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【小説】 街づくりゲーム 【ショートショート】

 有休消化のために二週間、会社を休むことになった。どれだけ忙しくても従業員には有給を消化させないと会社が睨まれてしまうから仕方ないのだろうけど、僕は僕で休みを与えられても特にやることもなかった。

 彼女も友達もいないし、旅行へ行こうとも思わないし、そもそも行きたい場所がない。
 ネットで動画でも観てダラダラ過ごそうかとも思ったけれど、なんだかそれも心の健康に良くない気がした。
 あ、そうだ。何をしようかと考えているうちにふと、十数年ぶりにテレビゲームをやってみようと思いついた。

 高校生の頃はかろうじてテレビゲームをやっていたけれど、思い返してみるといつの間にかしなくなっていた。
 有休初日。実家に帰ってゲーム機とソフトを数本回収した僕は、少しそわそわした気持ちになりながらゲーム機をテレビに繋いでみた。
 ソフト(しかもカセットだ)をセットし、本体についた電源ボタンをパチンと上げる。
 その直後に、十数年ぶりに僕の視界にドット絵の景色が広がった。

「うわぁ、懐かしいなぁ」

 やり始めたゲームは街を作るシミュレーションゲームで、部活もやっていなかった僕はこのゲームで延々と繰り返し遊んでいた時代を思い出した。
 アクションやRPGのように明確な終わりがないのがこのゲームの特徴でもあり、また欠点でもあった。

 何も考えずにひたすら時間を潰すにはちょうど良さそうと思い、大昔の勘を頼りに街を作り上げて行く。
 まずは発電所を作り、そこから電線を伸ばして行き、その次は住宅街を作って……そうだ、住民達が住んだら働く場所も必要だから商業区画も整備しなければならない。となると、交通網の整備が要るはずだ。

 チマチマと街を作るたびに足りない物や必要に迫られるもの(特にインフラ整備)がパッと頭に浮かんで、それは長年のプレイで培った経験というよりも大人になってからの実生活に基づいたものであるような気がした。

 プレイを進めてから三時間後には住宅街に人が住み着くようになり、小さな街が賑わいを見せるようになった。
 さて、ここからどうやってさらに街を大きくしようかと思っていると、画面の左上にこんなメッセージが現れた。

『住民が はなしを したがっています』

「えっ、こんなのあったっけ……」

 メッセージの下には『はい』『いいえ』のコマンドが表示されていて、僕はこんな選択や機能が元からあったのか記憶があやふやなままでいた。
 とりあえず『はい』を押してみると、『上田香代子』という名前とメッセージが画面に表示された。

『マンションの二階に住んでいる上田です。隣人がゴミ出しのルールを守らないので困ってます』

「うーん……? なんだこれ、どうしろってんだ? あ、なんか出た」

 いや、やっぱりこんなシーンあったかなぁと必死に思い出そうとしていると、画面に新しいコマンドが表示された。

『隣人を戒めますか?』

「こんなのあったかなぁ……まぁいいか。困ってんだからやっちまえ」

 僕はとりあえず『はい』を選択してみた。すると、『バシッ!』という効果音が鳴り、その後に短い『ぎゃあー』というおじさんの悲鳴のような音が流れた。
 上田という住民は『ありがとうございました』と言っているけれど、うーん……うーん……やっぱり、こんなシーン無かったと思うんだけどなぁ……。
 だけど、感謝されてみるとプレイヤーとして少しだけ気持ち良い気分にもなった。

 その後のプレイでも僕は住民の困りごとを解決し続け、街は無事に発展を遂げていった。
 結局有休の間はずっとこのゲームばかりやっていて、他に何かすることと言ったら食料品の買出しくらいなものだった。

 有休明けの仕事から帰って来ると、僕はゲームの電源を入れて昨日の続きを始めた。
 もっともっと大きな街にしてやるぞ、と意気込んで街づくりの作戦を一人会議していると、こんなメッセージが現れた。

『上田佳代子です。この街はとても良い街なんですけど、引越すことにしました。いいですか?』

 引越をされてしまうと住民が減り、税収も落ちてしまう。せっかく発展したのになぁ……。でも、このキャラだって何かの事情があるかもしれないし、僕は少し迷って『はい』を選択してみることにした。

 そのわすが十分後に、選択を誤ったことに気が付いた。上田が転出してからというものの、住民達がつられるように転出し続けたのだ。
 ものの一時間で三百人も住民が減った。これは攻略のパターンを間違えたなぁと思い、僕はイベントを打ったり新しい会社を誘致したりしてなんとか住民が戻るように奮闘してみた。

 けれど、結局五十人くらい住民が増えただけで元には戻らなかった。
 続きはまた明日にすることにして、どんな方法で住民を取り戻そうか考えている内に急激に眠くなってしまい、ゲームを点けたまま床に就いた。

 翌朝。会社へ行く準備をしているとインターフォンが鳴った。こんな朝っぱらに一体誰だろうと思って玄関のドアを開けてみると、全く見覚えのない中年女性が立っていた。
 髪はセミロングでふくよかで、いわゆる普通の「おばちゃん」といった具合だ。

「はい……あの、どちらさまですか?」
「どうもぉ、こちらへ引越して来ました者です」
「そうですか。あの、このアパートに?」
「いいえ、別のおうちに越して来たんですよ」

 なんだろう。わざわざ近隣のアパートにまで挨拶に回るちょっと頭のイタイおばさんなんだろうか。
 あまり関わらない方が良いと判断した僕は軽く頭を下げて、玄関のドアを閉じようとした。

「こうして引越して来れたのも、あなたが許可して下さったおかげなんですよぉ」
「はい? 僕が?」

 何言ってるんだ、このおばさん。やっぱりヤバい人なんだ。さっさと帰ってくんねぇかなぁと思っていると、おばさんは自分のことを指さしながら満面の笑みでこう言った。

「ほら、上田ですよ。上田佳代子です」
「…………え?」
「他の方々も喜んでましたよぉ〜。やっと自由になれたって」
「ちょっと、何言ってるんですか?」
「今日のところはこれで。あっ、電源切らないで下さいね? では、また」
「…………」

 嘘だろ? 上田佳代子って、あの『上田佳代子』か?
 僕はゲーム機が点けっぱなしになっていたことを思い出して、テレビの画面をゲーム入力に切り換えた。
 すると、ある異変に気が付いた。
 五万人ほどいたはずの住民の数が一千人にまで激減していたのだ。

 僕は得体の知れない悪寒に襲われた。
 窓の外の遥か遠くの方から、地震の直前のような地鳴りと、無数の人の声が聞こえて来たからだ。
 その音と声は徐々にこちらへ近付いて来るのを感じた僕は、震える指を電源ボタンへ持って行き、迷うことなくパチンと下げた。

 その途端、ノイズが混じったような無数の悲鳴が外で巻き起こり、地鳴りと声が収まった。

 一体、何の悪い冗談だと言うのだろう。
 僕は悪い夢でも見ているのかもしれない。
 とにかく、会社に行って頭を冷やそうと思いながら、再び玄関のドアを開けて外へ出た。
 その光景に僕は驚きの余り、声を失った。

 アパートの外の景色は真っ白で、そこにはもう何もなかった。白く無限の空間が、どこまでもどこまでも続いていたのだ。

 僕は一体、何を消してしまったのだろう。

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