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わたしは何のために生まれ、どう生きるのか?「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」無料公開/第1話

主人に仕える勇敢な猟犬・ジョンが主人や仲間から離れ、「ほんとうの自分」「ほんとうの自由」を探しに、伝説の聖地・ハイランドを目指す物語。旅の途中、多くの冒険、いくつもの困難を乗り越えながら、仲間や師との出会いを通じて、聖地・ハイランドに導かれていく。そして、ついにハイランドへの到達を果たすことになるのだが、そこでジョンが見た景色とは…。


【第1話】

第1章:旅立ち


 やあ、こんにちは。 


 僕はジョン、猟犬さ。
 僕は、ご主人様の銃の音が大好きだ。


 あの、乾いた音。
 空気を切り裂く、鋭い音。


 あの音は僕を駆り立てる号砲。僕はあの乾いた音を聞くと、思わず走り出したくなって、いてもたってもいられなくなるんだ。


 なぜかって?


 そう、そこからが僕の出番だから。


 ご主人様はイノシシや鹿、熊といった大きな獣だけじゃない、足の速い馬や小さなキツネやウサギ、空を舞う鷹だって逃さない。
 僕は号砲と共に、手傷を負った獲物に一目散に走って行って、ガブリと噛みついてトドメをさし、それから大きな声でご主人様を呼ぶ。


 するとご主人様がやって来て、とっても喜んで僕においしい干し肉やごほうびをたくさんくれるんだ。僕の生きがいはね、ご主人様の笑顔とごほうびの干し肉。あの笑顔とごほうびさえあれば、僕はどんな強敵にだって立ち向かっていける。


 ご主人様は、僕のことをすごくかわいがってくれる。なぜなら僕は、七匹いる犬たちのリーダーで、一番足が速く、一番賢く、そしてなによりも一番勇敢だから。

ふふふ。


 でも…
 そう、あの日…
 あの日を境に、僕は変わってしまった。


 何が、どう変わったかって?
 それを、今から話すよ。
 まあ、焦らないで。


 あの日…そう、忘れられないあの日…僕はいつものようにご主人様と一緒に狩りに出かけた。


 雲ひとつない、抜けるような青空がどこまでも広がっている、とっても素晴らしい日だった。
 あの日、ご主人様はいつものコースとは違うところを進むと、森に入る手前の草原で立ち止まり、注意深く森を眺め始めたんだ。
 そして、ふっと目を細め、同時に銃をかまえた。


 獲物を見つけた?


 僕のセンサーが反応した。
 よし、僕の出番だ
 僕は、いち早くダッシュの身構えをした。


 前足をかがめて力を抜き、ちょっとお尻を上げるんだ。それから後ろ脚に力を入れ、後ろ脚の爪でしっかりと大地をつかみ込む。この準備がスタートダッシュの差を生むのさ。
 ご主人様の帽子についている大きな鷹の羽の飾りが、ふわりと風に揺れ、銃身が獲物を追って流れるように水平に動いた、そのときだった。
 
パーン!
 
 僕の大好きな乾いた号砲が響いた。
 僕は他の犬たちをあっという間に抜き去り、銃身の指す方向へと飛び出した。
 獲物は、草原から森の変わり際へ少し奥に入ったところにいるようだ。僕の直観が、そうささやいている。
 足のギアがトップギアに入る頃には、他の犬たちはもう僕に追いつけない。
 今日も僕がごほうびをいただきだぜ。
 僕は優越感を感じながら風のように走る。なんて気持ちがいいんだろう、僕は最高だ。


 森の中に少し入ったところで立ち止まり、周囲を窺った。


 血の匂いだ…


 あたりには血の匂いが立ち込めていた。
 これだけの血のにおいがするんだ。かなりの手傷を負ったに違いないぞ。
 五感のアンテナを最高レベルに上げ、周囲をゆっくりと見渡した。すると、視野の左端に赤いものがよぎった。すばやくそこに注目すると、大きな血痕が目に入ってきた。即座にそこに走り寄り、クンクンと匂いを嗅ぐと、さらに用心深く周囲を窺った。


 手負いの獲物ほど、危険な相手はいない…
 僕は数々の強敵との経験から、手負いの獲物の恐しさを痛いほど知っていた。
 僕の眉間の間にある三日月の傷は、西の森の王と言われた巨大な白馬『白帝』に前足で蹴られたときのもの。半分にちぎれた尻尾は、北の谷の主と言われた屈強なイノシシ『ガルドス』に食いちぎられたものだ。僕はその強敵たちを確実にしとめてきた。自慢じゃないけれど、この近隣では僕の名前はちょっとは知られているんだよ。


 注意力を総動員して用心深く周囲を見渡すと、細々とだけれど、点々と続く血痕が目に入ってきた。


 この先に獲物がいる。第六感がささやく。
 僕は獲物に襲い掛かって最後のトドメを指すべく、身をかがめ、両足の筋肉を縮め、牙をむき出して臨戦態勢に入った。


 血痕は五メートルほど続き、高さが僕の背丈ほどある草むらの中に消えていた。
 注意深く草むらに入り、約十歩ほど進んだ。すると、倒れている獣の姿が見えてきた。


 イノシシではないな…鹿でもない…。
 犬に似ているが、それにしてはちょっと大きいぞ、かなり大きい。


 近づいて倒れている獣を見ると、大きな犬のようだった。その犬は全身黒っぽい銀色の毛におおわれ、身体は僕の倍ほどもある巨大な大きさだった。
 僕も身体は大きいほうだけれど…こんな大きな犬は見たことがない…
 僕は倒れている大きな犬に近づき、立ち止まった。ご主人様は犬を撃ったのか…?


 獲物を見ると、胸から多量の血が流れ出て、地面に大きな血溜りを作っていた。ご主人様の弾丸はこの大きな犬の胸を貫いたのだ、さすがご主人様。
 大きな犬は口からも血を滴らせ、その周りの地面に血溜りを作っていた。もう頭を動かすことも出来ないようだった。


 ヒューヒュー、と苦しそうな息をしながら、うっすらと目を開けた。
 深い蒼色をしたその瞳が、静かに僕を見つめたその瞬間…僕の背筋にゾワゾワっと何かが駆け上がった。


 「おお、お仲間さんか」


 その犬は苦しそうな口元をやや緩めて言った。その声は不思議な温かさに満ちていた。


 「…」


 僕は、なんて返していいか分かなかった。だっておまえは獲物なんだ。僕はおまえを殺しに来たんだぞ。


 「そういう顔をしなさんな。誰にでも死は訪れるものだ。今日は俺が死ぬ日だったということだ。俺の最後を看取ってくれるのが仲間のお前さんで良かったよ。お前さん、名前はなんと言うんだい?」


 「僕は…ジョン」


 「そうか、ジョンか、いい名前だな。俺はダルシャ。まあ、もうすぐあっちに行くから、名前はあまり関係ないがね。ふふふ」

第2話へ続く。

僕の肺癌ステージ4からの生還体験記も、よろしければ。



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