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写真集「指と星」の世界について / 光とスリット

写真集「指と星」。64ページ、A4サイズの本には色々な写真が入っている。それについて書いていきたいと思う。最初は光とスリットについて。

私にとって光は重要な存在だ。もちろんあらゆる写真家にとって光は大切だ。光がなければ写真は撮れないのだから。ただ、私にとって光は別の意味でも重要だった。

それは光そのものを写真に入れていることだ。

写真に光が透る時、もしくは写真に光が反射しまたたく時、美しさとともにその写真の情報の一部が失われる。しかし、失われたのであって無かったのではない。光の空白の中を想像し、見いだすことで写真の世界は作者の意図を超えて豊かになると感じている。

それはこの、祖父の写真から作り出した作品から始まる。

両親が共働きだった私にとって、祖父母の家で過ごす時間はとても大切なものだった。祖父は私が小学校4年生の時に亡くなってしまったが、おじいちゃん子だった私にとって、祖父の存在は忘れ難いものだった。その祖父は広島の原爆を見た人だった。目が悪い彼は戦時中、兵隊ではなく労働者として呉で働いていた。しかし戦局の悪化する中でいよいよ出征の準備に出るために呉駅のホームにいたところ、広島で炸裂した原爆の光を見たとのことだった。

その彼が見た光を見出したいというのが、光への執着の始まりだった。前回の写真集「空に泳ぐ」から始めた写真に穴を開け、そこに光を溢れさせるという技法に加えて、カッターナイフを指に持ち、何度も紙に這わせるように切っていった先に生まれたスリット。その光のラインは波のようでもあり髪の毛のようでもあり、なにか生きているかのような存在感をだしていた。ラインが祖父の顔と姿を包む。彼の顔がわからなくなることで逆に彼の姿を常に想像することができる。それはいきている限り離れて行く一方の私と祖父との距離を一瞬でも縮めてくれるもののように感じた。

このスリットの作品を作り始めたのが2015年くらいから。家族の記憶というコンセプトから始まったスリットの内包するものはどんどん拡大して行った。またそこに宿る「美」にもどんどん関心が高まって行った。光は美だと感じる。光が被写体を包みこんでいく姿に、私はオリジナリティーの持つ美が生まれるのを感じていた。

オリジナリティー、それは結構難しい言葉で、完全なオリジナリティーというのは神にしかできないのかもしれない。しかし、単純に他者とは違う美を提示できなければわざわざパリに住む必要もないと考えていた私にとって、それを感じさせてくれる美を作れることは大きな喜びだった。もともと小さい時から一人で彫刻刀を持って竹を掘っていたような人間なので、身体にも合っていたように思う。確かに大作になるとどんなに頑張っても一月や二月かかってしまうが、ともすればいくらでも撮れてしまう写真の世界にいた人間としては「人生の尺で作れる作品の数を計算できる」くらい手間のかかる作品作りは新鮮に感じられていた。

今回の写真集「指と星」にはそのスリットの写真を初めてまとまった形で掲載することができた。この写真集には他のテイストの写真も多いが、それぞれが響きあうような配置にできたのではないかと思う。


ここに公開している写真はこの写真集「指と星」のほんの一部です。興味を持って頂けたら以下の出版社のサイトからご購入いただけたら幸いです。

もしくは少々割高で9月のお渡しになってしまいますが、写真集に加えてクラウドファウンディング で行った特典もついたものもお選びいただけます。


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