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【小説】 子供に注意 【ショートショート】

 地方再生の一環として造られた老齢村へ取材へ行くために、私はハンドルを握っていた。
 地方再生とは言ってもその実態は「シェルター」に違いなく、私は各地で巻き起こっている事件の被害からどのような手立てで老齢者達を守っているのかが非常に気になっていた。

 そんな私自身も今年で七十一歳になるが、超高齢国となってしまった現在ではまだ現役世代の真っただ中にあった。
 人里離れた村を開拓したとあって、目的地までは最短ルートでも片道四時間を要した。
 開拓以前に大きな児童一揆があった為、その地には取材に訪れたこともあったが、道は整備され、山は崩されて広々とした光景が眼前に広がっていた。
 真っ青な空の下。走りやすいことは走りやすかったが、道路と街灯、街路樹の他には何もなく、私はどこどなく映画のセットの中を走っているような気分に陥っていた。
 AIナビがシェルターへの曲がり角を案内した所だったが、周りの大胆過ぎるほど何もない景色に目を奪われていた事をすぐに後悔した。
 ドンッと車体が揺れ、顔を正面に戻すと五、六歳ほどの男児が前方にすっ飛んで転げ回るのが見えた。
 しまった。やってしまった。
 走行中だった路面にはオレンジ色の大きな文字でこのように書かれていた。

『子供に注意!』

 私はやってはならないことをやってしまったことに気付き、自らの命を案じた。すぐに車のギアをバックに入れたが、タイヤが空転するばかりでちっとも進む様子がなかった。
 真っ青な空。車一台通らない広い片側二車線道路。街路樹と街頭以外に何もないその景色の真ん中で、車に撥ねられ横たわっていた児童がむくりと半身を起こした。
 しまった、これはマズイことになった。
 車のギアをバックからドライブに入れても、またバックに戻してみても、タイヤは空転したままだった。
 手足がデタラメな方向に曲がり、首が真反対に向いた児童は立ち上がると、一気に私の車目掛けて駆け出した。
 タイヤは空転したまま動き出す様子はなく、すぐに運転席の窓に児童の後頭部が勢いよくぶつかった。

「あーそーぼー!」

 ぴょんぴょん跳ねながら、児童は何度も運転席の窓目掛けて後頭部をぶつけ続けている。
 頼むから、動いてくれ。頼む……頼む!!
 アクセルを目一杯踏み込んでいると、あちこちの街路樹からボトボトと何かが落下するのが見えた。
 落ちて来たのは、大量の児童だった。
 五体満足で満面の笑みを浮かべている者もあれば、身体の一部が欠損している者もあれば、頭のほとんどを失くした状態にも関らず勢いよく駆け出す者もあった。
 数にして、二十……三十……五十……街路樹から落下し、駆け出した児童達はその数を増して行き、ひとつの塊となってこちらへ向かって走って来た。

「やめろぉ!!」

 私は力いっぱい叫んで、もう一度ギアをバックからドライブへ入れてみた。
 グンッと身体が後方に引っ張られる感覚と共に、車は一気に加速した。
 駆け出してこちらへ向かう児童達を次々に撥ねながら、私はなんとか抜け出すことが出来た。

 少子化を最先端科学で賄おうとしたツケの大きさにうんざりしながら、私は「シェルター」を目指して走り続けた。
 ラジオから流れる大昔の洋楽ロックに、子供の声が乗る。
 あどけない声と歪んだギターの音が、どことなく牧歌的な調和を生み出している。晴れた青空の下で聴くには、実に持って来いな曲だ。
 子供の歌う音声がとてもクリアで、どんな録音方法で録ったのかが気になった。今はジャーナリストの身分だが、大昔はレコーディングエンジニアを志していた時期もあったのだ。

『プリーズギヴミーホープゥトゥー』

 ボーカルの野太い声と、子供のあどけない声が重なる。
 青空の下で聴いているのが実に心地よく、私は煙草に火を点ける。

『プリーズギヴ、ワータバコくさーい!』

 私は真後ろから聞こえた声に振り返り、驚きのあまり急ブレーキを踏んでしまう。
 顔の半分が麻痺し、もう半分は笑顔の少女が、鼻を摘まみながら後部座席に座っていたのだ。
 ガードレールに突っ込む振動、突き破る音、車体ごと宙に投げ出された感覚と共に、「たのしいね」と声が聞こえて来る。
 きっと助からないだろう。例え、数秒後に車と私が無事であってもだ。私は、最後にこの事実だけを伝えたい。この子供達は、断じて――――。


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