見出し画像

麗しのボーイ・ソプラノ

題名は忘れたが、ウィーン少年合唱団を主人公とした映画に、声変わりを扱ったものがあった。
少年の一人が、変声期を迎えて大いに悩むというお話。

俺の変声期は小学校4年ごろ、突然やってきた。
風邪でもないのに、なんだか声がかすれて、うまく出せない。
時々ガマ蛙のような無様な声になる。
喉に何やら、たちの悪いできものでも、できたのではないかと心配になった。

翌日には、すっかり声が変わっていた。

野太い声。

声変わりのことは、もちろん、知識としては、頭になかったわけではない。
しかし実感が湧かなかった。
どうしても信じられなかった。
だって少なくとも一昨日までは、先生も絶賛する、ボーイ・ソプラノだったのだから。
自分でも少しばかり自慢だった。

それが、このおやじ声だ。
許せない。
物凄く傷ついた。

話は、しかし、これだけで終わらない。

時の過ぎ行くままに、さすがに俺も、運命を甘受するようになっていた。
気に食わないけど、諦めるしかない。
少しずつ慣れていった。

そんなある日、親父の大事にしていたオープンリールのテープレコーダーを内緒で、いじくって遊んでいた。
自分の声を吹き込んでみたのだ。

「あ~あ~、本日は晴天なり…」とかなんとか、でたらめにしゃべりまくって、ちょっと歌なんぞも入れてみた。

再生する。

「あ~あ~、本…」

それ以上は、とても我慢できなかった。
すぐにスイッチを切った。

なんという、おぞましい声。

あまりのおぞましさに、すっかり度を失った俺は、すぐさまそのテープを火に焼べた。

燃やしているところを運悪く、親父に見つかった。

「な、なにしてるんだ!」

俺はひたすら、どぎまぎするしかなかった。
録音したものを消せることは、もちろんわかっていた。
頭ではわかっていたのだが、気が動転して、そこに思い至らなかったとしか言いようがない。

それに懲りて、もう二度と再び、自分の声を録音しようなどという愚挙には、走らなくなった俺である。

この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?