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感染症と食肉加工 裏に潜む格差(3/4)

◎要約
世界中、特にアメリカにおいて、食肉加工場での感染が拡大している理由として、物理的要因、社会的要因、経済的要因が挙げられる。とりわけ、有色人種や移民を取り巻く状況や「格差」が事態を悪化させており、状況改善、再発防止のため、速やかな改善が求められる。

前回まで、食肉加工場での感染拡大の状況と背景を紹介してきました。

そこで、今回は、本題の食肉加工業で感染が拡大している原因を解説します。

①感染の状況 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(1/4)
②感染の背景 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(2/4)
③感染の原因 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(3/4)
④感染の対策 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(4/4)

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③感染の原因


前回の記事で、アメリカの食肉加工場の感染率が一般的な食品工場の20倍以上あることから、閉鎖空間以外に原因がある可能性を指摘しました。

では、なぜ、食肉加工場、特にアメリカの食肉工場で広がっているのか、という疑問を解き明かしていきます。

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手っ取り早く、結論を述べると、
・物理的要因
・社会的要因
・経済的要因

の3つが大きいと言われています。

これはどういうことでしょうか。


まず、物理的要因について。

第一に、食肉工場がそもそも物理的に感染しやすい環境になっているというものです。

後述する通り、空気、温度・湿度、衛生面等の問題もありますが、中でも大きいのは、ソーシャルディスタンスを保ちづらい職場環境です。

食肉加工業は、労働集約的で、未だに肉体労働に依存しており、驚くほど機械化が進んでいません
冷房効率を高めるために手狭に設計された工場内では、百人、千人単位の労働者が、家畜を吊り下げたフックやコンベイヤーの前で肩を並べて働いています。
また、数秒で担当部分の解体を終えて、次の肉へと移るという生産ラインの激しさから、呼吸がしづらく、適切な位置にマスクを保つことが容易ではありません。

そのマスクに関しても、ある大手の食肉メーカーは、従業員5000人以上の感染が発覚するまで、PPE(個人防護具)を完備する等の対策を講じていなかった、という俄かには信じがたいニュースもあります。


また、病原体が肉に付着しないようにするための循環型の換気システムも一因で、換気扇の風速が早く、飛沫やエアロゾルが工場内で拡散されやすいという点も挙げられています。

静菌性を保つための低温での労働環境も関係があり、何時間も冷蔵庫のような環境で作業することで、体力を消耗し、抵抗力が弱りやすくなります。
冬季に風邪が流行するのと同じで、低温で乾燥した環境は、病原菌が長時間安定して浮遊しやすくするとも言われています。

労働環境に関して言えば、肉の洗浄と殺菌に使用する化学物質への度重なる暴露で、呼吸器系の慢性疾患を抱える人が多いことも原因として指摘されています。

さらに、交代制のシフトになっていることも一因で、10時間近くも密接しながら働き一斉に休憩に入り密集状態で同僚と会話・食事するという環境も少なくないようです。

数百人が一度に休憩時間に入るにも関わらず、トイレが不足しておりオムツを履いて長時間作業させられるという信じがたいケースも報告されており、公衆衛生が保たれていないといった現状もあります。

一方で、一般的な感染症の感染経路として指摘されている畜肉や糞便に関して、肉が今回のウイルスを媒介するかどうかという点は、まだ判明していません

隣国では、生鮮市場で鮭を捌いたまな板からウイルスが検知され、魚肉自体への感染が確認されていないにも関わらず、市民の不安が高まっています。

家畜自体に感染(以前の記事で説明した"spill-over"が発生)しない限り、食肉を介した感染経路は考えにくいですが、今回のウイルスは、イヌ科やネコ科、イタチ科等、哺乳類への感染が既に報告されており、類縁ウイルスがウシやブタ、ニワトリ等へ感染することが確認されています。
類似のMERSはラクダが中間宿主となり、食肉処理場から広がったことからも、家畜が感染を媒介する可能性については注視する必要があります。


次に、社会的要因について。

前回の記事で言及した通り、食肉工場の労働は有色人種や移民に依存しており、不法就労者も少なくありません。

こうした人々は、家族や同居人、同僚と同じ車で通勤したり、車や免許がなく、会社のシャトルバスなどで遠くから通勤する場合もあり、通勤経路でも濃厚接触が疑われています。

勤務時間外でも、何世代もの家族や複数の同僚と同居していることが多いことも、感染リスクを上げていると言われています。
人口密度の低い田舎での感染が拡大しているのには、食肉加工場内と家庭内の「密度」が関係しているという指摘もあります。
※刑務所やホームレスシェルター、介護施設、そしてクルーズ船も、その屋内密度や共同生活環境が感染リスクを上げていると言われています。

不法移民だけではなく、前回の記事で取り上げたように、アメリカの食肉業界は、移民や難民、とりわけ有色人種に労働力を依存しています。
食肉加工労働者の5割以上が移民と伝えましたが、実際、スペイン語を中心に40もの外国語が話されているといった食肉工場もあるようです。

また、人口の3割しか占めないアフリカ系・ヒスパニック系が、人口の6割も占める白人より、新型肺炎の陽性率が2倍近く、入院率や死亡率が5倍ほど高いことも明らかになりました。

医療保険の未加入率に関して、ヒスパニックや黒人は白人の数倍と、有色人種の医療へのアクセスも問題になっています。
食肉工場の労働者は、健康保険の未加入率が15%を超えるというデータもあります。

さらに、こうしたマイノリティは、白人よりも最前線の職業に就くブルーカラーが多く、前回の記事で報告した通り、ヒスパニック・アフリカ系だけで、食肉解体業の労働者の4分の3を占めます。
実際に、食肉工場における感染者の大半が、ヒスパニックなど白人以外と見られています。

こうした人種と感染症の関係は、10年前の新型インフル時にも確認され、マイノリティの感染症に対する脆弱性が叫ばれていました。


しかしながら、こうした問題はアメリカだけではありません。

世界に目を向けてみると、オランダのある食肉会社では、労働者の大半が東欧からの移民であると回答しており、カナダオーストラリアでも、移民に食肉加工を頼っている現状があります。

第一回の記事で感染者の多さを指摘したドイツでは、食肉工場の労働者の6割から8割が東欧からの移民で、感染者の大半を占めていることが報じられています。
アメリカ同様、共同生活する移民労働者が多かったことも原因とされていて、一部屋に5-6人が生活し、一軒に20人が暮らすような共同住宅も判明しています。

そうしたことが災いし、一つの工場で1000人以上の感染者が出るという、アメリカ並みの惨状も、先日報告されました。


最後に、経済的要因について説明します。

食肉加工業は、切断や切傷等の労災も絶えず、厳しい労働環境もあり、いわゆる3Kの仕事になっています。
しかしながら、前回の記事で報告した通り、労働者の待遇は決して恵まれたものではありません。

驚くことに、食肉加工の最前線で働く労働者の45%が低所得世帯(4人家族であれば世帯年収が5万2千4百ドル未満)で、12%が貧困世帯と報告されています。
※アメリカの全労働者の20%が低所得世帯、7%が貧困世帯

この背景には、社会的要因として説明した、有色人種や移民の問題も深く関わっています。
低所得・貧困層は基礎疾患を持つ人が多く、食肉工場のように3密職場で働く人も多いため、結果的に、物理的にも感染率や死亡率が高いとされています。


また、食肉加工業の派遣制度も問題の一つです。

直接雇用ではなく、請負業者から派遣されることも多く、待遇や安全衛生の管理が疎かになり、先述のような物理的要因にも繋がります。

派遣制度は就労管理の杜撰さも引き起こしており、食肉業界の不法就労者の割合は、3割を超すとも言われています。
※前回の記事で言及した、日系資本の食肉メーカーも、IDや就労許可の確認を怠り、不法移民を何百人も雇用していたとして告発されています。


不法移民に関して言うと、病気休暇がない等、待遇面でも不利があり、連邦給付金(や州によっては失業保険も)を申請できず、勤務を継続せざるを得ないという背景もあるようです。

さらに、トランプ政権下での厳しい移民政策もあり、感染や不法就労がバレて失職するのを恐れて不調を報告せず、勤務を続けて新型肺炎を拡大させるということも指摘されています。

一方で、感染による病欠や、感染リスクに対する恐怖から欠勤率が高まる中、雇用主側は逆に賃上げやボーナス配布などインセンティブを付与することで、生産能力を維持しようとしています。

現在、こうした命がけの労働が、社会基盤やフードシステムの支えになっているというのが現実です。


食品工場ではなく、食肉工場、特にアメリカの食肉工場で感染が爆発した理由について。

一般的な食品工場の労働者は、その比率が少なく、ヒスパニック・アフリカ系は半数を下回りますが、食肉処理現場では有色人種が8割、移民が過半数を占めます。
ソーシャルディスタンスを保てない等、物理的要因に加え、こうした差も、食肉工場が一般的な食品工場の感染率の20倍を超える原因の一つと考えられます。

先述のドイツのような問題が報告され、欧米に同じ現象が見られていますが、食肉加工従事者の感染率は、欧州よりアメリカの方が10倍近いと報告されています。
国としての感染者総数が異なるため、単純に結論付けできませんが、食肉工場の労働環境が国によって違い、物理的な感染リスクに差があるためというより、労働者の社会的・経済的格差という要因の方が大きいと考えられます。

アメリカにおける、移民や有色人種に関する問題の根深さは、これまで紹介してきた数字にも現れている通りです。


最後に。

以上、物理的、社会的、経済的と原因を分けましたが、元を正せば全ては「格差」に起因すると言っても過言ではありません。

こうした厳しい格差と食肉加工現場の現状を踏まえ、食肉工場での労働を「現代の奴隷制度」とまで評する記事もあります。

先述の通り、食肉工場の労働者は、物理的にも感染しやすい労働環境を強いられ、社会的にも経済的にも虐げられているという事実は否めません。

とどのつまり、食肉工場は、欧米、特にアメリカ社会の縮図であり、格差問題が感染爆発という形で如実に現れているのです。

現在の感染拡大を食い止め、将来的な再発を防ぐためにも、これらの問題の一刻も早い改善が求められています。

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以上、アメリカの食肉加工現場で感染症が爆発した理由を解説し、物理的な要因に加え、社会的・経済的格差が関わっていることを報告しました。

では、これら食肉工場で感染拡大を招く要因をどのようにして改善することができるのでしょうか。
そこで、次回は具体的な予防策を紹介したいと思います。


※後書き

現在、白人警察官による黒人の暴行死に端を発し、全米規模で人種差別に対する抗議活動が行われています。中には暴徒化したり、破壊・略奪行為に発展するケースも散見されています。

ロックダウンした都市で、経済再開のための抗議活動が盛んに行われた根底に格差があることが報告されていました。
契機や抗議対象が異なりますが、これらの活動の背景としても、格差問題が一部指摘されています。

さらには、デモに参加した集団内で感染が起こる可能性も不安視されています。

こうした社会的・経済的格差は、今回のパンデミックでさらに悪化することが予想されており、格差と感染症の負の連鎖で、ますます社会が分断される可能性があります。
格差と感染症は表裏一体とも言え、それぞれがそれぞれに及ぼす影響は計り知れません。

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