリフが出て来る映画のタイトルは何でしょうか!」
「知らないから早く家に入って恥ずかしいし」
「正解は…ブレア・ウィッチ・プロジェクトでした!私、ほら、さっき外で韓国ラーメンのえげつなく辛いのを食べて、顔を赤らめた上に鼻水まで垂らしたんだからすごいでしょう役作りが女優女優女優(兄の手を掴んで家に入れた)げほっ勝つか負けるかよ」

…頭が痛い。
翌朝。

「じゃあ俺、会社行くから、適当にやっててよ兄さん」
「へーーーー(ぶぅ)い」

屁ぇこきやがった。こいつの屁は臭い。同じもの喰ってどうしてこうもひどいのだろう。小さいころに腹痛で病院行ってレントゲン撮ったらお腹にいっぱいガスが溜まっていたことを自慢げに話していたのを思い出した。

「この黒いのは、ガスですねって言われたーわははははは」

一体何が面白いんだよ。

会社で忙しくしていたが、一応兄のことだから、妹にもLINEで連絡してみた。

僕:たかこ、今兄さんがうちにいるよ。
妹:は!?何言ってんのたかじ兄さん。笑えんよそれ。

そうかそうか、あの兄貴じゃあ妹も恐れるよなー子供達もいるし。そもそもあいつは何なのだろう。そもそも人間なのか。仕事してるのか。素面のときはあるのか。

僕:まあ適当にやってるから大丈夫。またな。

母さんにも連絡しておこう。「母」を選んでLINEする。

僕:兄さんがうちに来ています。一応元気そうです。
母:たかしのこと?まだ忘れられんのやね。私もときどき思い出すよ。

そりゃあ忘れたくても忘れられんだろうな。最近老いた母は少し記憶があやふやになっているというのに、子供の頃のどうしようもない兄の醜態は最後まで彼女の記憶に残るのだろう。

残業して家に帰った。ドアを開けると異臭がしている。一体何なんだこの臭いは…。風呂場から物音がする。何やってくれたんだよ。

「兄さん、兄貴、おい、ばかたかし!!何やってんだようわああああ」

バスルームのドアを開けたらそこには、湯船一杯の汚水の中でもがく兄の姿があった。

「ヘルプミ―!!!」

水しぶきを上げて溺れるふりをする兄。

何やってんだよ兄さん助けて欲しいのこっちだよ。

次回へ続く。

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