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【歴史本の山を崩せ#041】『元老』伊藤之雄

≪大日本帝国を動かした真の権力者たち≫

昭和初期頃までの日本で総理大臣が辞職するたびに天皇に次の総理大臣候補を推薦する元老。
天皇が彼らの推薦を拒否することがなかったため事実上、総理大臣という政府のリーダーを決めるという絶大な権能を持っていた存在です。
それだけの政治権力を持ちながらも、その資格や運用、権限について明確な成文法がない。
驚くべきことに法的根拠を持たないオフィシャルではないという極めて異質な存在です。
しかし、彼らは確かに存在し、大日本帝国を動かしていった。
世論や政党からの攻撃に晒され、幾度となく危機を迎えた元老というシステムですが、そのたびに現実的で柔軟な対応によって権威を保持する。
オフィシャルではないという属性が、かえって彼らの政治的な自由度を高め、結果的にその存在を維持することができたともみえます。

元老と見做されるなかで特筆すべきはやはり伊藤博文、山縣有朋と西園寺公望でしょう。
この三人はキャラクターも政治理念・手法も違いますが、急速な近代化に成功してしまった日本のカタチを整えるために、「元老」という立場から大局的な視野に立ち、いろいろな意味で「法外」な政治力を振るう。
明文化された部分では欠陥・矛盾が多い大日本帝国の政治機構を補うバランサーとしての役割も担っていました。
また、明治天皇、大正天皇、昭和天皇と三代にわたる天皇と元老の関係にも目配りがされており、複雑怪奇な近代日本の政治機構の本音と建て前、理想と現実が浮き彫りにされています。

惜しむらくは、明文化されない「元老」という法外の存在は属人依存が強く、再生産が非常に難しいということ。
80歳を超えてなお、西園寺公望が一人で続けていたこと。
大局的な立場から、元老に足る人物がおらず、年齢的な衰えもありますが最後には意欲をなくしていく一人元老の姿は、未熟な政党政治が国民の支持を失い、大日本帝国の政治機構の歪みが解決されないまま、いよいよその矛盾を補いきれなくなった象徴に見えます。
元老候補として期待されていた加藤高明、原敬が長生きして元老入りしていたら、西園寺一人元老となった昭和初期の日本政治にも他の選択肢が生まれていたかもしれません。

ときに「黒幕」とみなされることもあった元老がたどった歴史的な経緯と意義をコンパクトにまとめた非常に面白い本です。
元老という摩訶不思議な存在を通じて権威と権力、本音と建て前、理想と現実が危ういバランスで進み続け、ついには破綻する近代日本の姿を読むことが出来ます。

『元老』
著者:伊藤之雄
出版:中央公論新社(中公新書)
初版:2016年
価格:880円+税

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