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春(雑記)

 春の後ろで歯車が回転している音が聞こえる。
 春は小さなお菓子の箱の中に入っていて、金属の蓋をかぱ、と開けると、生き物が目を覚ましたみたいな、春特有のにおいがする。
 私はその中に飛び込んで、自由に歩き回る。
 春の木漏れ日は心地いい。髪が風をはらんで、全身を包み込んでいく。
 日陰と日向にある温度差が、よりその心地よさを増幅させる。

 私は誰かが作った春の中に潜り込んでいる。それは今までに、春について考えてきた人たちが作り上げたもので、私が新しい春を生み出す時にも、それらは影響を与えている。
 春は歯車によって動いている。機械仕掛けだ。誰にも聞こえないくらいの音が、世界中に響いている。
 どこかで誰かがゼンマイを巻いている。そのおかげで春は回り続けている。歯車は止まることなく、動き続けている。
 歯車の回転で空気が移動し、春風になり、桜の花びらが散り、揺られながら街中を旅する。ごく稀に、世界を旅する鳥の背中に乗ることがある。
 そのまま花びらは世界中を巡る。鳥がどこか別の世界や星に辿り着いたら、花びらもそこで暮らすことになる。

 春になると歩道を埋め尽くす桜の花びらのひとひらは、もしかしたらこことは別のどこかから辿り着いたのかもしれない。

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