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詩83 初めてのパスポート

時間にねだられ 取り乱して閉めた旅行カバン
パスポートの在りを野鳥に問い詰められて
電車のなかで捨て切れぬ不安がこぼれた
太った乗客に目を奪われても ぼくにはどうでも良かった

勇気がなくて そばにいる友に いまだ声を掛けられない
引率 という言葉が嫌いになったぼくにさえ
識らぬ間に名前を報告するぐらいの従順さは身に付いた
気恥ずかしさの余り 親にしがみつけない年頃になってしまったらしい

予定を立てられず 此処にいるはずのない大黒柱について想像する;
その日のぼくは 朝食に納豆を食べていたかも知れない
親に別れを告げたら 惜しみつつも改札を離れる
熱風が車窓の外で沖に紛れ いっそ中部国際空港

不安はそぞろ雨に
無言で注ぎ込む友の瞳は透け
涙がしっとり伝う小箱が 潮汁しおじるに浸って停車する
止まらぬ話だった
それより 狭い海の眺めは何とキレイなの
広くて高い天井は それまでまったく見知らなかった世界

冷たく混ざる夢の糸 一つの時代が過ぎ去っていた
ああ、もう一人になったんだ、と自覚する頃、さわやかに、あざやかに、鋭く差した中央光線
なめらかに、ゆるやかに近付いてくる 搭乗のゲートに手招きされ
30分だったか 待たされる予感だけが生き残った

取るに足らぬ憂慮は
約12年後の自分に
みすぼらしい虚言を吐かせているワ

パスポートのおもて まじまじと

初めて手にした ぼくのパスポート


ぱりぱり 焼きが入ったパスポートの内側

初々しさのたぎ
ぼくにとって 初めてのパスポート

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