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ボクは模造犯。

ボクは模造犯である。


小さい頃から
誰かのある才能を模造しそれを少しずらし、  さも自分のスタイルかのように振る舞う。
自分に無きオリジナリティに憧れ、
今夜も模造できるモノを探して彷徨い探す。

初犯。

おそらく小学校に上がる前。現場は父について行った町内会の会合。一人、暇を持て余していたボクは父に配られた少し茶色がかった用紙をそっと自分の方に引き寄せる。そこには所々に意味のわからない文字が書かれており、そして牧場と小さな男の子挿絵が添えられていた。なんとか文字を解読しようと試みそれが徒労に終わるボクの様子を眺めていた父は、その用紙を取り上げ裏返しにして胸ポケットから1本のボールペンとともに再びボクの手元に置いた。絵でも描いていろ、という事なのだろう。きっと父は自分の息子が保育園でのお絵描きの時間が苦痛である事を知りもしないのだろ。議論に再び夢中になる父をながめて、僕はその小ささに不似合いな深いため息をついた。父の冷たい仕打ちを頭から消し去る為ボクは何気なくその用紙の両端を持ち窓から注ぎ込む光に当てた。そこには北の地に春を告げる柔らかな、か細い光に透かされた牧場の絵と小ささ男の子の絵が先程とは「左右対称」に浮かび上がっていた。ボクはその用紙を裏側のまま手元に置くとその牧場と少年を「トレース」した。普段、保育園では苦痛なお絵描きの時間とは明らかに違う感情が芽生えやがて「瓜二つ」の挿絵が完成した。でも僕は何か足りない様な気がした。そこには表にある解読不明な文字が無い。しばし考える。今にして思えばよく小説などで犯罪者が言うようにきっかけは些細なモノ、その後犯行を重ねるなどその時には思いもしなかった、って言葉はあながちフィクションではない。5歳の僕はその裏からトレースした挿絵の下に拙い字で「ぼくのだいすきなおうち」とかいた…。

再犯。

ボクは歳を重ねても犯行を重ねた。小学校の休み時間。昨夜TVで見た面白いゲームを少しルールを簡単にし、味付けとして自分達に身近な仲間や先生の要素を取り入れ、さも、オリジナルのゲームとしてクラスメイトを夢中にさせる。何処かで読んだ本の一文を少しアレンジし停滞の学級会で最後の最後に発言する。そんな可愛らしい犯罪者は人より早く「反抗期」を迎え、その犯行技術の矛先を親や先生、クラスの勉強ができる子、口うるさい学級委員の女子に向けられる。いつだってボクの勝利である。こんな田舎の学校ではボクの犯行に勝てる奴なんて、ましてや見破る奴なんていないはず。なんならものたりないとさえ思っていた。ボクの犯罪意欲を掻き立てる様な相手に出逢わないかと。そうだ。それはいつもボクが模造する相手達がきっと集うであろう場所。「東京」だ。そこでこの才能を勝負してやるんだ。そんな事を日々考える「可愛らしい」犯罪少年時代だった。

逮捕。

「はっきり言うとお前をライバルとして見た事なんか無い。そう言う意味では仲間でもないかな。ただ友達だよ。でもいいじゃんこうやって実習で何か一緒に作ってさ、打ち上げで美味しいビール飲めてたら、なっ!」

そう言うと「友達」の彼はボクにグラスを差し出し周りの数人の「友達」もグラスを持ち、おざなりの乾杯を促した。             21歳。ボクの犯行技術を試すべき「東京」に出てきて3年目の春。映像系の専門学校の卒業制作の打ち上げでボクは「友達」に逮捕された。

実際にその予兆は東京に出てきてすぐにあった。ここにはボクの犯罪行為を見抜いている刑事が確実にいる。ボクが犯行を重ねるのを泳がし逮捕に至る証拠をひとつひとつ記録しているモノ達が存在する。その気配に気づいた時、ボクは「恐怖」を覚えた。多分捕まる事への恐怖ではない。それは今まで才能を盗んできたモノ達、被害者への懺悔ではなく、それを「才能」だと置き換え無意識に犯行を重ねる自分への哀れみ。そして幼少期からその犯罪行為を気づかぬふりをしてきた人たちへの視線。その恐怖を打ち消す為に重ねた犯行の数々が、オリジナリティの無さを示す証拠として星の見えない霞んだ東京の空から自分の身に降りかかってくる気がした。そして今日「友達」と名乗る刑事から逮捕状を突き付けられた。ただこの3年間の証拠を並べずボクに自白を促したのはたぶん彼が「友達」だったからかもしれない…。

服役。

高い塀の中で過ごしたそれから約7年間の東京生活。その犯罪行為を奪われたボクはただの落ちこぼれだった。犯罪技術を使えばそれなりにはこの場所でもやっていける。「オリジナリティ」など発揮しなくて良い場所なんてどこにでもある。そういう場所には刑事は現れない。でもボクはその犯罪技術を使う「勇気」がなかった。公衆の面前で逮捕状を突き付けられたあの居酒屋の残像が、刑事が現れない代わりにボクをずっと追ってきた。毎日、その残像から捕まらない様に働き、恋をし、結婚をし、子供を授かった。そんな日々のある夜。家で何気なくドラマを見ていた最後のエンドロールにあのボクに逮捕状を突き付けらた「友達」の名前を見つけた。それはボクへの合図。ボクは約10年間過ごした「東京」を出所した…。

更生。

出所し、北の地に戻ったボクは淡々と仕事をこなした。東京にいた頃の恐怖が消え、落ちこぼれでもなくなった。この場所の名物の「強風」とは裏腹にボクの胸の中はいたって「無風」だった。それで良かったし、満足していると思っていた。そんなある日ボクが犯罪の道に進むきっかけを作った父から「赤黒」のクラブの試合に誘われた。ボクが少年時代にサッカーダイジェストから模造した知識を父にひけらかし、日本代表を見て、やがて父はれっきとしたボクの犯罪の被害者となり、ボクがいない間に故郷に誕生したコンサドーレの「サポーター」になっていた。父に案内されたスタジアムで赤黒の選手が、緑色の綺麗なピッチで無様な姿で敗北した試合を何度か見た試合帰りの長い車中。その道のりも終わりに近づいた頃助手席に座る父がこう言った。

「たとえどこかのマネの様なサッカーでもいいから真ん中にはしっかりとしたコンサのオリジナリティがあれは、きっと強くなるんだけどな」

その言葉を聞いた時、それまで綺麗な夕焼けが見えていたのにボクの目が曇って雨が降り注いできた。その雨はボクの頬を伝わり、その雨が父にバレない様にボクは少しだけ顔を逸らし長い一本道の先の景色を見た。そしてそこには昔、ボクが犯罪に手を染めるきっかけのなったトレースしたのとそっくりな牧場の風景が広がっていたんだ…。

再犯。

その日以来、ボクは再び犯行を重ねてきた。ただ以前と違うのはその犯罪行為をしっかりと自覚し少しだけ自分のメッセージを込める事。今日だってチャナの笑顔を模造し、深井の尊さを、荒野の運動量を、宮澤の背中を模造して一日、過ごしてきた。今はバレる事は怖くない。ボクが盗んだ世界中の被害者に敬意を抱き、捕まらないように、前向きに模造する。模造犯って言葉だって誰かから盗んだモノ。

そして年老いていつの日か人生で一度だけでも「コレがボクのオリジナリティだ」と思えるモノを作れればそれでいい。その日は、できれば赤黒のクラブが胸に星をつける時までにはと思っていれば、好きなクラブの足踏みだって気にならない。そんな赤黒の模造犯でありたい…。

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