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「抗がん剤はやらないことに決めました」「それでは、今のうちに介護申請をしてください」(『僕は、死なない。』第14話)

全身末期がんから生還してわかった
人生に奇跡を起こすサレンダーの法則


14 治療方針を決める


 寺山先生のスマイル・ワークショップから帰ってきてから、いくつか研修の仕事をこなしていたが、研修の翌日には喉が腫れ、痰が絡む。体調が少しずつ悪くなってきたような気がしていた。

「痩せましたねー」

 研修先でそう言われることが多くなった。肉食を止め野菜中心の食事をすることで、体重が1カ月で3キロほど落ちていた。咳も少しずつ出始め、胸の真ん中が重く感じることもしばしばだった。そろそろ何がしかの治療を始めなければ……。気持ちが落ち着かず、焦り始めた。

「この本、図書館で借りてみたんだけど、もう返していいかなー」妻が数冊の本を持ってきた。その中でふと気になった本があった。読んでみようか……。何の気なしに手にとって読んでみると、食事によって肺がんが顕著に改善した実例がCT写真つきで出ていた。

 これはもしや……。

 早速病院の住所を調べる。クリニックは立川だった。

 立川か……杭打ちのときにいったん下車した駅だった。遠いな……。立川だと通うのが大変だ。まあ、説明ぐらいは聞きに行っていいかもだけど。場所はどこだろう?

 住所をスマホの地図アプリに入力する。クリニックの場所を示す印がついたビルを見て驚いた。なんと隣があのニッポンレンタカーではないか! あの日、ニッサンレンタカーを探してさ迷った挙句、結局、諦めたときに目の前に現れたニッポンレンタカー。クリニックはなんとその隣のビルだった。こんなことがあるんだろうか?

「これは、ここに行けって言ってるんじゃないのか?」

 はなはだ非科学的な理由だったが、これが奇門遁甲の示す道なのかもしれない。僕はこのクリニックの説明を聞きに行くことに決めた。

 11月1日、僕の前に現れたクリニックのドクターは学者風の人だった。このクリニックは食事指導と免疫神経への鍼治療をメインとしていた。彼は自分の推奨する食事療法のやり方と効果、その理由を3時間にわたって細かく、そして詳しく解説してくれた。

「野菜を食べるのです。それもなるべく生で。調理はしないほうがいいです。肉もいっさいダメです。カニやタコ、イカもダメです。動物性の食品は一切禁止です。調味料も禁止です。砂糖はもちろん、塩もダメです」

「ずいぶん厳しいですね」

「がんを治した人はみんなそうやってます。治りたかったらやってください」

「これで治るんですか?」

「治る、という言葉を医者は言ってはいけないのです。しかし治る可能性はあります、と言うことはできます。刀根さんよりも重症な人が当院の治療で治った実績もありますので」

 ドクターはそう言うと、奥のPCの前に僕を連れて行って、過去の患者のCT画像を見せてくれた。

 そこには僕より酷い状態のがんが、きれいになくなった画像が何枚もあった。

 よし、ここなら……!

「あの……経過観察とか、そういうのをしたい場合は、どこかご紹介いただくことはできるのでしょうか?」

 僕は今の大学病院で経過観察をしようとは思っていなかった。なぜならあそこに行く度に体調が悪くなっているような気がしたからだ。

「ええ、大丈夫ですよ。私は代替医療関連の学会で、個人的に東大病院の先生とつながっています。彼は現代医療のトップでありながら、代替医療にも目を向けている素晴らしい先生なのです。もしよろしかったら、彼を紹介することもできますよ」

 今の大学病院が全くダメになっても、次の道が見えるということはありがたかった。 

「それでは、基本的にこちらでお願いしようと思います。詳しい説明は次回の診察でお願いします」

 僕はここで治療をする腹を固めた。あとは大学病院の掛川医師にどう伝えるか、だ。

 11月24日、掛川医師は相変わらず眉間にシワを寄せて僕の話を聞いていた。

「いろいろご心配とお手間をおかけしましたが、治療方針を決めました」

「そうですか、それで、えー、どうされるのですか?」

「抗がん剤はやらないことに決めました。やっぱり僕は抗がん剤はやりたくないのです」

 僕の言葉を聞くと、掛川医師は、はーっとため息をついた。

「今は緩和治療といって副作用を減らす治療も進んでいるのですが……」

「いえ、それでもやりたくないのです。いろいろとお世話になりましたが、代替医療でやっていきたいと思っています」

「そうですか……」掛川医師は眉間に寄せたシワをさらに深くして、目を細めるとこう言った。

「それでは、今のうちに介護申請をしてください」

「は?」

「介護申請です」

「介護、ですか」

「そうです。あなたが行くところは医師免許を持ってますか?」掛川医師の声は冷たかった。

「ええ、持ってると思います。ドクターですけど」

「じゃあ、その方にお願いして今のうちに介護申請をしてもらうのです」

「どういうことですか?」

「身体が動かなくなってから申請をするといろいろと大変でしょうから、今のうちにやっておくといいと思います」

「身体が動かなくなる……と?」

「ええ、そうです。がんが進行していずれそうなります」掛川医師は言い切った。

「そんなこと……」

「それからですね、これから原発のがんが大きくなります。すると場所が場所なので、胸膜に食い込んで転移します。すると、とても痛ーくなります」掛川医師は・痛ーく・を強調して言った。僕は思わず左胸を押さえた。

「それから肺じゅうにがんが転移して、咳が止まらなくなります。常に酷い咳がずっと出ている状態になります」

「咳が……」

「痰に血が混じるようになるでしょう。血痰です」

「血……」

「それから、肺の中のリンパが腫れあがって、声帯を圧迫して声が出なくなります。かすれ声しか出なくなるでしょう」

「……」

「それから、気道にある調整弁がうまく働かなくなり、水分を飲むと気道に入り込んでむせるようになります。間違って水分が気道に入り込むのです。水を誤飲して呼吸困難になることもあるでしょう」

「……」

「それから、身体中がだるくなり、起き上がることも大変になります。そして寝たきりになります」

「……」

「寝たきりになったときに介護申請をするのは大変です。ですから、今のうちにやっておいたほうがいいでしょう?」掛川医師は僕の顔を下から見上げながら、恐ろしいことを言った。

 何も言えなかった。そんなことは聞きたくなかった。尋ねてもいないことを言われたくなかった。僕は言葉を失って黙った。掛川医師はさらに言葉をかぶせてこう言った。

「刀根さんが当院の治療を受けないということであれば、今後いっさいの診察や経過観察などはいたしません。刀根さんが決めたクリニックでやってください」

 僕は気を取り直した。

 これは僕に対する挑戦だな。こいつ、僕に挑戦してきやがった。よし、その挑戦受けて立とうじゃないか。生存率3割がなんだ。絶対にクリアしてやる!

 僕は不敵にニヤリと笑った。

「いいでしょう。今までお世話になりました。掛川先生、僕は必ずがんを治します。がんをきれいさっぱり治して、必ずあなたの前にもう一度ご挨拶に伺います。そのときはよろしくお願いいたします」

 僕は立ち上がり、強引に掛川医師の手を握ると、診察室から大またに出ていった。

 やってやる、やってやる。あいつをギャフンと言わせてやるんだ。怖がらせるようなことを言いやがって。僕に対する脅しか? 自分の治療を断った腹いせか? 負けねえぞ。絶対に負けねえ。この戦い、負けるわけにはいかないんだ!

 僕は心の中で悪態をつきながら、大またで病院を後にした。

次回、「15 ついに来た、痛み」へ続く


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