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FLOXED: 日本ではあまり語られていないニューキノロン系抗菌薬の最近のお話し


初めに

 ニューキノロン系(海外ではフルオロキノロン系)と呼ばれる抗菌薬は、現在臨床で多数使用されています。この系統の薬剤は1980-1990年の間に12種類も発表され、うち9剤は日本企業が開発したという、ある意味誇らしい系統の抗菌薬となります。たとえば泌尿器科領域においてはレボフロキサシンを筆頭にニューキノロン系は非常によく処方される傾向にあります。ただ、この系統のお薬がでて30年以上経過し、欧米を中心にニューキノロン系抗菌薬の副作用について厳しい意見が徐々に増えてきています。この問題はあまり日本国内で語られていませんので、すこし歴史もふくめて書いてみたいと思います。


ガチフロキサシン販売中止事例

 いろいろなニューキノロン系抗菌薬がありますが、まずはガチフロキサシンの販売中止にいたる経緯は知っておいたほうがいいのかもしれません。ガチフロキサシンは2005年に杏林製薬が化学療法学会雑誌に掲載した特別調査中間報告では大きな問題がないことが記されていました。しかし、その後、全世界的に本薬剤投与後の低血糖や高血糖の副作用が相次ぎました。とくにアメリカでは消費者団体からかなり厳しい声明が出される事態となり、FDAからの事実上の承認取り消しもあり、海外の販売から撤退することとなります。国内においては上記の文献などがありましたので、製薬会社自身からは問題があるという声明は公式に発表されませんでしたが、結局あまり理由をはっきりさせずにひっそりと販売中止になっています(2008年9月 https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/11/dl/s1127-12r.pdf)。
 杏林製薬の発表した文献はちゃんと情報をあつめて発表したものでしょうから、とやかく言われる筋合いはないものなのですが、当時実際に臨床で使用していたものとしては、少なからず血糖コントロールの問題を起こした症例があったことを記憶しています。ただ、それがガチフロキサシンのものであったかどうかの検証は十分にできたわけではありませんでしたので、あくまで推測としか言いようがありません。ただ、この販売中止についても、”とにかく自主的に販売中止にした”との発表で、はっきりとした臨床上の問題があったかどうかの記載はありませんでしたので、モヤモヤした気分であったことを覚えています。この時点で慎重にいろいろな事例を検討していれば、もしかしたらもう少し安全にニューキノロン系抗菌薬は使用されていたかもしれません。

レボフロキサシンについて

 現在、日本国内で最も使用されているニューキノロン系抗菌薬はおそらくレボフロキサシンと思われます。レボフロキサシンは発売当初はまさしく魔法の薬といった感じで、単純性膀胱炎から淋菌性・非淋菌性尿道炎などなど、泌尿器科の感染症には非常に広範に使用されました。泌尿器科の臨床においてまずいなと思われ始めたのは、ニューキノロン耐性淋菌の出現でしょうか。日本国内においては、尿道炎への使用があまりに多かったため、ニューキノロン耐性淋菌はあっという間に広がり、すぐに80%以上の症例において耐性化してしまうという事態になってしまいました。2003年ごろの当時米国におけるニューキノロン耐性淋菌の割合は5%以下だったことを考えると、日本国内においてどれだけレボフロキサシンが乱用されたかが想像できます。そういったこともありニューキノロン系抗菌薬は尿道炎の治療薬としては避けられるような流れとなりましたが、依然として細菌性単純性膀胱炎などに対しては処方されやすい傾向にありました。レボフロキサシンの500㎎錠が、一日一回投与を推奨する形でマーケットに出てからは、アドヒアランスが良好であることもふまえて、その処方傾向はあまり変わらなかったと思います。

レボフロキサシンの重篤な副作用について

ここでレボフロキサシンの添付文書から、重篤な副作用を書き出してみましょう。

重大な副作用

  • ショック(頻度不明)、アナフィラキシー(頻度不明)

  • 中毒性表皮壊死融解症(Toxic Epidermal Necrolysis:TEN)(頻度不明)、皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)(頻度不明)

  • 痙攣(頻度不明)

  • QT延長(頻度不明)、心室頻拍(Torsades de pointesを含む)(頻度不明)

  • 急性腎障害(頻度不明)、間質性腎炎(頻度不明)

  • 劇症肝炎(頻度不明)、肝機能障害(頻度不明)、黄疸(頻度不明)

  • 汎血球減少症(頻度不明)、無顆粒球症(頻度不明)、溶血性貧血(頻度不明)、血小板減少(頻度不明)

  • 間質性肺炎(頻度不明)、好酸球性肺炎(頻度不明)

  • 偽膜性大腸炎等の血便を伴う重篤な大腸炎(頻度不明)

  • 横紋筋融解症(頻度不明)

  • 低血糖(頻度不明)

  • アキレス腱炎、腱断裂等の腱障害(頻度不明)

  • 錯乱(頻度不明)、せん妄(頻度不明)、抑うつ等の精神症状(頻度不明)

  • 過敏性血管炎(頻度不明)

  • 重症筋無力症の悪化(頻度不明)

  • 大動脈瘤(頻度不明)、大動脈解離(頻度不明)

  • 末梢神経障害(頻度不明)

 薬ですから副作用があるのは当たり前と言いながら、この中でいくつかのニューキノロン系抗菌薬に特徴的な重篤な副作用があります。まず、血糖コントロールの悪化については以前から言われているわりに、そのこと自体を忘れている医療者も多く、特に注意が必要です。てんかん発作、痙攣、錯乱、アキレス腱断裂、大動脈瘤、大動脈解離、横紋筋融解症は、頻度は少ないため知っている医師は多くありません。
 レボフロキサシンの重大な副作用についてはPMDAが2019年になってもレボフロキサシンの使用上の注意の改訂指示通知(末梢神経障害について)を出したりしています(https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/drugs/calling-attention/revision-of-precautions/0349.html)が、 そういったことにあまり関心を持たない医師がおおいのは極めて問題です。残念なことにレボフロキサシンは発売されてからかなり長く時間が経っており、副作用情報を製薬会社が医師に直接通知することはありません。おそらくそのほかのニューキノロン系の薬剤においても同様です。したがって、しっかりと情報のアンテナを広げていない医師に関しては、危険な情報を知ることなく漫然と投与を続けているのが国内の状況ではないかと思います。
 なお、ここではレボフロキサシンを代表例としてとりあげましたが、ほかのニューキノロン系抗菌薬においてもほぼ同様であると考えてください。

FLOXEDという造語

 さて、ここにきてニューキノロン系抗菌薬への注意喚起が海外では非常に強くなってきています。その代表的な言葉が「FLOXED」でしょうか。この単語は、ニューキノロン系抗菌薬で全身状態が悪化した状態などを指す造語で、すでに一般人の間でも使われるようになっています。ここ最近ですと、2023年にボビー・コールドウエル(有名な歌手ですね)がなくなったときにSNSでよく流れていました。彼は2017年にニューキノロン系抗菌薬の副作用でアキレス腱断裂と神経障害を患っていることが知られて、晩年は長い闘病生活を送っていたとのことです。そのほかFLOXEDでインターネットをみると、様々な事例が上がっていることがわかると思います。そしてここにきて、イギリス政府よりニューキノロン系薬剤の処方をきわめて限定するようにとの強い指針が出されています(https://www.gov.uk/drug-safety-update/fluoroquinolone-antibiotics-must-now-only-be-prescribed-when-other-commonly-recommended-antibiotics-are-inappropriate)。日本においては、こういったことに関する反応があまりないことにすこし心配になるとともに、いち泌尿器科医としては処方を慎重に考えたいと思っています。

若い先生方に (もちろん全医療者にも)

1 最近の情報を見る限り、ニューキノロン系抗菌薬の投与は極力控えるほうが安全です。

2 血糖異常は比較的表れやすい副作用と思います。したがって、血糖コントロールが必要な患者さんには特にニューキノロン系抗菌薬の投与は避けたほうがいいと思います。

3 ニューキノロン系抗菌薬の副作用は非常に多岐にわたります。アキレス腱断裂、大動脈解離などは気にしたこともないかもしれませんが、とにかく注意してください。

4 どんなものであっても、添付文書は目を通す癖をつけましょう

5 後発医薬品の場合、副作用情報は自分で集めなくてはいけません。PMDAメディナビへの登録をお勧めします(https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/medi-navi/0007.html)。

最後に

 ニューキノロン系抗菌薬は、重症感染症の治療になくてはならない抗菌薬であることは事実です。ただ、今までのようにとりあえず使っておけばというような気持で処方ができる薬ではないというのが、昨今の流れです。FLOXEDという言葉をぜひ覚えておくようにして、お薬の処方に関しては、抗がん剤ほどではないにしても、十分に副作用に注意を払って、患者さんの安全を担保するようにしてください。


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