いっかいでも魂の声が聴こえてしまったら、もうそこには選択の余地なんてない。僕は、行かなければ、ならない! 「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」無料公開/第5話
主人に仕える勇敢な猟犬・ジョンが主人や仲間から離れ、「ほんとうの自分」「ほんとうの自由」を探しに、伝説の聖地・ハイランドを目指す物語。旅の途中、多くの冒険、いくつもの困難を乗り越えながら、仲間や師との出会いを通じて、聖地・ハイランドに導かれていく。そして、ついにハイランドへの到達を果たすことになるのだが、そこでジョンが見た景色とは…。
【第5話】
「俺たちは考えちゃいけねえんだよ。俺は何かを知って不幸になるより、何も知らないで眠ったままの幸福のほうがいい。お前もそうだ、悪いことは言わねえ、余計なことは考えるな」
無知は幸福…確かにそうだ。
それはいままでの僕だ。
でも、僕は知ってしまったんだ。今までの無知な僕の奥底に、ほんとうの僕がいて、そのほんとうの僕が「違う、今の僕はほんとうの僕じゃない!」って叫んでいるのを知ってしまったんだよ。もう眠ったままでなんて、いられないんだ。
「わかったよ、ハリー。しばらく考えてみるよ」
「ああ、くれぐれも早まったマネをするんじゃないぜ。お前はここのリーダーなんだからな。俺だってみんなだって、お前がいなくなったら困るしな」
「了解…」
僕はハリーに背を向けて目をつぶった。
そうだ、ダルシャが言っていたっけ…魂にきいてみるんだ。魂はすべてを知っているんだから。
魂よ、君はどこにいるんだ?
僕は目をつぶったまま、身体の中に問いかけた。しばらくすると、胸のあたりが“ほっ”と温かくなってきた。
ここか、ここにいるんだね
僕は、温かくなった自分の胸に問いかけた。
どうしたい?
どうしたいんだい?
君の話を聴かせてくれよ
君は、何て言いたいんだい?
すると、温かい胸の真ん中が熱く鼓動し始めた
これが、魂の返事?
僕は魂に向かって語りかけた。
「いまの僕は自由じゃない気がする。そう、今の僕はほんとうの僕じゃない。僕は自由になりたい、ほんとうの僕になりたいんだ」
すると胸の真ん中がとてつもなく熱く、激しくドキドキと高鳴り始めた。
これが…魂の声なんだ。
これが…魂の返事なんだ。
確かにハリーの言うことは常識的には当然のことだ。冷静に考えれば、当たり前の選択。でも、いっかいでも魂の声が聴こえてしまったら、もうそこには選択の余地なんてない。
常識的じゃないかもしれない、頭が狂ったと思われるかもしれない。
いや、僕はほんとうに狂ってしまったのかもしれない。でも、もう、そうするしかないんだ。そう、これは頭の選択じゃない、魂の選択なんだ。
胸の奥からせり上げてくる高鳴りは、僕を駆り立てるように強く激しく鳴り響いていた。
僕は、腹の底から悟った。そう、それは理屈を超えた確信に近い理解だった。
僕は、行かなければ、ならない!
朝日が昇り、いつものようにご主人様が僕たちを引き連れて狩りに出かけた。犬たちは口々に吼えながらご主人様の後を追って走り始めた。
僕は大広間の窓から見えるダルシャの蒼い目と視線を合わせると、心の中でつぶやいた。
「ダルシャ、ありがとう、僕は行くよ。ほんとうの自由、ほんとうの僕を見つけに行く。あっちの世界で見ていてね」
ご主人様を先頭に、みんなはかなり先まで行っていた。僕は走り始め、時々振り向いては、小さくなっていくお屋敷や自分の小屋を見ながら、速度をトップギアに入れた。
さあ、今日でこの場所ともお別れだ!
今日も足は絶好調。速度がぐんぐん上がり、風にように走り始めた。そしてあっという間にご主人様たちに追いつき、そしてあっという間に追い抜いた。
向かう先は分かっている。
北だ!
僕は北に向かって全速力で走り抜けていく。
後ろからご主人様の
「ジョン、どこへ行くんだジョン!」
という叫び声や、あわてた仲間たちの吼え声や
「ジョン、バカなマネはよせ! 戻るんだ!」
ハリーの声も聞こえた。
僕はそれらの声を背に、北に向かって風のように走り去っていった。
第6話へ続く。
僕の肺癌ステージ4からの生還体験記も、よろしければ。
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