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掛け値なしのフィクション「星を継ぐもの」

この本を古いものとして扱うことはできないです。
1977年出版の本ですが、内容としてはその先の未来までを鮮明に描いているので、今の世界がその時代に至るまでは新しい本であり続けるものだと思います。

あらすじ

月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行なわれた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。ほとんど現代人と同じ生物であるにもかかわらず、5万年以上も前に死んでいたのだ。謎は謎を呼び、一つの疑問が解決すると、何倍もの疑問が生まれてくる。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見されたが……。

数字との向き合い

SFとの向き合いとして、避けては通れないのが数字です。
より明確に言えば年号です。

先の未来を描くにあたって、大雑把にこんな世界になってるかもね、と予想を立てることは簡単です。
ただ、それを具体的な年号で表すのはほぼ不可能なのです。
そんな無理難題に対して、上手すぎる言い逃れとして「20XX年」というフワッとした表現が用いられるようになりました。

しかしこの本は、そんな無理難題に対して真っ向から向き合っているのが分かります。
以下抜粋です。

〈ニューヨーク・タイムズ〉 
二〇二八年一〇月一四日第一面特集 
ルナリアン惑星の存在を確認

ここで重要なのは、その未来予測が正確であるかではなく、この本が出版された当時の価値観を引き延ばしてこの未来予測に当てはめた場合、きっとこうなっているであろうという共感を得られた点にあります。

この本が出版された当初は宇宙開発全盛の時代です。
1969年にアポロ11号が月面着陸成功したことなどが代表例であるように、この時代はアメリカとソ連の宇宙開発競争が激化していました。
そんな価値観だった時代に、ここまで鮮明な未来を描いた本が売れないわけがありません。

例えそれが今の時代と照らし合わせた場合にまるきり違う予測だとしても問題はないと思います。

そもそも1977年の時点で我々現代人がまさか電脳世界で生きていこうとしているとは思わないでしょうし、そんな本を読みたいと思うかも分かりません。

要はこの本を読んだときに「新しい」と思えるかどうかがSF小説としての命運になると思います。

それで言えば、宇宙開発に関してはこれからAmazonなりSpaceXなりが仕掛けていく分野であって、まだまだ発展途上でもあります。

それまでは色褪せない小説として残り続けていくでしょう。

過程が一番面白い

この本のどこか一番面白いかと問われれば、まず間違いなく過程の面白さが挙げられます。

SF小説ではあるのですが、別の言い方をすれば推理小説でもあると思います。

真っ赤な宇宙服を着た人間と同じ性質の生き物、それがどのような進化を辿ってこの形態になったのか、それを一つ一つ解きほぐしていく快感は推理小説にも似たものを感じました。

そして終盤への盛り上がりもすごかったです。
以前僕はSF小説の大雑把な定義として「前提を覆した上で一般的な価値観に則る」という表現を用いました。

この小説においてもその定義が適用できそうです。
しかもそのひっくり返し方が見事です。

序盤、中盤で心地よいS F解剖物語だったところから、終盤で一気に盛り上がりを見せてきます。

サカナクションの「ミュージック」を聴いているときみたいな感覚でした。

決め付けは悪

おそらくここが作者の乗せたかった一番の想いだと思います。

常識的に考えればこう、習慣的な意識に基づけばこう、といったものは結果によってことごとく否定されています。

世紀の大発見をしたはずの古生物学教授が、分からない小型装置に関しては川に放り投げて、専門分野である頭蓋骨の断片に関しては「眉のあたりの隆起に気が付いたかね?」と言ったシーンは、まさにその想いが内包されていたものだと思います。

SF小説という発想第一の世界にあって、想いを乗っけてしまうと風味が薄れてしまうのですが、それでも伝えたかったものがここにはあるのだと思います。

僕個人の体験でも、決め付けで何かをした時には良かった試しがないので、この本を機にそういう考え方は改めたいと思いました。

感想

SF小説を読んだ、というよりは現実の物語を読んだ、という感覚の方が近かったです。
最近「コンテナ物語」という、コンテナが導入されることによって世界が変わっていく過程が記された本も読んだのですが、読了感はそれとほとんど同じでした。
ただラストでの盛り上がりを含めればやはりフィクションに軍配が上がります。
タイトルに「掛け値なしのフィクション」という言葉を用いたのは、それだけこの本が現実に寄り添い、忠実に作られているかを伝えたかったからでもあります。
四方八方に話が展開する無茶苦茶なSFがあれば、忠実に、丁寧に練り上げられたSFもまた別の味として楽しめました。

後々調べたところによるとこの本には続編があるみたいなので、また機会を見つけて読んでみたいと思います。

以上です。

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