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「何でもあり」のアクション小説: 都筑道夫『なめくじに聞いてみろ』感想(今月の本)


こんにちは。とらつぐみです。

今月読んだ本は都筑道夫先生の『なめくじに聞いてみろ』(新装版、講談社文庫)。

この本は1979年に講談社文庫発刊の本を2021年に復刊したものです。調べたところ初出は1960年代、物語自体も戦後まもない東京が舞台です。

何でそんな昔の本を、というと、たまたま本屋で見かけて「そういやはやみねかおる先生の本で『めちゃくちゃ面白い本』って出てきたな」と思って手に取ったからです(どの本かは忘れました)。


書影。復刊前の書影を見たら結構おどろおどろしかったんですが、こちらはスタイリッシュな感じ。


あらすじをざっくり言うと、

ナチスドイツで兵器研究をしていた天才科学者の息子が、父親の生み出した負の遺産、奇術のような殺人技術を学んだ殺し屋たちを次々葬っていく、アクション・サスペンスです。

...…この文だけだと「ふーん」という感じですが、読むとめちゃくちゃ面白い。正確に言うとめちゃくちゃだからこそ面白い

私が感想を書くまでもなくこの本を面白いと言ってる人は大勢いますが(そりゃそう)、私なりに読んだ感想を書いていきたいと思います。



おもしれー男、桔梗信治


この物語の主人公、桔梗信治の登場シーンはカッコいいものではありませんでした。

ある日の新宿。信号が止まってしまった銀座四丁目の交差点。その四つ角の交差点を斜め横断し、信治は交通整理の警官にツカツカと近寄り、「危ない奴がいるとこはどこだ」と尋ねます。


銀座四丁目といえばこの時計。

交通ルールも知らない、東北の山奥から東京にやってきた芋くさい青年。それが信治です。

おしめ袋みたいに、よれよれの皮かばんを、片手にぶら下げている。ボタンのたくさんついた襟の小さい服に、膝がゴムまりもようにたるんだズボンは、しゃれていえば、濃いスレート色だが、乾いた犬のウンコいろ、と言った感じだ。

『なめくじに聞いてみろ』新装版p14

服装もこんな風にもっさりしていて、夜のバーに現れると、バーテンダーがやや怪訝そうな顔をするくらいです。そして何より奇妙なのが、「殺し屋を雇いたがっている」ということです。

「知ってたら、教えてくれないか、殺し屋をやとえるようなところ」
桔梗はバアに手をついて、上半身をのりだした。(中略)バーテンはあきれて、聞き返した。
「殺し屋?」
「やといたいんだよ、殺し屋を」
「推理小説じゃあるまいし、殺し屋なんて、ほんとにいるもんですか」
「いるはずなんだ。知らないかね、どこへいったら、あえるか」
「さあねえ。なめくじにでも、聞いてみるんですね」

『なめくじに聞いてみろ』新装版p16

でも実は、信治は数十メートル先の街路樹の葉っぱを銃で射抜けるくらいの腕前の持ち主。それなのに何故か殺し屋を雇いたがっている。どうやらただの田舎者ではないらしい。

(これはアレだな、物語が盛り上がってきたら殺し屋相手に意趣返しとしてカッコよく『なめくじに聞いてみろ』って言うやつだ...…)

「(中略)ねえ、それだけの腕をもってて、どうして、殺し屋を雇いたがるのさ」
「ぼくのさがしているのは、拳銃やナイフをつかわない殺し屋なんだ。もっと特殊な殺しかたをする」
「そんなかわった殺し屋をやとって、だれを消そうというの?」
ここぞとばかりに、桔梗信治はいった。
「なめくじに聞いてみろ」

『なめくじに聞いてみろ』新装版p27

10ページ後でもう言ってた。

その後、調査会社的なことをやっている美女・啓子や車泥棒のビル、女スリの竜子などを仲間にして、信治は殺し屋たちを次々殺していきます。

目的は、父の生み出した殺人技術ーー銃もナイフも使わない、トリッキーな殺人術をこの世から消し去るため。

殺していきます、とあっさり書きましたが、読むと本当にサクサク殺していきます。テンポが良すぎて、逆に怖い。

彼らをどうやって殺すのか、というと、偽のターゲットをでっち上げて殺人を依頼し、殺害予定日時と手口を喋らせた上で、殺しにきた相手を返り討ちにする、というものです。

言われてみれば確かに、という話ですが、殺し屋は誰かを殺すために雇われた存在な訳で、自分が依頼者に殺されるとは思っていません。

その不意をうまく突いているからか、凄腕の殺し屋も案外あっけなく殺されていきます。

でも決して殺し屋たちは「モブ」なのではなく、俗っぽいのもいれば職人気質なのもいて、一筋縄ではいかない曲者揃いです。

彼らの武器は、トランプや松葉杖、マッチなど、一見するとごく身近にあるもの、というのが特徴です。

例えば背の高い大男「大竹」は、大きな雨傘を使った暗殺を得意としています。

傘の柄の先に鋭く尖らせた鉄の棒が仕込んであり、人混みですれ違った隙にそれでターゲットの心臓を一突き、という手口。

仕込み杖みたいな感じでカッコいいですね。

すれ違う一瞬、気づかれぬように傘の柄を引き抜き、相手の身体に突き刺す。それだけでターゲットの命を終わらせる、凄腕の殺し屋。これに信治はどう立ち向かったかというと、

殺し屋と同じ武器を作り、マネキンで相手の心臓に突き刺す練習を2日間して、勝負を挑む。

2日で相手の技をマスターしてそれで殺すって何???器用すぎん???
DIOのザ・ワールドを真似してできるようになった空条承太郎か???

もちろん殺し屋ごとに対抗手段は全部違うのですが、この主人公、とにかく何でもできる。奇襲とか待ち伏せとか、あまり正々堂々としてない方法で殺すこともできれば、大竹の時のように相手と同じ方法で勝負を挑んだりする。

あんなに冒頭ウ○コ呼ばわりされてたのに、動くとめっちゃカッコいい。そしてやたらめったらモテる。これがこの物語のおもしれー主人公、桔梗信治です。



起承転転転...…


この物語は、主人公が殺し屋を全員始末する、というのが最終到達点なのですが、物語の序盤でその殺し屋は「少なくとも1ダースいる」と示されます。すでに多いよ。

さらに「当初聞いてたよりも殺し屋が多い」とか「殺し屋を殺したことで恨みを買ってしまった」とか、想定外の連続で敵は増える一方です。

また、「依頼者のふりをして殺し屋を始末して回っている奴がいる」という噂が広まり(そりゃそう)、殺し屋に警戒されまくるなど、困難が次々起こります。


それでも、中盤から終盤にかけ、物語のテンポが落ちることはありません。序盤のサクサク殺していくテンポのまま、中盤以降の怒涛の展開が続いていきます。

もうこの辺りまで来てくると、主人公は田舎者の冴えない男という感じではありません。


殺し屋との戦いで重傷を負ったけど包帯を巻いたまま別の殺し屋を殺したり、ダブルブッキングした殺し屋との戦いを連続してこなしたり。

その戦いぶりはさながら超人、いや、締切に追われながら超スピードで仕事を片付けるサラリーマン感があります

(忙しい割には、一人殺すたびくらいで女の家を行ったり来たりしてるな……)


目まぐるしく展開するストーリーに振り回されつつ、それでいて映画のクライマックスの空気感がずっと続く、という感じでした



面白さ、全部盛り


……とまあ色々書いてきましたが、この本はとにかく、「物語が面白くなる要素全部盛り込めば面白くなる」という無茶苦茶なことが達成されている、そういう風な小説だと感じました。

アクション、サスペンス、エログロ、改造した義手で戦う美女、がらくたで戦う主人公、犬、やたら癖が強いモブ、恋人(男)の復讐に燃える美青年etc……

誇張ではなくこの本には全部あります。

もし未読でしたら、ぜひ読んでみて、「無茶苦茶だけど面白い」という体験をしてみませんか?

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寒暖差が激し過ぎて身体がついていきませんが皆様お元気でしょうか。寒暖差アレルギーに加え最近花粉症も出かかっています(とらつぐみ・鵺)


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