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よそ者から見る美しさ「雪国」

言葉と心と情景と、その全てがただ美しく表現されていました。ノーベル文学賞ここにありです。
本当に語彙のある人は余計な言葉を使わないんですよね。
簡単に使える言葉だからこそ、それを扱いこなすにはまた一つの難しさが乗っかります。
これを原文のままで読めるのは、日本語を介する我々だけの特権だと思っています。

冒頭

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

あまりにも有名な一節から始まる本書ですが、個人的にはこれに続く言葉選びの方が鳥肌が立ちました。

夜の底が白くなった。

雪が積もった夜の情景をここまで簡潔な言葉で表現できてしまうのがノーベル文学賞たる所以なのでしょう。
夜の底が白くなった、一回でいいからこんなこと言ってみたいです。

反響する音は雪に沈んだ。

悪くない気がします。

自己満足甚だしいですが。

構成

本書を読み進める中で一番気になったのは島村の無個性っぷりでした。
これに関して、読了後に目を通した考察で納得したものがありました。
島村は鏡の役割を果たしている、というものです。

本来、島村は不倫をするためだけに温泉街へ赴くようなカスなのに、その男の内心を描いた描写があまりないのは違和感があります。
これはつまり、作中頻繁に描写されていた鏡からの見え方、その役割を主人公自身に課すことで、駒子、葉子の二人を同様に鏡写し的な見方ができるよう仕掛けてあるのだと思います。

真っ直ぐ見据えた描写からでは見えすぎてしまうものも、鏡越しに見たものであれば、脳が反転の処理に戸惑ってところどころが欠けてしまうものです。
結果として少ない言葉からでしか彼女たちを形作ることができません。
この曖昧な表現が、特に葉子の人としての危うさに拍車をかけています。

省略文章

文章の美しさを求め続けた結果だと思うのですが、本書では大事な場面だったり心象だったりが丸々削られています。

後になってやっと気付いたことですが、島村と駒子はどう考えても性行為をしています。

しかしそれに関する描写を丸々削って、駒子が部屋を訪れてから朝が来るまでを滑らかに表現しています。
ここで行間でも開けてくれれば察することができたのですが、当たり前みたいに朝が来ていたので気が付かなかったです。

この省略文章、文体を美しくする作用があるのはもちろんなのですが、上述のように僕みたいな馬鹿を騙すこともできます。

これの何が凄いかというと、子供と大人とで本書の理解度に階層を作ることができるということです。

指の匂いを嗅ぐことが性行為の暗喩だなんて純粋な子供には分かりません。
しかし大人であればこれが分かってしまいます。

結果として、子供が読めば純愛小説、大人が読めば淫らな小説と、物語の理解度を受け手の度量によって区別することができます。

よそ者だけが綺麗だと言う

綺麗かどうかなんて、外にいる人にしか分からないものです。
なぜなら中にいる人にとってその景色は日常であり、当たり前のものに改めて美しさを見出すのは難しいです。

意図的かは分かりませんが、本書では冒頭ほど美しい情景描写をしていません。

これの意味するところは、島村というよそ者が温泉街に入り浸るうち、その景色が非日常から日常へ移り変わってしまったものと思われます。
まあ同じ情景を何度も描写するのは意味がないので、そういう理由もあると思いますが。

結果として駒子と懇意になり始めた島村は、その関係性を若干鬱陶しがるようになります。

島村の求めていたものが非日常であったのに対し、駒子が求めていたものはずっと側にいてくれる何かです。
ここで食い違いを起こしている二人の関係性は、途中で物語が閉まっているためなんとも言えませんが、おそらくどこかしらで破綻するでしょう。

今後一生背負うかもしれない気が違う荷物と、お先がそこまで明るくない地方の芸者としての仕事を考えると、駒子はどこまで行っても報われない女性なのが分かります。

ちなみに僕はそんな駒子を美しいと思いますよ。
とはいえ背負うことはできないですが。

感想

久々に日本文学に触れたのですが、こんなに凄かったかなと面食らいました。
ここのところ海外文学の特に分かりやすい翻訳本ばかりを読んでいたからか、原文だけが持つ洗練された言葉の連なりに衝撃を受けました。
いろいろと思うところはあるのですが、とりあえずは日本語が読める自分で良かったです。
本書の舞台になっているのが新潟県にある越後湯沢らしいのですが、あれだけの情景描写を魅せられた今となっては一度足を運んでみたくなりました。
多分同じことを思う人がたくさんいると思うのですが、小説が観光のきっかけになるというのも珍しい話ではないでしょうか。
新海誠の「君の名は」のヒットを受けて岐阜の飛騨高山が聖地として取り上げられたりなど、美しい作品の生み出す影響力は計り知れないものがありますね。
とりあえずは早いとこ越後湯沢へ行って、他人事みたいに「綺麗だなぁ」と言ってみたいです。
以上です。

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