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マジでどうでもいい記憶

洗い物や洗濯物を干している最中、時々どうでも良いことをぼんやり思い出している。
それは意識的な行為ではなくて、ほとんど無意識のうちに浮かんでは沈んでを勝手に繰り返す記憶を眺めるだけの時間なのだけれど、心地良いとか悪いとかいう感覚的な次元からはまるで隔離されているようなその時間がとても好きだったりする。

毎度そんなふうに手繰り寄せる気もなかった記憶を眺めている訳ではなく、大半は水の音やシンクを跳ねる泡や床に落ちる水に苛立ったりしながら過ごしているとは思う。
なので、想いも寄らない形で突如として目の前の行為とはまるで無縁の記憶が蘇って来ることが実に不思議に思えるが、日常のことなので驚きはない。
本当に何も考えない時に人間はこのような仕組みで脳が動くものなのか、と心がくすぐったい気持ちになったりもする。

その中でも、突如思い出しては一人で噴き出してしまう記憶がある。

その昔、映画を家で観るためにはVHSのビデオテープをビデオレンタル店で借りるのが常だった。
新作のテープ1本が1万数千円なんてべらぼうな値段で販売されていた時代の話しだ。
映画好きの中学生だった僕は同じく映画好きの友人T君と下校しており、当時話題だった映画の話しをしながら帰るのが恒例だった。
T君は学年で一番頭が良かったけれどその分気質はどうにも変態科学者タイプで、女子のスカートを盗んで平然と履いて校内を歩いてみたり、興味本位で安全ピンをコンセントに素手のまま差して感電し、痙攣を起こすような好奇心旺盛なヤツだった。

ある日、T君が泣きそうな顔で一緒に帰ってくれないかと僕に言って来た。
どうしても聞いて欲しい愚痴があるのだという。
日頃ポーカーフェイスでアナーキーな行いを繰り返すT君の動揺ぶりに何があったのかと思い、一緒に帰ることにした。

話しを伺ってみるとT君は半べそを掻きながら、ガードレールをパンチしてからこう叫んだ。

「この前レオン借りたんだよ! でさ、ちゃんと返したのに後から1万5000円請求されて親父にボコられたんだよ!」
「えっ、なんで?」
「妹が爪の上にテープ貼って「春だ一番!ドラえもん祭り」録画してやがったん!! なんなんあのクソガキ! マジありえねぇよ!!」

ビデオテープは録画防止用の爪というものがあり、その爪を折ると通常二度と録画が出来ない仕様になっている。
けれど、折った爪の上からセロハンテープなどを貼ると、これがアナログの成せる業なのか、再録画が出来てしまうのである。
T君の妹は当時まだ小三くらいだったと思うが、かなり狡猾な子供だったのだ。

僕はT君に同情したものの、事が「レオン」を借りた客からの苦情で発覚したと聞き、その場で腹を抱えて笑い転げてしまった。
なんとも悲しそうな表情でことの顛末を話すT君の顔さえ面白く思えた。

レオンといえばリュック・ベッソン監督、ジャン・レノ、ナタリー・ポートマンの命を犯すほどの純愛の物語であり、ハードボイルドであり、孤高の哀愁仏映画の代名詞ともいえる。

当時は公開から数年が経っていたものの、ファンの熱はまだまだ冷めやらぬ時期であった。
よーし、今日はレオンを観ていっちょハードボイルドな世界に飛び込んで気分を上げるぞぉ!

なんて意気込んでからビデオをセットし再生ボタンを押すやいなや、大山ノブ代のドラ声で

「春だ一番!ドラえもん祭りー!」

と、さも楽しげな表情のドラえもんとのび太のワンセットがジャン・レノの代わりに画面いっぱいに出たのであろうと考えると、笑いはますます収まらなかった。

あの時T君は笑っている僕を許してくれた気がするし、不貞腐れて先に帰ったかもしれない。
とにかくレオンがドラえもん祭りに上書きされてしまったことがツボにハマってしまい、T君の気持ちのことなんか一個も考えなかったし、あれだけ笑えたのだから考えなくて良かったと思う。
笑うな!というのであれば、あんなに面白い話しをする方が悪い。

あんまりにも本当にどうでもいい記憶で、次はいつ思い出すか分からないのでメモ代わりに記しておくことにする。

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