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なぜ戦闘力を正面戦闘力と縦深戦闘力の二つに分けて運用すべきなのか?

以前の記事で戦いは力、空間、時間という3つの要素の組み合わせとして分析することができると解説しましたが(軍事学では力、時間、空間の三要素の組み合わせとして戦いを考える)、特に戦闘力と空間の関係に注目して分析する場合、戦闘力を正面戦闘力と縦深戦闘力に分けて考えることができます。

この記事では、正面戦闘力と縦深戦闘力の違いを述べた上で、その区別が運用でどのような意義を持つのかを解説してみましょう。以下の解説では、少なくとも複数の師団、旅団で編成された大部隊の運用を想定していますが、編制の知識を前提にしているわけではありません。

正面戦闘力と縦深戦闘力の運用がなぜ重要か

まず、正面戦闘力は作戦部隊が第一線に展開する兵力の戦闘力をいいます。つまり、敵と直接的に交戦する兵力の戦闘力を意味します。これに対して縦深戦闘力は第一線に展開しておらず、その後方に拘置される予備兵力の戦闘力をいいます。

戦闘が開始されると、部隊はまず正面戦闘力で敵と交戦します。この正面戦闘力は戦闘の経過とともに消耗していきますが、予備兵力は戦闘に参加しないので、戦闘の推移に応じた運用が可能です。例えば、消耗が激しい部隊と交代させて、第一線の陣地を保持することや、側面に回り込んできた敵の部隊の前進を阻止する、といった柔軟な運用ができるのです。

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正面戦闘力と縦深戦闘力を分けて運用することは兵力の逐次使用であり、間違っているのではないかと思われるかもしれません。しかし、軍隊の運用において兵力の逐次使用は必ずしも間違っているわけではありません。大規模な戦闘の勝敗が最初の激突だけで決まることはほとんどないためです。

言い換えれば、戦闘はある程度の時間の経過の中で勝敗が決まっていくので、持続的に戦闘力を発揮できなければなりません。予備兵力の縦深戦闘力があれば、最前線の部隊が疲弊し、正面戦闘力が低下してきたとしても、部隊交代などで正面戦闘力を回復することができます。

戦場の面積にもよりますが、正面戦闘力を最大化するためにすべての兵力を最前線に展開すると、兵力の密度が高くなってしまうという問題もあります。第一線に展開する兵力の密度が過剰に高まると、道路の交通容量を圧迫し、移動の統制や補給の効率が阻害されてしまいます。何よりも深刻なのは、味方の兵力が密集すると一回の砲撃や空爆で失われる兵力が増加してしまうことです。つまり、過密状態では部隊の防護が難しくなってしまうのです。

戦闘力の集中は確かに攻撃において最も重要な原則の一つなのですが、あらゆる場合において兵力の逐次使用が間違っていると考えることは大きな間違いです。

近代システムにおける縦深戦闘力の運用

縦深戦闘力の運用の効果を理解するために、ここではアメリカの研究者ビドル(Stephen Biddle)の『軍事力(Military Power)』の一部を紹介します。ビドルは近代以降、特に第一次世界大戦以降に列強の陸軍で普及した作戦部隊の運用方式を近代システム(modern system)と呼び、その基本的な特徴は縦深戦闘力の運用であることを説明しています。

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