見出し画像

このミス大賞隠し玉『不動のセンター 元警察官・鈴代瀬凪』(本の感想)

こんにちは。とらつぐみです。

毎月読んだ本の感想を綴る連載「今月の本」、今回は柊悠羅先生の『不動のセンター 元警察官・鈴代瀬凪』(宝島社文庫)を読みました。

この作品は2022年の第20回『このミステリーがすごい!』大賞の最終候補作で、柊先生はその「隠し玉」(受賞しなかったが将来性があると認められたもの)として本作でデビューした作家です。

筆者(とらつぐみ)はミステリや刑事ドラマはちょくちょく見るし好きだけれど、本格派推理小説や硬派な警察小説をがっつり読むほどでは……という感じですが、

表紙を初めて見た時、「アイドル」と「元警察官」というフレーズが並んでいるのはとても印象的で、どんな話だろうとわくわくしながら読み始めました。

*以降は中身の感想を書いていきます。内容に触れつつネタバレはなるべく避けていますので未読の方もご安心ください。もしあったらごめんなさい。

ハードボイルド×アイドル(あらすじ)

鈴代瀬凪(せな)は3人組アイドルグループ「My SeLection」のセンター。

才色兼備で歌って踊れてトークもできる、しかも格闘技の達人という、「完璧」が服を着てアイドルをしているような女性です。

実は彼女は、警察学校を総代で卒業し、その後アイドルの道を選んだという異色すぎる経歴の持ち主。

メンバーの舞奈、玲と共にテレビやイベントなどで活躍し、その経歴を武器に、違法薬物根絶のイベントに出るなど、バリバリアイドルとして活動しています。

そんな彼女がある日、メンバーの舞奈がTVプロデューサーからもらったという「白い粉」を目にします。

めちゃくちゃ怪しい。

瀬凪はその粉の出どころを調べようと極秘裏に捜査を進めますが、その途中で犯人の罠にハマり、彼女が薬物所持の疑惑をかけられ逮捕されてしまい...…というあらすじの、本格派警察小説です。


リアルさとフィクションの間で


あらすじだけ見ると少し荒唐無稽に見えますが、ストーリーの展開や語り口は重厚感があり、描写のリアルさも相まってスッと頭に入ってきます。

物語の始まりが、コロナ禍で不自由がありながら行われる握手会からというのも印象的です。

それも、「キラキラしたアイドルの世界」というよりは、見てきたかのようなリアルな「現場」の描写、その場にいる人たちの静かな熱気。

「元警察官でアイドル」という設定が上手く警察小説に馴染んでいるのは、この描写のリアルさもあるのかもしれません。

そして、それでも起こる違和感ーー何でわざわざ警察学校を出てアイドルになったんだ?というもっともな疑問。

実はこの疑問こそが、この物語の核心に迫るものであり、主人公が薬物所持の疑惑で警察に捕まって以降、物語はガラリと様相が変わります。

この辺りの構成のうまさも、ハードボイルドとアイドルという異色の取り合わせを可能にしているのではないでしょうか。

描写のという点では、随所に見られるアクション(格闘)シーンも、詳細に描かれていながらもカッコよく、迫力があります。

主人公は格闘技の達人だけあってめちゃくちゃ強い。そんな強い人いるのかよってぐらい強い。それも単に腕っ節がいいだけでなく、戦い方に華がある。

暴漢にリバース・フランケンシュタイナー極めるアイドルがどこにいます????? 

実際の逮捕術はここまで派手ではないと思いますが、かっこいいし夢がありますね。

リアルさとフィクションの塩梅というのは特に硬派な小説ほど難しいですが、そのバランスがいいなあと感じました。


巻き込まれるか、置いていかれるか


ただ少し気になった点があるとすれば、サクサクテンポよく進むストーリーに対して、若干置いていかれてるような、そんな感覚がすることでしょうか。

主人公は先述したような完璧な人間として描かれていて(もちろん彼女なりの苦悩はあるのですが)、敵も彼女を取り巻く人々も、頭が切れる人が多い印象。

そのためか、自分もその場にいた風にドキドキするというよりは、「ほえーすごいなぁ...…」と紙面の向こうにいる登場人物たちの高度なやり取りを眺める、という感覚になります。

もちろん感情移入ができないからダメ、ということはないですが(読者を置いてけぼりにする面白い作品は数多くあります)、そのあたりが少し消化不良感がありました。

本作は続編がありそうなラストになっていたので、で、続編が出たときは元警察官でアイドルという二つ以上の顔を持つ主人公の過去や、機微や葛藤といったものがより詳しく描かれていくのではと思います。

そのためにも(?)是非本作を手に取って、主人公の秘密と事件の結末を自分の目で確かめてみてください。


ーー
今気づいたんですがグループ名「MySeLection」はメンバー3人の名前(舞奈・瀬凪・玲)の最初の文字が入ってるんですね。芸が細かい(とらつぐみ・鵺)