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メモ 政治家に倫理観を期待するのではなく、制度で行動を制御することの重要性

政治家になる人々は普通の人間であって、私利私欲と無縁であるという保証はありません。時には不正に走り、国民に損害を与える恐れがあることも想定しておかなければなりません。政治家の不正を抑止する場合、不正を行った場合に手に入れることができる利益に対し、それを上回るような不利益を罰として課すことが重要になります。このような考え方は原則としては妥当なのですが、あまりにも極端な制度を実装すると、逆効果になる場合があります。

この難しさを説明するために、次のようなルールを備えた政治制度を考えてみましょう。政治家が予算の使い方が少しでも公共の利益に反すると1%の有権者が評価した場合、次の選挙で再選される見込みはがゼロになるというルールを作ったとします。政治家の立場で考えた場合、この政治制度の下では再選のハードルを極めて高くなります。多くの人々は、それだけ政治家が頑張って政務に取り組むことを期待するかもしれません。しかし、どれほど努力して政務に取り組んだところで、わずか1%の有権者の評価で再選が不可能になるなら、むしろ解任されることが確実だと予想しても不思議ではありません。その場合、政治家はさっさと再選されることをあきらめ、目の前の予算を自分の利益追求のために使い尽くした方が最終的に手に入れる利益を最大化できることになります。

このような推論から、政治学者は極端に厳格なルールを設定すると、それは政治家の不正を防ぐどころか、かえって不正を誘発する政治制度になると考えます。これは多くの人々の直感に反すると思いますが、モラル・ハザードと呼ばれている行動として知られているものです。したがって、政治学では政治家の利益追求をやみくもに禁じるルールを設けるだけでは、むしろ逆効果であると考えます。契約が短期で終わり、その後は業務に関わることがない労働者が、企業の長期的な利益に反するような裏切りを選択するリスクが大きいことと原理的にはよく似ています。

政治家のモラル・ハザードを予防するためのメカニズムとして、近世のヨーロッパでは権力分立(separation of powers)というメカニズムが導入されてきました。権力分立のメカニズムは現代の民主主義国で広く採用されていますが、これは政治家のモラル・ハザードを防止する効果が実証されてきたためでもあります。権力分立にはさまざまな形態がありますが、ここでは大統領制を踏まえた権力分立のメカニズムを考えてみます。大統領制では、政府を構成する政治家と、議会を構成する政治家が別々に選挙されており、政策を立案し、決定し、実施するためには両方が承認することが必要となります。

権力分立のメカニズムの下であっても、政治家は再選をあきらめ、モラル・ハザードを起こす可能性はあります。しかし、もし政府を率いる政治家がモラル・ハザードを起こし、予算をすべて自分の私的な利益のために配分しようとすると、そのような予算編成は再選を目指す議会の政治家が否決することになります。もし政府の政治家が議会の政治家を懐柔しようとすれば、政府はそれだけ議会に分け前を配分し、議会にも再選をあきらめモラル・ハザードを行うように仕向けらることが必要ですが、そのためには自分のために操作しようと思っていた予算の多くの部分をあきらめ、関係者への賄賂に回さなければならなくなります。これはモラル・ハザードを行うこと自体の利益を大幅に減少させることになります。むしろ再選を目指して公平公正な予算の編成と執行を目指した方が自分にとって利益になると思わせることが可能になります(もちろん、それが絶対的に保証されるわけではありません)。

権力分立のメカニズムは、重要な決定の際に複数の人間の承認を必要とすることで、不正な行為を完遂するためのコストを引き上げ、それによって最終的にモラル・ハザードを予防することができます。権力分立のメカニズムの強さについては、アリストテレスの混合政体、ジョン・ロックの立憲主義、シャルル・ド・モンテスキューの三権分立などの議論で繰り返し確認されてきましたが、現代の政治学では数理分析も行われています。例えば、Torsten Persson、Gerard Roland、Guido Tabelliniの共著論文「権力分立と説明責任(Separation of Powers and Political Accountability)」(1997)は、なぜ権力分立が政治家の私的利益の追求を抑止する効果があることを理論的な分析を通じて明らかにしている研究です。これは先ほど述べた状況をモデル化し、ゲーム理論のアプローチで分析を行っています。なぜ権力分立のようなメカニズムが政治制度として有効であるかを数理的に理解したい方は、このような研究を参照するとよいでしょう。

Persson, T., Roland, G., & Tabellini, G. (1997). Separation of Powers and Political Accountability. The Quarterly Journal of Economics, 112(4), 1163–1202. https://doi.org/10.1162/003355300555457

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