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論文紹介 なぜ外交交渉の手段としてエアパワーに頼り切るべきではないのか?

国家間で戦争が勃発するには至っていないものの、極めて軍事的に緊迫している危機が発生すると、国家は武力行使を避けつつ、交渉を有利に進めるために、独特な戦略行動をとることが求められます。

例えば、自国の軍隊を動員し、戦争を遂行する意志と能力があることを相手に見せつけることも、危機において重要な戦略行動の一種です。しかし、それが常に有効であるとは限らず、相手国にそれが単なる脅しであって、信憑性に欠けていると思われてしまうと、交渉で相手から譲歩を引き出すことはできません。

国際政治学の理論では軍事力を機能や形態によって分類することがあまりないのですが、一部の研究者は危機交渉においてエアパワーには注意を要する弱点があり、これを他の軍事力と区別して扱う必要があると考えています。以下の論文はそのことを主張したものです。

Post, A. (2019). Flying to Fail: Costly Signals and Air Power in Crisis Bargaining. Journal of Conflict Resolution, 63(4), 869-895. https://doi.org/10.1177/0022002718777043

危機交渉を分析する場合、自国の立場を受け入れるように「説得」を図る挑戦国と、その対象となる標的国に区別しておくことが便利です。挑戦国が成功を収めるためには、抵抗した場合に標的国が負わされる費用は増大していき、その可能性がますます現実味を帯びてくること、標的国の利益は失われ、抵抗が成功する見込みがないことを認識させなければなりません。

しかし、標的国の首脳部は情報の不足、あるいは情報の誤りから、挑戦国の意図や能力を見誤るかもしれません。このため、挑戦国の対外政策では、標的国の首脳部の状況に対する認識、信念、期待を変えるように、自らの意志と能力をはっきりと示すことが重要です。このような行動はシグナリング(signaling)と呼ばれています。

シグナリングにはさまざまな種類があります。軍事演習を実施すること、兵員を動員すること、装備品を展開すること、あるいは実際に何らかの軍事作戦を遂行することは、いずれもシグナリングと見なすことができます。このような行動を通じて挑戦国は標的国に情報を渡し、武力行使の恐れがあることを強く推測させることができるようになります。

しかし、シグナリングの効果はその行動の規模や性格によって大きく異なると考えられています。なぜなら、シグナリングにかかる費用や、それを実行するために負わなければならない危険が大きくなるほど、挑戦国の決意の強さを推測しやすくなるためです。標的国が挑戦国の決意を強く評価すれば、莫大な費用がかかる戦争に至る前に、外交交渉で譲歩した方が賢明ではないかと考えやすくなるでしょう。

著者の見解では、このような交渉戦略を考えた場合、航空戦力を中核としたエアパワーには弱点があります。なぜなら、エアパワーを使用した場合に発生するであろう人的、物的な費用は比較的小さく抑制できるためです。

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