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がんという体験は、僕にとってどういう意味があるのだろう?(『僕は、死なない。』第13話)

全身末期がんから生還してわかった
人生に奇跡を起こすサレンダーの法則

13 スマイル・ワークショップ


「こんにちは、よくいらっしゃいました!」

 10月4日から3日間、秩父で開催されているスマイル・ワークショップに出かけた。日本のがんサバイバーの元祖、寺山心一翁さんの主催する宿泊ワークショップだ。

 初めて会う寺山先生は思ったより小柄な老人だった。年齢は82歳とのことだったが、肌はつやつやと輝き、元気で陽気なオーラをまるで太陽のように放射していた。頭はつるつるだが、白雪姫に出てくる森の小人みたいな立派で白いあごヒゲをはやしていた。

「刀根さん、お会いできて嬉しいです!」 

 寺山先生は顔じゅう笑顔みたいな満面の笑みで、僕の手を強く握った。信じられないほど握力が強かった。

「よろしくお願いします」

「では、まず荷物を部屋に置いたら、さっそく森に出かけましょう!」

 荷物を部屋に置くと早速出発だ。参加者の自己紹介も何もない。もちろん寺山先生からのレクチャーなんて何もない。ホテルを出ると寺山先生を先頭に男性2人、女性7人、総勢9人の参加者が続き、山道をずんずん歩いていく。

 このワークショップの参加者は僕と同じがん患者じゃないの? こんなに強行軍でみんな大丈夫なの? 

「ほーら、森と自然の氣を感じてください。素晴らしいでしょうー」寺山先生はよく晴れた空を見上げ、歌うように言った。

 僕はそれよりも群がってくる蚊の軍団を追い払うことに注意を奪われていた。頭の上の蚊を追い払っているうちに、約1時間の山道探索が終わった。

 森から帰って皆で研修室に入った。参加者が円形に置かれた椅子に着席する。僕は自分の状況を含めて詳しくみんなに知ってもらいたいと感じていた。そしてみんながどんな状況で、どんな治療をしているのかも知りたかった。寺山先生は言った。

「自己紹介をしましょう。名前だけでいいでしょう。呼ばれたい名前を名札に書いて、胸に着けてください」

 最初に「トネ」と書いてみた。なんだか堅苦しい。

 横から声がした。「子どもの頃はなんて呼ばれていたんですか?」寺山先生と一緒に仕事をしているイクミさんだった。

「子どもの頃はタケちゃんって呼ばれてました」

「それ、いいんじゃないですか?」イクミさんはニコッと笑った。

 僕はネームプレートにタケちゃんと記入した。なんだかこそばゆかった。家族以外で小学生以来、この呼び名で呼ばれたことはなかった。

 寺山先生の胸には「シンさん」という名札が付いていた。

「じゃあ、さっそく始めましょう」

 何を話してくれるのだろうか? やっと寺山先生のがんからの生還ストーリーが聞ける。食事法や治療法、サプリのことも聞きたい。僕は寺山先生の次の言葉に期待した。

「まずは、歌いましょう!」 

 は? 歌?

 歌なんて気分じゃないよ。それよりももっと大事なことを教えてほしい。

 シンさんこと寺山先生はニコニコしながら楽譜を配り始めた。残念ながら、僕は楽譜が全く読めない。

「あのー、僕は楽譜がわからないんですが……」残念な気持ちいっぱいで僕は言った。

 すると、横にいた僕以外で唯一の男性参加者が話しかけてきた。

「じゃあ、私が教えましょう。私が手のひらで音の高低を示しますから、それに合わせて声を出してください」あごヒゲをたたえた柔和な男性だった。何か普通と違うオーラが出ていた。音楽をやっている人だろうか? 胸には「カズミさん」と書いてあった。

「ほら、こうやりますから」カズミさんは手のひらをヒラヒラさせて教えてくれた。

「じゃあ、みんなで声を合わせて、いきますよー」シンさんが指揮を執る。

 歌が始まる。僕は隣で歌う彼の深く響く声に続いて声を合わせた。するとシンさん、僕、カズミさん、3人の男性の声と、他の女性たちの高い声が重なり合いはじめた。声の振動が合わさって部屋の空気が変わっていくように感じられた。周囲の空気がどんどん軽やかに、クリアになっていく。それと一緒に僕の身体も軽くなっていく。なんだ? これは。

 歌が終わると、部屋の空気感が一変していた。先ほどの空虚な空間ではなく、まるで暖かな春の日差しに包まれた別の部屋にいるようだった。

「さあ、まだまだ歌いますよー」シンさんは楽しそうに言った。 

 何曲か歌った後、シンさんは部屋の中心を指差した。そこは小さな祭壇のようになっていて、裏返したカードがたくさん散らばっていた。

「これはメッセージカードです。自分から自分へのメッセージです。自分の知りたいことを心に念じてください。そして床にあるカードを自分の直感に従って1枚選んでください。今のあなたにとって大切なメッセージが書かれているはずです」

 皆が次々にカードを引き、裏返しては声をあげていた。何が書いてあるんだろう?

 僕の順番が来た。僕は念じた。

「がんという体験は、僕にとってどういう意味なのか? 僕にとって、いったいなんなんだ?」

 しばらく祭壇に散らばるカードの周りをグルグルと回った後、隅っこにある1枚が目に付いた。うん、これだな。僕はしゃがんでそのカードを拾った。

 何が描いてあるんだろう?

 急いで裏返すと、岩山からツルハシで光る鉱石を掘り出す人の絵と「the purpose」という文字が描かれていた。

 purpose……どういう意味? 横にいたイクミさんが言った。

「目的よ」

 目的? がんが目的? どういうことなんだ? シンさんがニコニコ笑いながらやってきた。

「がんはタケちゃんに生きる目的を教えてくれるために生まれたのですよ。それをわかってあげてください。がんはギフトなのです」

 生きる目的……僕の生きる意味……それはいったい……? そもそも、がんがギフト?

 自分の部屋に戻って1日を振り返ってみた。今日は歌ったり踊ったり……。今までの僕ではついていけないことばかりだった。最初は抵抗があったけど、シンさんの笑顔と仲間のエネルギーでなんとか乗り越えることができた。

 やっぱり僕は自分でも気づかなかったけど、相当頭の固い人間みたいだ。この頭の固さががんを作り出した一因じゃないだろうか。

 そうだ、自分の頭の中に走り回る「恐れ」の声に振り回されないことが大事なんだ。「恐れ」の声に従うと、自分を守ろうと防御し、閉ざして固くなる。固くなると冷たくなる。その結果として様々な病気になるんじゃないだろうか。

 今日は意外に楽しかった。歌ったり踊ったりすることがこんなに楽しいだなんて、思ってもみなかった。まずゆるむこと、そして暖めること、楽しむことが大切なんだ。

 そういえば、子どもの頃はいつも歌ったり踊ったりしてたっけ。つまり子どもの心、無邪気な心を取り戻すということが大切なんだ。それがいずれ、がん細胞を消していくことにつながるんじゃないだろうか。シンさんは、それをみんなに体験で悟らせようとしているんじゃないだろうか。

 翌日は早朝から山歩きだった。太陽が昇る前、まだ暗いうちにホテルを出発した。

 暗い森を歩いているうちに、だんだんと空が明るくなってきた。それとともに鳥たちがピピピとさえずり始めた。僕たちは山を降り、ふもとの秩父神社の境内で朝日を迎えた。朝の空気で澄み切った境内には、僕たちしかいない。

 ドン、ドン、ドン……。

 境内の奥から荘厳な太鼓の音が聞こえてくる。

「毎朝、祝詞を上げているのですよ。誰もいない、誰も知らないところで毎日毎日、何百年も昔からずーっと祝詞を上げ続けているのです。すごいこと、素晴らしいことだと思いませんか?」

 シンさんは微笑みながら尊敬のまなざしを境内の奥に送った。

「ほら、太陽のエネルギーを感じてみてください。あったかいでしょう?」

 シンさんが微笑みながら太陽に手をかざす。僕たちもみな、同じように手をかざしてみる。

 本当だ。手のひらが温かい。太陽のある場所とないところでは全然暖かさが違う。太陽の暖かさが大きな愛情のように感じられた。

「太陽のエネルギーは朝が一番澄んでいていいんです。さあ、深ーく深呼吸をしましょう」

 シンさんが大きな口をあけて新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。僕も同じように大きく新鮮な空気を吸い込んでみる。朝の空気と神社の神聖な氣のせいだろうか、身体が軽くなったように感じた。

 朝食後に軽く休憩をしてからワークが始まった。また歌からだ。

 三つのパートに分かれて歌を重ねていく。僕はカズミさんと一緒に声を合わせた。カズミさんの声は素晴らしい。低く威厳に満ち、そしてなぜか暖かだった。

 まるで神様の声みたいだ、と僕は思った。

 彼に導かれるように僕の中から声という音が引き出されていく。女性たちの声も素晴らしい。低いパートの女性の声は力強い生命力を表し、高いパートの女性の声はまるで天使のささやきのようだった。そして、三つのパートが重なり合ったとき、僕の心の中から何か抑えきれない熱いものが湧き上がってきた。

 なんだ、何が来てるんだ?

 まずい、このままだと……!

 その瞬間だった。涙があふれ出した。自分でもわからない、止められない。声が震え、うわずる。涙がどんどん湧き出してくる。

 すると、まるでそれに連鎖したかのように歌っていたみんなの目からも涙があふれ出した。横のカズミさんも泣いている。シンさんも泣いている。女性たちも泣いている。僕たちはみんな泣きながら歌を歌った。

 歌い終わった後、シンさんが涙で頬を濡らしたまま、僕に顔を向けた。

「何が起こったんですか? ぜひ、聞かせてください」

 僕は少し恥ずかしかった。今まで一度も人前で涙を見せたことはなかった。

「はい……。なんて言ったらいいのか……波動、波動ですかね」

「波動……ですか?」

「そうですね……言葉にすると月並みですが、愛でしょうか。愛の波動、振動にアクセスしたというか……つながったような気がします。そしたら、涙がどっと出てきて……」そこでまた泣きそうになった。

「大変よい経験をされましたね。愛の波動につながったんですね」シンさんは慈愛に満ちた笑顔で僕とみんなを見回した。

「そうなんです。この波動、愛の波動が全てを癒すんです。病気と闘ってはいけません。そうじゃなくて病気を愛するのです。がんを愛するのです。がんはそれを教えるために生まれてきたのですから。身体の中にいる最高の医師である自然治癒力を信じるのです。そうすれば、がんは自然と消えていくでしょう」

 夜、シンさんがチェロでコンサートをしてくれた。

「チェロの音は人の声に近いのです。身体を癒す音なのですよ」

 すると、カズミさんが言った。

「私もギターを持ってきているのですが、参加していいでしょうか?」

「ええ! もちろんです! 素晴らしい!」シンさんは満面の笑みを、さらにはちきれんばかりに輝かせた。カズミさんはなんと世界的に有名なアーティストだったのだ。そんな有名な人に楽譜を教えてもらっていたとは……。

 2人のアンサンブルが何曲か続いた後、僕は手を挙げリクエストをした。この2人の音で「アメイジング・グレイス」が聴きたくなった。

「いいでしょう」2人は目を合わせると、ニッコリと笑った。

 ケルトの少し悲しげな旋律がチェロから流れ始めた。カズミさんの暖かなギターの音がそれを支えるように寄り添っていく。二つの楽器の醸し出す音が、波動が、周波数が、部屋を満たしていく。

 その音はまるで「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」とささやいているようだった。そのとき、紛れもなく僕たちは愛の波動に包まれていた。ふと気づくと、僕の頬を涙が濡らしていた。横を見ると、みんな泣いていた。

 それは僕にとって一生忘れることのできない、アメイジング(驚くべき)グレイス(贈り物)だった。 

 ワークショップの最終日、参加したみんなが輪になって自分の体験、気づいたことを自由に話し合った。シンさんは言った。

「生きているでしょう、今。それに感謝するんです」

 みんな2日前に初めて会ったとは思えないほど、心がつながっていた。自然にハグが始まった。涙があふれてきた。その1人が言った。

「タケちゃんはがんを治して、シンさんみたいな人になる気がする」

次回、「14 治療方針を決める」へ続く

僕は、死なない。POP


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