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異常宅地

親が離婚した小学四年時、母と兄妹と共に当時住んでいた家を追い出されてまもなく、後の義父となる母の再婚相手の家へ居候することとなった。

二階建ての4LDKのその家は平地の山陰に近い薄暗い住宅街に在り、無理矢理土地を削って新興住宅街にしたことはあからさまだった。

自分の実家をその手で作った大工の義父が何故建て売り住宅を購入したのかは不明だが、義父もバツ歴があったので元嫁の都合なのかもしれない。

転がり込む形で住み始めてからひと月もすると、おかしな事に気が付いた。

十二軒ある家のうち人が住んでいたのは九軒だったのだが、自動車エンジンの研究の為に越して来ていた隣家のHさん以外の家に、どれもこれも家庭的なものを感じなかったのだ。

親子二世帯が大半で、中には僕の一つ上の先輩が住む家が二軒あった。
ただしその二軒は付き合いが悪く、また、親子仲も悪かった。

二軒のうち一軒に住むO先輩は親が教育狂いで、先輩自体も引きこもりがちだった。
通学班は一緒だったが転校してから卒業までただの一度も共に学校へ行った事もなく、話したことすらなかった。

もう一軒のFさん宅は女子だったので妹達とは多少の関わりがあったものの、僕とはほとんどなかった。
高校を卒業してから僕がコンビニでバイトするようになってからたまに口を利く程度で、F先輩が二十歳になる頃にはその家から出て行ってしまった。

その頃、O先輩はいよいよ頭がおかしくなったのか飼い犬をスコップで撲殺した。
庭で煙が上がっていたので僕の父が尋ねると、O先輩の父が気まずそうに「息子が犬を殺しちゃって……」と教えてくれたのだ。

その日は朝からバイトがあったので表へ出ると、O先輩が庭で何かを燃やしているのを見かけた。 
なかなか焼けないのか、朝から夕方まで煙は上がり続けていた。
彼の両親は叱るどころか、息子と共に燃やすのを手伝っていた。

そのお隣さんのK宅もまた異常で、特に祖母が異常だった。
昼夜問わず常に窓の隙間から外を伺っており、普段は和かな目元に冷たさと疑い深さを光らせて辺りを睨んでいた。
週に二、三回は家の中から
「オフクロ、もういい加減にしろよ!」
と怒鳴る声が聞こえていた。

息子さんはスポンサーステッカーが車体中についたセリカに乗っており、聞けばレーサーの仕事をしているとのことだった。
たまに僕や妹達と遊んでくれたりもしていて、近所の良いお兄さんだったのを覚えている。

我が家の向かいに住むSさん宅は悲惨だった。
僕の住む家は経済が傾いたおかげで抵当に取られ、家を手放すことになった。
僕たちが住み始めてから約九年。その間に、Sさん一家は高齢でもないのに一家全滅した。

祖母、旦那さん、息子さん、と亡くなり、最期に亡くなった奥さんは時々家の外に出て見えない誰かに向かって叫び声をあげていた。

「リンチするよ! あんたみたいなもんはねぇ、リンチしてやるよ!」

そんな声が暗がりの早い冬の住宅街に響き渡っていたのを覚えている。
その数年後に、叫び声を上げていた奥さんも脳の病気で亡くなった。

今は誰が住んでいるのか不明だが、人は埋まっているらしい。
時代が二回りもして、驚くような安価で貸し出されていたから他所から越して来た人もいるのだろう。

僕の住んでいた住宅街を、昔から住む近所の人達はとても忌み嫌っていた。
親の代わりに駐車場の料金を支払に行くと、まだ小さな僕を相手に地主のお婆さんがよく言っていた。

「あの住宅はね、呪われてるんよ。ずっと誰も手をつけなかったのに、あんなに家建てて。みんな反対したのに、言うこと聞いちゃないんだから。みんなね、呪われるんだからね。みんなだよ」

元あった場所に何が在ったのか、僕は知らなかった。
けれど、近所の人達は誰も教えてはくれなかった。
住宅街を抜けた先は林道になっていて、区画からはぐれたような墓が数基、鬱蒼とした森の中に存在していた。

住宅街で起こる奇行や現象は他にも多くあるが、僕が最も恐ろしいと感じたのは地主のお婆さんの憎たらしげに僕を見下す顔だった。

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